この手で切った絆(2)
動揺を見せない男に、アミは苛立っていた。
この状況ですら声ひとつあげずこちらを睨んでくる。
何を考えてるか分からない。
ドイツ人ってみんなこうだ──苛立ちを心の中で吐き捨てる。
しかし彼女も銃を持つ左手を震わせはしなかった。
敵を倒すのは簡単だ。
頭を潰せばいい。
指揮系統が明確で、司令官の代わりを務める者がいくらでもいる戦争ではそうもいかないが、個々の戦闘であれば、それは最適の闘い方だ。
もちろん、上手く運ぶには超人的な力と技量、出来れば頭脳も必要なわけだが。
単純極まりない彼女の頭の中の図式はきれいに整理され、出来上がっている。
ガリル・ザウァーがいて、己がいて、そして敵がいる。
図式の敵の欄には、今は第277歩兵部隊という組織名が表記されていた。
この部隊のアタマは、この男に違いない。
無い脳味噌を振り絞って、彼女はそう結論づけたのだ。
「キ、キサマが一番エライ人か?」
我ながら頭の悪い物言いだと思う。
ドイツ人偉丈夫は「は?」と訝しげに声をあげたが、質問には答えなかった。
──フランス語、分からないのか?
それとも惚けているのだろうか。
落ち着き払ったその態度から、真意を推し量ることは不可能だ。
自分とて傍から言われるほどバカではないし、脳筋でもない、はずだ。
以前に偽装船を襲撃した際に得た話や、Hが不用意にペラペラと与えてくれた情報を頼りに277本拠地を突き止めるくらいは出来た。
277は、モン・サン=ミシェル島を常に監視していると言っていた。
あの攻め難い要塞をうかがえる陸地といったら限られている。
この場所を突き止め、近くに潜んで三日間様子を伺っていたのだ。
アミらしからぬ執念と忍耐は、ひとえに目的達成のため。
「キサマがここのトップなのかって聞いてる!」
業を煮やしたその口調に、銃口を突き付けられた男はようやく口を開いた。
「ザウァーに言われて俺を殺しに来たか。まさか貴様一人でか?」
意図的ではないにしろ、声には揶揄する響きがあった。
少女の持つ銃が微かに震える。
うろたえたわけではない。
迸る怒りを制御出来なかっただけだ。
忘れもしない。
コイツはガリル・ザウァーを傷付けた男だ。
ギリと唇を噛む。
引金に掛かる指に、無意識に力が加わった。
殺人レベルで射撃が下手な彼女にとって、実はこの体勢は意味を成すものではない。
相手に対して優位に立てているわけでもない。
むしろ左拳を相手の眉間に付きたてるほうが、余程次の行動に移りやすいというものだ。
しかし、威嚇にはなるだろう。
ドイツ国防軍第277歩兵部隊隊長ザクソニア・ロング=レンジ。
それは、ガリル・ザウァーが我を忘れて「殺せ!」と叫んだ男。
一体どれ程に危険な存在なのだろう。
彼の元へ戻る際に、この男の首を持って帰る──殺す理由なんて知らなくていい。
それがガリル・ザウァーのためになると分かってさえいれば。
三日間考えて、そして至極短絡的にアミはそう結論づけたのだ。
しかし、殺すのはある程度の情報を引き出してからだ。
「こ、答えろ!」
銃口を更に押し付ける。
聞きたいことは二つだ。
《武器庫》内に、ドイツ軍に情報をリークした者が本当にいるのか?
いるとしたらそれは誰なのか?
「答えろ!」
「何をだ」
「………………」
冷静に返され、アミは言葉を詰まらせる。
──《武器庫》の中の、誰が悪い奴なんだ?
そんな風に尋ねるわけにもいくまい。
「だ、だから……」
ここにラドムがいれば、アミは頭がアレだからねぇなんて言いながらも上手く聞き出してくれるだろうに……いや、そんなこと考えてもしょうがないだろ。
「シュ……シュタイヤーというフランス人を知ってるか?」
幸い相手にフランス語が通じているようなので、アミは真正面から切り込んだ。
言葉を操る術も、思考を巡らす能力もない。自分にあるのは拳だけだ。
「シュタイヤーか。奴がどうしたと?」
しかし目の前のドイツ人は老獪だった。
肯定も否定もせず、彼女が出した名を余裕の面持ちで繰り返すだけだ。
相手に揺さぶりをかけ、新たな情報を引き出す。
交渉術の基本中の基本という作業だが、アミはまんまと引っかかった。
「……シュタイヤーが、ドイツなんかと結びつくわけない!」
「今は戦争中だ。なびく理由なら山程あるぞ」
「でも……」
アミが呻く。
「な、何が狙いなんだ。ガリル・ザウァーの命か?」
動揺が彼女の左手を襲う。
その瞬間を見逃すザクソニアではない。
咄嗟にその場に屈み込むと、激しく震える銃を薙ぎ払った。
「うっ……!」
瞬間的に身を引いていなければ、銃を失う羽目になっていただろう。
直感的な動きでドイツ人の攻撃をかわして、アミは慣れない銃を義手《右手》に持ち替えた。
左は握り拳を作り、臨戦態勢を整える。
当初の目的を忘れるな。
情報だとか何だとか──欲を出し過ぎてはいけない。




