第20話 条件その13 あくまでもリスナー
配信の方法も決まった。
異世界へ行っても、理美は配信者でいられる。
むしろ、日本にいた時より稼げる可能性まで出てきた。
中抜きゼロは大きい。
理美は満足していた。
そして、JINを見た。
ふと、気になることが頭をよぎった。
熱狂的なファン
世の中には、好きな芸能人の私生活を知りたくて、捨てたごみをあさる人もいる。
勝手に監視しようとする人もいる。
JINは神である。
理美の配信アーカイブを、異世界から見ることができる神である。
ということは、
「あの、JINさん。」
「はい。」
「私がそちらの世界へ行ったら、JINさん、私の生活をずっと見てるつもりなんですか?」
「え?」
「絶対ダメですよ。」
JINが目を丸くした。
「私、今だって寝る前ですよ。すっぴんですし、コンタクトも外して眼鏡ですし、髪もボサボサですし、服も楽な格好なんです。」
理美は自分の姿を見た。
人に見せるための姿ではない。
「私、ラジオ配信者なんですよ。」
「はい。」
「リスナーさんには、配信してる時の私だけを知っていてほしいんです。」
理美にとって、配信中の自分も本当の自分である。
嘘をついているわけではない。
しかし、生活の全てを見せているわけでもない。
見せたい自分と、見せる必要のない自分がいる。
「トイレに行くところとか、いびきかいて、よだれ垂らして寝てるところまで見たいんですか?」
「いや、違います違います!」
JINが慌てた。
「JINさん、そんな変態さんなんですか?」
「違います!」
否定が早い。
「じゃあ、見ないでください。」
「分かりました。」
理美は、ここだけは曖昧にしたくなかった。
「私が望まない限り、JINさんから私の様子を見に来ることはしないでください。」
「はい。」
「勝手に見ない。監視しない。」
「はい。」
「もし私が一度でも、『今、見られてるな』って感じたら、その時点で、この異世界での生活は終わりにします。」
JINの表情が少し真剣になった。
「神に誓って約束します。」
異世界の神は、一体どこの神に誓うのだろうか。
そもそも、お前が神ではないのか。
理美は少し疑問に思ったが、今はそこを追及する時ではない。
「お願いします。」
理美は頷いた。
JINは神である。
異世界へ理美を呼ぶことができる。
家を用意し、物を作り、日本の配信まで見ることができる。
しかし、理美にとってJINは、あくまでもリスナーである。
大切なリスナー。
自分を応援し続けてくれたリスナー。
だからこそ、距離感は大事だった。
「基本的に、毎日夜八時の配信で会う。それでいいですよね?」
「はい。」
「何か困ったことがあった時だけ、私から連絡します。」
「分かりました。」
「InstagramのDM、使えますよね?」
「使えます。」
「じゃあ、今まで通りで。」
理美は少し考えた。
「いきなり電話は嫌なので、まずDMしてください。」
「はい。」
「『今、お時間よろしいですか?』って。」
JINが笑った。
理美も気づいた。
それは、JINが初めて理美をここへ呼んだ時に送ってきた言葉だった。
今、お時間よろしいですか?
あのDMから、全てが始まった。
「それでお願いします。」
「分かりました。」
これで、JINとの距離感も決まった。
そこで理美は、もう一つ確認しておきたいことを思い出した。
「あと、これ大事なんですけど。」
「はい。」
「私が、この生活を嫌だと思ったら、終わりにできますよね?」
「はい。」
「それ、明日でも?」
「もちろんです。」
「十年後でも?」
「はい。」
理美は少し安心した。
今は行ってみたいと思っている。
楽しそうだとも思っている。
しかし、実際に暮らしてみなければ分からない。
明日、嫌になるかもしれない。
十年後、もう十分だと思うかもしれない。
理由など、その時にならなければ分からない。
「私が『この生活は嫌だ』って思った時点で終了。それでお願いします。」
「分かりました。」
「その時は、異世界で過ごした記憶、全部日本の私に戻してください。」
「全てですか?」
「全部です。」
楽しかったこと。
嬉しかったこと。
腹が立ったこと。
悲しかったこと。
失敗したこと。
異世界で得た知識も経験も、全て。
「せっかく私が経験したことなんですから、なくなるのは嫌です。」
「分かりました。」
異世界の理美が生活を終えた時、その記憶は全て、日本で暮らす五十三歳の理美へ戻る。
明日かもしれない。
十年後かもしれない。
いつになるのかは、理美にも分からない。
ただ一つ決まっているのは、終了を決めるのは理美自身だということ。
異世界へ行くか、行かないか。
どこに住み、どう暮らすか。
誰と会い、誰と関わるか。
そして、いつこの生活を終えるのか。
異世界で暮らす分身の理美に関することを決めるのは、全て理美である。
JINに決定権はない。
何でも叶えるから、来てほしい。
最初にそう言ったのは、JINなのだから。
JINは神である。
しかし、理美にとっては、あくまでもリスナーである。




