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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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この手で切った絆(4)

「シュタイヤー……」


 近くにいることに慣れすぎた感もあるその男──黒い姿をそこに見つけて、訝しむより何より、まず安堵したことにアミは己の脆弱な精神を悔いた。


「あ、あの……」


 しかし黒の男は、アミと合流すると無言で速度を上げる。

 追撃を恐れているのだろう。

 言葉も交わさず、二人は走った。


 木立や岩場という遮蔽物に身を隠しながらしばらく走り、ようやく足を止める。

 荒れ地の向こうには小麦畑が見え、人家の影も伺えた。

 ドイツ兵が追いかけてくることはないだろう。


 この程度の距離で息が上がることはない。

 アミは目の前の黒い影を睨みすえた。


「……シュタイヤー、なぜここにいる?」

 灰色の瞳に疑惑が渦巻く。

 黒衣の男は熱の冷めたライフルを目立たぬ布にくるみ直していて、こちらを見ようとはしない。

「わたしを助けに来たか? なぜ居場所が分かった? なぁ、都合がよすぎないか?」


 持っていた銃を咄嗟に構えた。

 アミの考え通り、シュタイヤーがリーク者であるならば、るのは今しかない。


 だが、彼は迸るアミの敵意を無視して、チラリと銃に視線を送った。


「それだよ」


「え?」


 銀の少女は銃を見下ろす。

 これはこの男がくれたものだ。

 お守りくらいにはなるだろう──そう言って。


武器職人ユージン・ストナーに造らせたものだ。オレにはよく分からんがドイツの最新技術らしい」


「ドイツの……?」


 そら見たことか。やはり敵国に通じていたのはキサマじゃないか!


 勝ち誇ったようにそう考えるも、頭の中は軽い混乱に襲われていた。

 そんなアミの状態が手に取るように分かるのだろう。

 シュタイヤーは小さく息をついた。


「小型の発信装置が、その銃の中には組み込まれている。その受信機をオレは持っている」


「はっしんそうち?」


 何のカラクリを話そうとしている?

 発信装置に受信機──予想外の単語に、アミはパニックに陥ってしまう。


「西ヨーロッパ上空に、何機かの飛行船が飛んでいるらしい。お前の銃が数時間おきに電波を発信して、飛行船がそれをキャッチする。その情報を、オレの持つ装置が受信する。つまり、お前の現在地の緯度経度が割り出されるという訳だ。数時間のタイムラグはあるがな」


 範囲が狭すぎる上にまだ実験段階で使用には不向きらしいから、探し出すのに日数がかかってしまった。

 シュタイヤーはそう言ってアミを危険に晒したことを詫びた。


 それはドイツ軍の実験の一つであるらしい。

 今回の戦争中に運用することは難しいが、いずれ地球上のどこにいようが居場所を突き止められる製品を造ろうという意図である。


 アミに理解できるまで話を噛み砕いてやるのは困難と判断したのか、シュタイヤーは説明を早々に切り上げたのだった。


「発信装置を指輪やベルトに付けることも考えたが、お前は使わずに何処かにやってしまうだろう。銃であれば、たとえ使わなくとも絶対に手放すことはないと踏んだのだ。まぁ……万一撃ったら、内部の発信機は壊れてしまうが」


 撃つこともあるまい──彼女の技量ウデを知っている男はそう言って苦笑した。


「ガリル・ザウァーか? ガリル・ザウァーがわたしを心配して……それで?」


 黒衣の男が何か言いかけて口ごもった間に、アミはようやく大事なことを思い出した。


「シュタイヤーがここにいるってことは、ガリル・ザウァーは一人なのか? 狙われてるのに!」

 怪我をした養い親を思い出し、シュタイヤーにつかみ掛かる。

「わたしよりガリル・ザウァーの心配をしろ!」


 胸倉をつかむ手を、シュタイヤーはそっとつかんで下ろした。

 その冷たい肌に、アミは怯む。


「ガリルは無事だ……お前を心配していた」


 ──そ、そうか。それならいいんだけど……。


 眸を伏せた男を怪訝そうに見上げ、アミは次の言葉を迷っていた。


 ──モン・サン=ミシェルへ。ガリル・ザウァーの元へ帰ろう。


 心はそう求めている。

 しかし──。靄々と引っかかるものが、その要求を押しとどめていた。


 シュタイヤーと一緒に戻って……果たして良いものだろうか。

 どうにもキナ臭い。

 心の奥底から沸き起こるこの感覚。


「キナ臭いな」


「な、何?」


 今、まさに考えていたことをシュタイヤーに口に出され、アミは弾ける心臓を押さえた。


「な、何かくさい?」


「臭い。お前の頭だ」


「ええっ?」

 彼女は両手で銀髪を抱えた。

「そ、そりゃここ何日フロに入ってない。海にも落ちたし、ドロドロになった。自分じゃ分からないけど、くさいかな? やっぱり、相当臭うか?」


 クンクン。

 鼻を鳴らす少女を見やり、シュタイヤーは困ったように首を振った。


「相当臭うなどと言っていない。違うぞ、アーミー、その髪だ」


 先程ドイツ兵に喰らった銃弾がアミの髪を焦がしていた。

 キナ臭いのは髪の焼ける独特の臭いのせいだ。


「あぁ、なんだ」


 頭が臭いと言われたわけではないとホッとしたのは、それなりの乙女心だろうか。



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