11、犯人はだぁれ?
俺はもろに当たる日光に顔をしかめた。朝か。今日も彼女はカーテンを全開に・・・と思ったら、部屋はまだ薄暗かった。カーテンはしまったまま。しっかり締められていなくて、隙間から直射日光が俺の顔に当たっていた。何だ。ならまだ寝れ・・・。
「うわぁ!」
俺は自身の置かれた状況を理解して思わず大声をあげてしまった。かっ・・・
彼女が隣で寝ている!
慌てて自身の格好を確認する。ちゃんと服着てるよな?彼女も。うん、寝乱れてはいるが、特に変なところはない。よかたあぁ~!寝てるうちに無意識にやっちゃったかと思った。そんな覚えてないなんて勿体な・・・じゃなくて、彼女に手を出してなくてよかった。
「んぁ・・・?」
やばい。起きた。俺はベッドの壁側にべたっとひっつく。この後起こるであろう絶叫に備えて。
「あれ・・・?なんで吉野君が・・・。きゃあぁぁぁー!?」
うおっ、朝からよくこんな声がでるなぁ・・・。
彼女もあわてて自分の格好を確認する。やっぱり俺信用されてないよな。まぁ、俺も自分が信じられなかったし。
「なんで?なんで吉野君が私の布団に?いや、何で私、吉野君の布団にいるんですか!?」
完全にパニックだ。無理もない。
「落ちつけ、佐原。それは俺が聞きたい」
「え・・・?」
「俺はたぶん、ここから動いてないはずだ。俺は一度寝たら起きないし、ましてや夜中にトイレも行かない。しかも、俺はベッドの壁側に寝ていた。もし佐原を抱えてベッドに連れ込んだんだとしたら、たぶん、君が壁側にいると思わないか?」
「連れこんっ・・・」
おっと、言い回しが生々しかったかな。まぁ、いいか。こじつけの理屈だけど、信じてくれるだろうか。
「そ、う・・・ですね。確かに・・・」
お、信じた。
「あ、そう言えば私・・・夜中にトイレに行きました・・・」
「ふぅん」
彼女の顔がだんだん青くなる。
「それで・・・つい癖で、ベッドに・・・」
「なるほど」
解決。俺の無実は証明された!やったぁ!
「ごめんなさぁいぃ!」
例のごとく土下座しようとしたところを、俺は絶妙なタイミングで彼女の額に手を当て制した。
「土下座はもういいから」
まったく、ここにきてから、驚かされるばっかりだ。こんなんじゃ心臓がそのうち壊れるんじゃないか?
「すぐ朝ご飯にしますね・・・」
朝からぐったりとした彼女がよろよろと立ちあがった。カーテンを開けてからキッチンへ向かう。
「やれやれ・・・」
俺はテレビの電源を入れつつひとりごちた。
昼まで、俺は正月恒例のテレビ番組を見つつ、彼女は読書をして過ごした。そしていつものように彼女の手料理を食べ、食後のお茶を飲みながら二人して一服していたときだった。こういうとき、本当に自分が監禁されていることを忘れそうになる。
彼女がお茶のお代わりいりますか、と言うのでお願いすると、小さくうなずいて立ち上がる。その時、
「ひゃ!?」
「うわっ!」
ジャラランッと言う鎖の音。また引っかかったのか、本当にそそっかしい・・・。
「ごめんなさ・・・」
そして何でいっつもこんなベタな展開に・・・。
彼女が鎖に足を取られて倒れ込んだのはちょうど俺の上だった。軽い彼女の体くらいなら受け止められるはずなのに、あまりに突然だったことと、その時の態勢が悪くて、支える力が上手く入らなかったのだ。俺は彼女に押し倒される形で床に転がった。
慌てて起き上がろうとした彼女が、俺の顔の横に手をついた。そのせいでかなり至近距離で見つめあうことになった。「あ・・・」顔を真っ赤にして何か言いかける彼女。あ、ダメだ。
彼女の手が床から離れる、のと同時に俺はその手をつかむ。ビクリと身体を震わせる彼女。可愛らしい顔を恐怖にゆがめて、泣きそうに俺を見る。
「ひどいな、そんな顔するなんて。別にいじめないよ」
俺は起き上がりつつ、いじけたように唇を尖らせる。
「あ、その、すみませ・・・」
彼女の言葉が終わらないうちに、その手を自身の頭に持っていく。
「!?」
「俺の髪、触りたかったんだろ?」
先日の彼女の言葉。結局あれから手に届く距離に何度も入ったのに、彼女は何もしなかった。遠慮することはない。髪くらい、いくらでも。
「どう?」
感想を聞いてみる。
「あの・・・その・・・さ、さらさらです・・・」
「ははっ、リンス使ってないのになぁ」
「うらやましいです・・・私なんか、トリートメントまでつけてるのに・・・」
「ふぅん?」
俺は彼女の髪に手を伸ばした。知ってるよ。いつも甘い香りをさせているから。
「あ、の・・・」
彼女が何か言いかけるが、気にしない。彼女の髪を上からするりと撫で、細い髪の間に指を通す。まったく引っかかることなく毛先まで指は通った。
「でも、君の方がさらさらだ・・・」
俺はもう一度手を上に持っていき、彼女の頭にやった。しかし、今度は髪ではなく、そのままその手を彼女の頬に滑らせる。ビクッと彼女の体が反応した。しかしそのまま首へ・・・。シャラ・・・と彼女の首にかかったチェーンが鳴る。俺はそれを指に引っかけて抜きだした。細い銀色の鎖の先、不釣り合いな黒い鍵が姿を現す。「あ・・・それは・・・」彼女が言う。「これは?」俺は不敵な笑みで彼女の目を見返す。
「鍵・・・です」
「何の?」
「・・・」
本当は知っている。でも、わざと知らないふりをした。
彼女は俺にすがるような目を向けている。
「もしかして・・・手錠の鍵?」
彼女の耳がピクリと動く。わかりやすいな。しかし、彼女は気付いていない。俺が実はずっと前からこれのありかを知っていたことを。俺は逃げようと思えばいつでも逃げられたことを。だから、ばれてしまい、俺が出て行くのを恐れて、すがるような眼をしてくる。本当に、今にも泣きそうだ。
でも、俺は出て行くそぶりをする。彼女の首に手を回し、ネックレスの金具を探す。ホントはこんな意地悪したいわけじゃない。彼女が俺を引きとめたいのは分かっている。この何かを懇願するような眼も、全部わかってるんだ。でも。
俺は聞きたいんだ。彼女の口から。・・・行かないで、と。
熱が出た次の日から、彼女はこの部屋に布団を敷いて寝るようになった。起きているときは奪うのに抵抗があるが、寝ている時なら問題ない。しかも、鎖につながれた状態でも、彼女の寝床までは十分手が届くのだ。なのに、俺は逃げなかった。その意味を、君は知らないのだろう?
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「え、あ、わ・・・!」
俺も彼女も我に帰る。そして彼女が慌てだす。俺はがっくりとうなだれて「出ておいで」と言った。しかし、
ガチャリ
「「!?」」
今、鍵がひとりでに開いたぞ!?
しかし、疑問はすぐに解消された。
「鈴香~あけましておめでとー!!帰ってこないから来ちゃったぁー」
のんきな明るい声が聞こえた。
「お母さん・・・」
彼女の愕然とした声。お母さん!?
それなら合鍵を持っているのはわかるが、何で今このタイミングで!俺たちはとりあえず瞬時に離れた。それと同時に母親が入ってくる。
「鈴香?居ないの・・・あ」
訪問者の目が俺に向いた。俺と彼女はローテーブル越しに向き合って座って、俺はというと空の湯のみを割れんばかりの力を込めて握っている。今、ちょうどお茶飲んでました☆という感じを装ってみたが、きっとかなり不自然だ。ちなみに鎖は、ベッドの脚に毛布をかぶせて、あたかも今、干してますよ、を装った。俺の足枷付きの脚は床に無造作に置かれた(ように装った)自分のパーカーの下にかくれている。
「どちら様・・・ですか?」
あっけにとられている彼女の母親。俺は声がひっくり返りそうなのをこらえて、できる限り自然に応対する。
「あ、はじめまして・・・えと、佐原・・・さんのお母さんですよね?」
「そうですけど」
「あー、俺は・・・その」
全然普通に喋れてないし!ちらりと隣の彼女を見る。彼女は俺の視線なんか気がつかないほどおろおろしている。
「俺は・・・」
あぁ、もういいや、言ってしまえ!
「俺は、佐原鈴香さんとお付き合いさせていただいてます、吉野一弥と申します!」
「「えぇぇ!?」」
親子の声がハモった。
「うそうそうそっ!うちの子に彼氏!?うそ!すごいっ!」
罵声を覚悟していたのだが、意外なことに彼女の母親は友好的だった。何だが雰囲気も彼女とだいぶ違うな。佐原はお父さん似なのか?と、動揺しているのか俺はそんなどうでもいいことを考えた。しかし、今日は俺自身の服を着ていて本当によかった。もし彼女の兄の物を着ていたら、ここで俺が風呂を使っていたことがばれただろう。自分の娘の家で高校生男子が風呂を使っていたなんて知れたら・・・あらぬ誤解を招きかねない。
しかし、この危機的状況はまだ突破できていない。第一関門はなんとかなったが、根本的な問題が。
本来、立ち上がって挨拶するべきなんだろうが、少しでも動くと足枷が見えてしまう。俺はなんとか不自然にならないように、きちんと正座して、座ったまま両手を床につき頭を下げて挨拶した。しかし、もし彼女の母親が、ちょっと立ってみて、とか、パーカー落ちてるわよ、とか言って拾ったりしたらアウトだ。
「佐原・・・」
俺は小声で彼女に呼び掛けた。母親はテンションマックスで
「いやん、彼氏が来てるならお邪魔だったわね~。そっかぁ、彼がいるなら初詣とか一緒に行きたいもんね。だから帰ってこなかったのねぇ~。水臭いわ、鈴香ったら。お母さんにくらい教えてくれてもいいじゃない。お父さんとお兄ちゃんには秘密にしといてあげるから♪」
・・・あぁ、初詣は行けてないな。繋がれてるから。そしてお兄さん、来なくてよかった!
「佐原・・・!」
彼女はようやく我に返ったのか俺の顔を見た。しかし動揺はまだ全然おさまっていないような奇妙な顔をしている。
「佐原、はずしてくれ。このままじゃまずい」
「で、でも・・・」
「早くっ」
「でもぉ・・・」
母親はキッチンで何やらお茶の用意をしている。
「彼氏と二人っきりのところ、邪魔して悪かったわね~。でも、せっかくだし、お茶だけしたらすぐにお暇するからね。おいしいお菓子買って来たのよ~。彼氏さんにもぜひ食べてほしいの!」
母親が背を向けている今しかない。
「大丈夫だ、佐原。俺は逃げない」
「・・・・」
不安そうに黙って俺を見つめる彼女。まっすぐ見返す俺。信じてくれよ。俺のこと、好きなんだろ?俺も・・・君が好きだから。
「彼氏なんだから逃げたりしない。母親公認だしな」
いたずらっぽく笑って見せると、彼女もふっとほほ笑んだ。涙が一滴、その頬を伝う。そして自身の首に下がるネックレスを急いで外し、俺の足枷を・・・外した。
「おまたせっ」
彼女の母親が盆に紅茶を乗せてやってきた。俺は久々に自由になった脚で駆け寄ると、「手伝います」と言ってそれを受け取る。
「いやん、いい子!」
その後は3人でお茶を飲みながら、彼女の母親の質問攻めに、なんとか耐えたのだった。
「疲れた・・・」
嵐のごとくやってきて、台風のごとく去って行った彼女の母親。そのマシンガントークを聞くのも、質問に答えるのもなかなか大変だった。しかし、なにより疲労の原因は、足枷がばれるかばれないかのあの緊張感だった。
「うぅ・・・ごめんなさい。変な親で・・・」
彼女は恥ずかしそうにうつむいている。俺はテーブルに突っ伏していた顔をあげた。
「いやいや、にぎやかでいいじゃん。俺ん家の親、わりと静かめだから、ああいう明るいお義母さんができるのはうれしいよ?」
「お義母さん・・・!」
あはは、話が飛びすぎだって?わかってるよ?
「え~?だって俺たち、親公認の恋人同士だろ?」
ニヤニヤ笑って彼女をからかう。
「こっ、恋人・・・!あの・・・あぅ・・・」
ゆでダコのように真っ赤だな。やっぱ面白いなぁ。
「当然結婚するよな?大丈夫、幸せにするから♪」
「・・・!」
「結婚よりも、同棲が先になってるけどな」
「どっ・・・!」
おっと、あんまりからかうと彼女の精神が持たないかも。そろそろ本題。
「・・・で、一つ聞きたいんだけど」
「・・・なんですか?」
赤い顔でうつむいたまま、上目づかいに俺を見る。俺はにっこり笑って、
「今、君にキスしたら、それって婦女暴行になると思う?」
「!?」
「ならないよね?だって俺たち“恋人同士”だし?」
「あぅ・・・」
「ね?」
「あ・・・う・・・はい、なら・・・ない、です」
やった、認めた!
「そうか、じゃあ・・・」
ガチャリ
「!?」
彼女がはじかれたように顔をあげる。その目を見つめ返してニヤリと笑う。
「つーかまーえたっ!」
「えぇぇぇ~!?」
彼女の足首には先ほどまで俺がされていた手錠が。そして鍵はもちろん俺の手の中。展開についていけていない彼女が俺の顔と手錠を交互に見比べる。
「さて、何して遊ぼうか?」
俺は子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、
「大丈夫。冬休み明けにははずしてあげるから」
「!!」
「でも、それまでは絶対逃がさない」
「!?」
俺は足元の鎖を手に取った。つられて彼女の脚が引かれる。ジャラッと音を立てる鎖。そして俺は彼女の脚のほんの数センチ手前の部分に・・・口づけをした。
「あ・・・ぅ・・・」
彼女は今にも意識を失いそうだ。こんなんでは、唇にしたら泡を吹くに違いない。だから今日は、これで勘弁してあげる。
目の前には鎖で繋がれた彼女。そして鍵を握り締める俺。あぁ、ついに俺も犯罪者?
「さぁ、犯人はだぁれ?」
そう問うと、しどろもどろになっていた彼女は我に返り、そしてふいに小さく噴き出した。「さぁ?」と赤い顔で言う。どうやら彼女も、俺の犯罪を見逃してくれるらしい。
冬休みも残りわずか。新たな監禁生活スタートです。
めでたしめでたし?
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました!いかがでしたでしょうか?作者はベタな展開好きだな、とか思いました?はい、反省しております(汗)
最後だけサブタイトルの形式を変えてしまいました(汗)いいの思いつかなくて・・・。タイトルつけるのって難しい。人物名は一瞬んで決まるのに。あ、でも、この作品で吉野の下の名前はなかなか決まらなかったです。頑張って決めたのに、ほとんど名字しか使わなかった・・・(泣)
最後の章だけ長くなりましたね。それも反省。
感想、ダメだし、もらえるなら何でも嬉しいです!ぜひ!
ではでは、長々とお付き合いくださりありがとうございました。また次回作も読んでいただけると嬉しいです。次回はコメディー(?)をちょっとお休みして、また違った感じのを書きたいと思っています。(ようするにネタ切れです)
それでは!




