復活
目を醒ましたアンジェリナの隣には、金髪の女性騎士が同じように眠っていた。
工業都市ブリギッドのダウンタウン。武器屋の地下にある四メートル四方ほどの薄暗い部屋に、アンジェリナが見たことの無い計器が駆動音を静かに響かせながら林立している。地下であるにも関わらず室内に全く湿気を感じないのは、計器が湿気に弱いからであろう。
横たわっていた体を起こし、どうやら脳波を読み取っていたであろう器具を頭から外す。肺の中の息を吐き出し、一度大きく頭を振ると、器具に束縛されていた艶のある髪が自由を取り戻し、元の形に収まる。シーマの力を借りる為とは言え、思い出したくも無い記憶を掘り起こされ、陰鬱な気分のアンジェリナの顔色は冴えなかった。
「ご苦労様だぉ。これで花ちゃんの肉体に魂と記憶が宿る事ができるぉ。武器屋特製、ホムンクルス第一号の完成だぉ」
部屋の中に入ってきた店主はカウンターで見せていた、人ならざる者の威厳の様なものはアンジェリナが眠っている間に霧散させ、いつもの雰囲気に戻っていた。
「記憶をダウンロードして、脳にインストールするアップデートの作業が残ってるから、お渡しまでもう少し時間がかかるぉ」
前半部分は何を言っているのか理解する事ができなかったアンジェリナは、店主の言葉に曖昧に笑みを浮かべて頷いておくことにした。取り合えず、これでシーマは甦ることになる。肉体に魂を宿らせる最高位の錬金術、賢者の石による死者の蘇生。リンカの時のように息を引き取って間も無い人間を、高位の魔法で蘇生させる事とは別次元の、これまで誰一人為しえた事の無いとされる偉業を、事も無く成功させてしまうこの店主はいったい何者なのか、アンジェリナには見当も付かなかった。
ホムンクルスを造った者は極刑。それがこのブリギッドの条例であったが、アンジェリナの傍で眠る美女が造り物であるとは到底思えなかった。完璧なまでの肌が粟立つような美しさの容貌だが、作り物ではない生命力をアンジェリナは感じた。幸いシーマは国の公式文書では「生死不明」となっている。もし、顔を知るものが居ても問題ない筈である。
「これでお前の意のままに操れる龍の守護者が誕生する。龍に選ばれなかったお前が、どうやってこの世界を守り、そして新しい世界を作るのか楽しみにしている」
シーマを見つめ続けていたアンジェリナの背中に店主が声を投げる。振り向いた時には店主の姿は部屋の外にあり、待っている仲間にいつもの調子で、何事かを話している。
「シーマ。また一緒に旅をしましょう。あんな別れ方をしたから、あなたは私と一緒なのは嫌がるかも知れないけど……。今度はもっと、国や世界、そして私たち自身が救われる旅になると良いな」
薄暗い部屋に取り残されたアンジェリナは、再びシーマに向き直り呟いて絶世の美女の頬に手を添える。機械である筈の肌は暖かく、体の心から発する熱を感じることが出来た。
長い時間地下の薄暗い空間に居たせいで、地上に降り注ぐ太陽の光はいつの何倍も眩しく見えた。店先で待っていると、店主が忙しげに店から出てくる。
「先程もお伝えしたけど、再起動してOSが安定するまでもう少し時間が掛かるぉ。デバッグなどの作業終了後、こちらから発送するぉ。これ保証書と取り扱い説明書。ここにサインよろ」
また前半部分は何を言っているか分からなかったが、アンジェリナは分厚い書類を受け取り、店主が指定した欄に場所にサインをする。
「お支払いは、世界を救った後に、出世払いで構わないぉ」
サインを確認した店主は満足気に頷くと、小さく畳んで懐に入れた。
「数日毎にわたくしからそちらに、位置情報をオベリスクストーンを介して送ります。発送場所の目安にして下さい」
やり取りをきいていた和美が店主に提案する。
「それは有り難いぉ。このお嬢さんは今時珍しい、携帯オベリスクを持たない冒険者だからねぇ」
肩を竦めて嘆息する店主を見て、アンジェリナが和美に確認する。
「そう言えば、ナオだけ姿が見えないようだが、何かあったのか」
「ああ。その件でしたら。彼女ならほら、まだ店の中に……」
呆れ顔で指差す和美の指先には、店の中の商品をへばりつく様に眺めているナオの姿があった。
「凄い、チャクラムだって。これを持てばわたしもシヴァ神のように腐った世界をぶっ壊せるかしら。ええっ、信じられない。こっちのはエクスカリバーだ。どうやって岩から引き抜いたのかしら」
「あなたが眠っている間もずっとあの調子だったのよ。あの娘が珍しい武器を見ると、異常に興奮する性癖を持っているのをすっかり忘れていたわ」
辟易した様子の和美たちと、普段の自信のない言動が嘘の様に興奮しているナオを見て、アンジェリナも顔をほころばせた。
「ナオ、もう行くぞ。あまり長居しては、ご店主に悪い」
外から聞こえたアンジェリナの声に耳を尖らせて反応したナオが嬉しそうな顔をしながら、飛び跳ねるようにして店から出てくる。
「少しは楽しめたか」
満面の笑みを浮かべるナオにアンジェリナは優しく声を掛ける。
「はい、とっても。品揃えと胡散臭さは間違いなくエルドラゴで一位だと言い切れます」
「まったくもって、その通りだな。いい鑑定眼だ」
目を輝かせて報告するナオに、アンジェリナは苦笑した。
「コラコラ、店の前で変な評判を口に出すんじゃないぉ。用が済んだら、さっさと出立するといいぉ。やる事はまだまだ残ってる筈だぉ」
店主が野良猫を追い払うようにして、手を外に向かって数回繰り返して翻しながら、一行に向かって吐き捨てる。
「行ってこい。おめーら」
店主の横に控えた黒猫が一鳴きする。
気負わない、いつも通りの店主の様子に、逆に気遣いを感じたアンジェリナは感謝した。世界を救い、造る。大それたことだが、それはいつもと変わらない日常の延長に、もしかしたらあるのかも知れない。理想の国、世界を造るための大きな決断。逃れられない犠牲。それらから眼を逸らさずに立ち向かいながらも、自分たちでも歩ける道が、もしあるのなら探してみたい。アンジェリナはそう思った。
「そうですね。お邪魔しました。それでは行って参ります」
アンジェリナが一礼すると、和美、グングニル、ケイ、ナオも倣って頭を下げた。パンダは軽く手を振り、ユミは物憂げな表情で店主を見つめ続けるだけだった。




