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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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この手で切った絆(3)

「やっぱり、さっさとキサマを殺す!」


 両足爪先立ちになり、アミの身体は軽く前後に揺れ始めた。

 身体のバネを最大限に利用し、いつでも相手に飛びかかれるという体勢だ。

 合わない義手のアンバランスさは気にならなかった。


「……取引をしないか」


 だから唐突なその揺さぶりにも、彼女は反応せずにすんだのだ。

 生身《左》の拳を握り固め、ドイツ人の顎に狙いを定めたときだ。


「《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》は誰だ?」

 聞き慣れたその単語に、アミは攻撃のタイミングを逸してしまった。

「夕べも一隻沈められた。《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》とは何者だ?」


「夕べ……?」


 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》が目の前の少女であるとは思ってもいないのだろう。

 偉丈夫は戦闘態勢をとる彼女の前で、堂々と手近な椅子に腰掛けた。

 自分のペースに引っ張り込むつもりか、アミにも椅子を勧める。


「《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の情報と引き換えなら、ザウァーのこともシュタイヤーのこともすべて話してやる」


「ちょ……ちょっと待て。どういうことだ?」


 自らの言葉を証明するようにザクソニアは語りだした。


「貴様等の事は知っている。《武器庫ヴァッフェン・カマー》などとご大層な名称を戴いていても、その組織自体はひ弱な中年と戦災孤児だけで運営している取るに足らない武器商人グループだ。我々《ドイツ》からすれば放っておいても害のない規模のな」


 ただし──だ。


 男は続けた。

 アミは押し黙り、立ち尽くす。

 相手がこんな風に語る意図が分からない。

 自分を翻弄しようとしているのか?


 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》──と男は言った。

 アミは握り締めていた拳を解くことも、打ち下ろすことも出来ずに男を睨み据えるだけ。


「奴は何だ? 《武器庫ヴァッフェン・カマー》の中に奴が居るのか? いや《武器庫》の人員は先日の爆撃でほぼ全滅したはずだ。《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》は一体どこにいる? 《武器庫》は奴とどう関わっている? 奴は一人なのか? それとも複数いるのか?」


 矢継ぎ早な質問を、アミはせせら笑った。

 ザクソニアの言うことは半分も理解できない。

 それでも、分かることがある。

 この男、ハッタリかましてきた割に、実は何も知っていないのだということ。


「キサマ、《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》なんて呼ばれてるくせに、大したことないな」


 何がオオカミだ。

 呟くアミの体が再び戦闘態勢に戻る。

 今度こそ躊躇いはしない。

 男の首の骨を──。


 殺気を全身に受けて、それでもザクソニアの余裕が揺らがないのが不審だ。

 椅子に座ったまま、ふと入口の方に視線を送る仕草をする。


「狼は群れで獲物を狩るものだ」


「なに……?」


 疑惑と不安は、瞬時にして危機感に変じた。

 狭い部屋唯一の出入り口から、大勢の人の気配。


 ようやく分かった。

 ザクソニアが長々と語っていたのは時間を稼いでいたからだ。


 ここは敵本拠地の只中。

 上官の姿が長時間消えていれば、部下たちが彼を探すのは自明の理だ。

 まして侵入者に銃を突き付けられている現場を発見したなら、隊員総出で緊急臨戦態勢を取るのも当然のこと。

 まんまと話術にはまったことを、アミは悔やんだ。


「ここは暗い。まず外へ出ろ」


 愛銃を抱え直して、ザクソニアは扉の方を顎でしゃくる。

 外からの部下の声に、彼は案ずるなと返した。


「この女はモン・サン=ミシェル島攻略に連れて行く。役に立つだろう」


 完全に立場は逆転した。

 銃に追い立てられるようにして外へ出ると、アミの不利は確定的なものとなった。


 周囲三六〇度に銃を構えた敵兵。

 完全に囲まれている。

 逃げ道はない。助かる術も、恐らくない。


 これが《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》の戦い方か──。


 確かな統率力を前に、アミは歯軋りした。

 この囲みを突破することは不可能だ。

 じわりと包囲網が狭まり、部下の一人が彼女の側へ寄り不審気に右手を凝視する。


「|お嬢ちゃん、その手《フロイライン ディー ハント》……」


 遂にアミは観念した。

 手にしていた銃を地面に放り捨てる。


 その右手をドイツ兵の銃が突いた。

 袖にめり込んだ銃口が、妙な音を立てる。


 カン──。


何っ(ヴァス イスト ダス)?」


 金属音に近いその音に一瞬目を見張って、ドイツ兵は強張った視線を少女に送る。

 しかしどう見ても生身の少女の追い詰められた表情を見て安堵したのか、男は好色な笑みを浮かべた。

 豊かな胸に目を落とし、銃口をその膨らみに埋もれさせる。


「痛ッ……!」


 怒りに歪んだ少女の表情に欲望を開放したのか、男の笑みはますます下卑たものへと変じていった。

 銃口で胸の先端を嬲るように弄うと、その柔らかさを確かめるようにもう片方の手を伸ばす。


「やめろ! 気持ち悪いな」


こっちはやわらかいな(ヴァイヒ…)


「よせ、貴様!」


 ザクソニアの制止の声も聞こえるが、男の行為が止まる気配はなかった。


 生温かい息が頬に触れる。

 胸をわしづかまれたそのときだ。

 目の前で突然、赤が弾けた。


「あっ……」


 悲鳴は己のものだったか、兵士のものか、それとも取り囲むドイツ兵らのものだったか分からない。

 重い銃声と共に、兵士の頭が飛び散ったのだ。

 脳漿がアミの顔面に叩き付けられる。


「ぐはっ……!」


 その生臭さに咳込みうずくまったおかげで、ドイツ兵の反撃の銃弾はアミの髪を掠めるにとどまった。

 どこに潜んでいるのか。新たな敵の存在に、兵士らは浮き足立つ。


 ──今だ!


 己の銃を拾ってから、アミは身を翻した。

 脳味噌をぶちまけて倒れる不埒なドイツ兵を腹立ち紛れに踏み付けて、近くの木立へと駆けこむ。


 銃弾が何度も髪を掠めたが、元々身の軽い彼女は木立から木立へ瞬く間に駆け抜け、その射程距離から遠ざかった。

 弾丸の飛来した方向へと走り続け、そして彼女はそこに見付ける。

 黒ずくめの男の姿を。

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