人口ピラミッド
人口ピラミッド、年齢ごとの人口を表した表ですが、日本のような先進国では壺型や釣鐘型と言われる形に、開発途上国では富士山型やピラミッド型と言われる形になると言うのは社会科で習ったと思います。
日本などは老人の方が多くて年齢が下がる程少なくなる壺型という形ですが、もっと昔には富士山型でした。むしろ世界の殆どは富士山型でした。富士山型は日本独自の表現なので世界的には拡大ピラミッド型です。
富士山型と言うのは二つの要素が考えられます。
一つは人がどんどん増えて行く場合です。生まれる子供の数が毎年増えて行くとすれば若い程増えて行きます。人口爆発の場合ですね。
もう一つは人が若くして死んで行く場合です。若者も老人も同じくらいの割合で死んで行くと富士山型になります。
近代以前の人口増加率と言うのはどの位でしょう。
西暦1年の世界の人口は2億3千万人でした。1000年では2億7千万人、1500年で4億4千万人です。西暦1年から1000年迄の人口増加率は0.02%未満、1000年から1500年迄では0.1%未満です。殆ど増えていないと言えます。ちなみに現在の人口増加率は世界全体で1%、特に多い国で3%以上です。
そうなると近代以前の人口は若くてもどんどん死ぬからという事になります。
近代以前の人口ピラミッドなんてどうやって調べるのでしょうか。
それは大昔の墓を暴いて骨の死亡年齢と死亡年代を調べるのです。
当然ながら普通のお墓を暴くわけにはいきません。大昔に滅んだ村などのお墓を暴くわけです。
墓を暴いて何歳ぐらいの骨かと言うのを推定して、何歳くらいで死んだ人が何人という調査をします。
例えば紀元前200年のローマの墓とか、西暦300年から550年迄のテオティワカンの墓とか、地元の政府が認めれば文句を言われなさそうな墓を暴くわけです。日本やヨーロッパでもある程度古くて無人になった村などなら調査できるので調査対象になります。黒死病の所でも触れましたが、村が無くなるという事はそれ程珍しい事でもなく、ご先祖様と関係ない墓なら文句も出ない遺跡などは割と見つかりますから。
乳幼児死亡率なども乳幼児の骨などを元に計算しますが、実の所この辺りは正確な数字は出ません。何故かというと、乳幼児の骨は柔らかくて骨まで朽ちてしまう事が多いからです。また、乳児などは墓さえ作られない事もあります。日本でも飢饉で赤ちゃんを間引いたという話は聞いたことがあると思いますが、墓も作ってもらえない事は珍しくありません。
現代の日本では35歳未満で亡くなる人の割合は1%未満です。35歳から54歳迄で亡くなる人の割合は3.5%程です。殆どの人は55歳以上で亡くなります。
現代日本人はそうした感覚でいるので、平均寿命が24歳と聞くと皆がそれ位の年齢で死ぬのだろうかと思い、そんな筈は無いだろうと思うようで、その結果乳幼児死亡率が高いから平均が低いだけで、もっと寿命は長かっただろうという結論を出すようです。
間違いではありません。乳児死亡率が3割なので実際には30代でしょう。しかしそれは30代でみんな死ぬという訳ではありません。
鎌倉時代の日本人の骨は15歳以上の骨では、15歳から34歳迄の骨が45%、35歳から54歳迄の骨が30%、55歳以上の骨が25%でした。
15歳、現代で高校入学の時の同級生が、二十年後には半分が既に墓に入っているのです。更に55歳まで生きて老後を迎えられるのは全体の四分の一です。
では15歳以前はどうかと言うと、世界的に見て近代以前は15歳未満の死亡率は50%程度、乳児死亡率は30%程度です。
15歳の同級生の同数が15歳以前に亡くなり、その内6割が乳児の時に亡くなるのです。
七つまでは神の内とか七歳までは神の子と言いますが、乳幼児の死亡率の高さがそうした言葉になるのでしょう。しかし大人になる事ができたとしてもそれで寿命までは生きられるという意味ではありません。その後も毎年死んで行くのです。
戦国時代のロリコンと言われる前田ロリ家は12歳の妻に子供を産ませたと各方面から事案扱いされていますが、実は武田信玄こと武田晴信も12歳の妻を出産で亡くしています。しかし12歳の妻が16歳まで生きているとは限らない時代なのです。
それに年齢のイメージも現代とでは大きく違っている筈です。
漫画家長谷川町子さんの『サザエさん』に出てくる磯野波平氏ですが、54歳という設定です。あの外見で54歳?と思うかもしれませんが、1946年当時の54歳の一般的なイメージがあのくらいだったのでしょう。
食べている物の差などで肉体年齢と言うのは変わるものです。食事の劣る時代であれば老化も早く、女性が子供を産める年齢も短くなるでしょう。
ところで母親がお産で死ぬ確率ですが、これも良く分からないのですが、1割程度と見積れば良いと思います。
普通に生きていても割と良く死ぬのが近代以前でした。死因も色々です。病気、寿命、事故、戦争、犯罪、刑死、呪い、悪霊…
原因の判らない死亡を呪いや悪霊などと考えるのも仕方のない話でしょう。現代だって心不全なんていうのは原因不明と言うのと同じです。何故か心不全ですと医者が言えば納得するのと同じで、僧侶だの呪師だのが言うと信じるのです。お祓いだので原因が消えたと権威者が言い、再発しなければそれで納得するのです。何れにせよ死は周りに幾らでもあるのですから。
現代の人間と違う古代中世の人の寿命と死の感覚を想像してみると、それだけでファンタジーな気分にならないでしょうか。
ところで戦国時代や江戸時代に転生する方々に知っておいて欲しい事があります。
江戸幕府第11代将軍徳川家斉は子沢山で有名な将軍です。
その子供達を見てみると…
生年 没年 享年
長女 1789 1817 29
次女 1790 - 1
長男 1792 1793 2
次男 1793 1853 61
三男 1794 - 1
三女 1795 1797 3
四男 1795 1797 3
五男 1796 1799 4
四女 1796 1797 2
五女 1798 1799 2
男子流産1798 - 1
男子流産1798 - 1
六男 1798 - 1
六女 1799 18002
七女 1800 1853 54
七男 1801 1846 46
八女 1801 1802 2
九女 1802 1803 2
女子流産1802 - 1
十一女 1803 1857 55
十女 1803 1804 2
女子流産1803 - 1
八男 1803 1805 3
十二女 1805 1807 3
九男 1806 1810 5
十三女 1806 - 1
十四女 1807 18115
十五女 1808 1821 14
十一男 1809 1827 19
十男 1809 1813 5
十六女 1809 1837 29
十二男 1810 1845 36
十七女 1811 - 1
十八女 1811 1846 36
十三男 1812 1826 15
十九女 1813 1830 18
十四男 1813 1814 2
二十一女1813 1868 56
二十女 1813 1814 2
十五男 1814 1891 78
十六男 1815 1817 3
二十三女1815 1817 3
二十二女1815 1816 2
十七男 1817 - 1
二十四女1817 1872 56
十八男 1818 1821 4
二十五女1818 1868 51
十九男 1819 1839 21
二十男 1819 1839 21
二十六女1819 1875 57
二十一男1820 1849 30
二十二男1820 1838 19
二十三男1821 1868 48
二十四男1822 1823 2
二十五男1823 1841 19
二十六男1825 1844 20
二十七女1827 1843 17
享年は数え年ですが、57人中流産4人を含めて32人が5歳以下で死亡、十代で死亡が7人、平均寿命17歳。
息子で12代将軍徳川家慶はと言うと、
生年 没年 享年
長男 1813 1814 2
長女 1814 1818 5
次女 1815 - 1
三女 1816 - 1
次男 1819 1820 2
三男 1822 - 1
四男 1824 1858 35
四女 1824 1829 6
五男 1825 1838 14
五女 1826 - 1
六男 1826 1827 2
六女 1826 1840 15
七男 1828 1829 2
八男 1829 1830 2
九男 1832 1833 2
七女 1833 1834 2
八女 1835 1836 2
九女 1836 1837 2
十男 1838 1839 2
十女 1839 1840 2
十一女 1842 1843 2
十一男 1843 - 1
十二女 1844 1845 2
十二男 1845 1846 2
十三女 1848 - 1
十三男 1849 - 1
十四男 1852 1853 2
平均寿命4歳?!
13代将軍徳川家定と14代徳川家茂は実子が無く、15代徳川慶喜は、
生年 没年 享年
女子 1858 - 1
長男 1871 1872 2
次男 1871 1872 2
三男 1872 1873 2
長女 1873 1893 21
四男 1874 1930 57
三女 1875 1921 47
次女 1875 1875 1
四女 1876 1907 32
五男 1877 1948 72
六男 1878 - 1
五女 1878 - 1
六女 1880 - 1
七女 1880 1954 75
九女 1882 1939 58
八女 1882 1942 61
十女 1883 1953 71
七男 1884 1922 39
男子死産1884 - 1
八男 1885 1886 2
十一女 1887 1924 38
九男 1887 1968 82
十男 1888 1932 45
女子死産1891 - 1
一番上の女子は生後5日で亡くなり、長女に数えてもらえませんでした。
平均寿命は29歳です。
数え年が満年齢に変更されたのは1950年からですが、ここでは1950年以降も数え年で享年を記載してあります。
長くなるので省きますが、天皇家でも明治天皇の子供までは同じようなものです。
将軍家にしても天皇家にしても医療の質から言えば当時最高だった筈です。それなのに短命すぎるとは思いませんか。
果たして大奥の陰謀か、忍者の暗躍か!?
この原因は白粉に含まれる鉛が原因と考えられています。
鉛中毒というのはかなり危険なもので、白粉以外にも、ローマ帝国ではワインを鉛の鍋で煮たりしてすっかり鉛に蝕まれていたとも言われています。また、井伊直政など火縄銃の鉛弾で中毒死したと言われている武将も居ます。
ローマでワインを飲んだり料理に使う、日本に限らず鉛白入りの白粉を使っている、鉛弾が体内に入ったまま。こんな人達は寿命を著しく縮めます。転生した方は充分なご注意を。




