001 臨終間際
ここはトルデネルカ帝国。
西大陸に君臨する帝国の物語。
これは皇帝の建国物語か。
それとも後宮のラブロマンスか。
いや、おばあちゃんが孫の為にがんばる物語である。
◆◆◆
帝国には四つの公爵家が存在する。
このラニテル公爵家がその一つである。
ラニテル公爵家。
かつては『呪われた公爵』とあだ名されて、他貴族との交流が滞っていた。
だが、先代アレクサンダーが公爵位を継いでから、呪いはなくなり、ついには『呪われた公爵』とは呼ばれなくなった。
この経緯は、一人の女性の尽力による。
アレクサンダー先代公爵が愛した女性・ネリーネイオミ。
現在、彼女はラニテル公爵家の敷地の離れにて余生を過ごしている。
「大奥様、ご機嫌麗しく」
軽やかな、それでいて礼儀正しさを感じる若い女性の声がネリーネイオミの耳に届いた。
現公爵夫人であるマーガレットが挨拶にやってきたのだ。
ネリーネイオミは寝台から動こうとしたが、マーガレットは慌てた。
「大奥様、どうかそのままで」
「あら、夫人が来たのに寝たままなどいけないわ」
「いいえ、大奥様のお体が第一です。どうか、このままで」
必死の懇願に対して、ネリーネイオミは再び寝台の中へと沈んだ。
寝台の上で横になっている女性はネリーネイオミ。先代公爵の妻である。
現ラニテル公爵の祖母であり、養母でもある。
息子夫妻を早くに亡くしたが、息子の忘れ形見を公爵に育て上げた女傑だ。
夫亡き後は孫が成人するまでは公爵代理を務め、孫が立派な公爵になった姿を見届けてから離れへと移った。
長年の苦労の影響か、離れへ移り住んでからは徐々に体力が落ちていき、ついにはベッドから起き上がるのも難しくなった。
マーガレットは日課として彼女の様子を窺いに参っていた。
公爵夫人の仕事で忙しい身であるが、ネリーネイオミへの挨拶は苦にはならない。
孤児だった頃にネリーネイオミに引き取られたマーガレットはネリーネイオミを母親のように慕っていた。
「あなたも立派な公爵夫人となってこれで思い残すことはないわ」
マーガレットの成長にネリーネイオミはほろりと涙ぐんだ。
「何をおっしゃいますか。大奥様にはまだまだ教えてもらうことが山のようにあります」
既にネリーネイオミはマーガレットに2年前に全てを教え終えていた。
マーガレットの仕事ぶりもつつがなく執り行われていると聞いている。
「マーガレット。どうか、これからもコンスタンスはお願いね」
「もちろんでございます。私は全てをこの家に捧げる覚悟です」
迷いのない言葉にネリーネイオミは困ったように笑った。
話しているうちに少しずつ眠気が訪れて、ネリーネイオミはゆっくりと瞼を閉ざした。
静かに続く呼吸を聞いてマーガレットは微笑む。しばらく見守ったら、物音を立てずに立ち上がった。
◆◆◆
マーガレットが去ったしばらく後に、部屋の外から声が聞こえた。
(あらあら、おしゃべりな子たちね)
ネリーネイオミは若いメイドたちの会話に耳を傾けていた。目を閉ざしたままで、周りからはまだ眠っていると思われるだろう。
「おいたわしいですわ。マーガレット様」
「もう夫人よ。奥様と呼びなさい」
同情するメイドの声に、注意をする声。
「そうね。……大奥様の前で、弱みを見せずに過ごされるなど本当に強い方だわ」
「でも、少しでも弱さや隙を見せた方が旦那さまの心も繋ぎ止められたのではないかしら」
会話の内容にネリーネイオミは首を傾げた。
「かわいそうな奥様。旦那さまが浮気をしているなんて……」
とんでもない単語が耳を突き抜けて、ネリーネイオミは目を見開いた。
(なんですって!?)
天蓋を視界に映しながら、腕に力を入れようとする。何とか自力で起き上がろうとしているのだ。
(浮気、愛人? まだ二人は二十代でしょ! あんなに初々しい夫婦だったのに、何があったの??)
声を出そうと思ったが、声が出せなくて歯痒い。
何とかメイドを呼びつけて話を聞き出そうとしたが、胸がずぅんと重くなっていくのを感じた。
「あ、うぅ」
息がうまくできずに、言葉を発することができない。
ネリーネイオミのうめきに、ようやく気づいたメイドたちは部屋へと入ってきた。
「大奥様! 大奥様!!」
「医師を呼んで!」
ばたばたと騒然とした様子。
ネリーネイオミはあたりが暗くなるのを感じた。
この瞬間が、死と知ってネリーネイオミは慌てた。
(待って! 私はこのまま死んでしまうの!?)
離れに移った時はあれほど最期を迎えることを願っていたが、今はそんな願いなど忘れてしまった。
孫夫妻のとんでもない事情を耳にしてしまったのだ。
(このまま安らかに眠れない!!)
ネリーネイオミは必死に叫んだ。




