18.
思い返せば、彼が命を落とすという『結果』を観測した記憶はない。
黒腐病に侵され、その治療ができなかったから、これは救えないと判断したのだ。
救えないという事実から逃げ出した。
それが、この結果だとでも言うのか。
「まるで儂がどうしてここに居るのか、理解できないという顔でありますなぁ?」
思わず、一歩後ずさる。
老体は歪んだ笑顔のまま、ただ彼女に歩み寄っていく。
──結果。そう、結果だ。今のこの男はどんな結果に、いつ至るというのか。
逸していた目を、合わせようとした。
「簡単な事です。あの夜、薬師様が消えた夜の事! あまりにも帰還が遅く、黒い病を振りまいた証拠でも隠そうとしていたのかと思った夜の事! 薬師様の工房より、こちらの書を拝借致しましてなぁ!!」
六時間。僅か、それだけの命だ。
──いいや。何かがおかしい。『徽』の見た事のない『結果』の重なり方をしている。
耳を貸す気は無い。悪意で言葉を放っているのは明確だ。彼らからの罵声など聞き慣れている。聞き流すだけなら、簡単だ。
「『魔法』と、そう言いましたかな? 御伽噺のようで実に面白い! これさえあれば生き永らえると言うのですから、使わない手はないでしょう! 薬師殿も、同じ事をしているのでしょう?」
結果を確定させる魔法の事か、と考え。
明確にそれは否定される──もし同じように長期の生存を望むなら、今現在の黒腐病への対応能力があれば、彼の体はこんな姿にならないだろう。
そして、『徽』の観測が追いついた。
『結果』が、同時に三つ存在する。
残り六時間なのは、その中で一番短いもの。
「おまえ、」
「人間の魂を、喰ったのか!?」
笑い声。耳障りな、声だ。
「何を驚く事がありましょう。同じですよ! 今日まで生きる為に人くらい喰わずしてどうなります! 薬師殿と同じ事をしたまでです。そうしてようやく見えた今という瞬間、これはまさしく運命と呼ぶべきでしょうなぁ!」
「あ──」
「まだ生きている人間から魂のみを切り離すのは一苦労でしたが──結果、それはより上質な生命を得る形となりましたわ! いえ、その残り滓があんな形になるなど、儂も」
自分の魔法の事など忘れていた。
「あ、ああ──ああああぁぁああああ!!!」
咆哮がどこから聞こえているのか、定かではなかった。
どこに自分が立っているのか、考える事もしなかった。
「わあああああぁぁぁああああ──!!!」
大地を刳り、岩石を叩きつけ、人体を潰す。
跡形も無く。形も残さないように。二度と声を発する事のできないように。
丁寧な魔法などそこには無く、ただ端的な暴力を実行する。
何が目的かなど、考える余力は残っていなかった。
轟音。砂埃。
喘鳴。
救おうとした、命だった。
その命を、ただ怒りと恐怖に任せて叩き潰した。
「……………………」
理屈を捏ねれば、恐らく彼は同じ理由で、同じ事をするのだろう。
他者の魂を、未来を。自分がただ生き延びる為に、啜り貪り続けるのだろう。
誤解を解く気など微塵もなかった。彼が聞く耳を持たなかったのは明白だ。
だから、殺した。結果を待たず殺した。正当な理由はきっと成り立つ。
「………………疲れた…………」
足に力が入らない。
ただの疲労ではない。立ち上がる気力を作れない。
結果が見えているというのなら。
その過程をどれだけ選んだ所で、何も変わらないのではないか?
彼のように、救えない者は、どこまで行っても救えないのではないのか?
そもそも。確定させてきた結果の中、ひとつたりとも因果を歪めなかったと、どうして思い込んでいたのか?
この魔法は、人を救いたいという願いに反して、人の未来を奪い続けるものなのではないか?
「……もう、疲れたよ…………」
声は、誰にも届かない。




