11.
「つまり、愚痴りに来た。って事?」
ティーセットは二人分になった。
有無を言わせず席に付かせ、『徽』は『剣』の対面に座る。読みかけの本は閉じられ──開いたまま伏せようとした瞬間、『剣』の眉間に皺が寄ったのは見逃せなかった──、彼女の傍らに置かれている。
話す姿勢は整えられた。『徽』は意外にも、真面目な時は真面目なのだ。
「愚痴……か? いや、何だろうな。俺にもわからん」
「なぁにそれぇ」
マカロンをひとつ。
彼にも身振りで勧めるが、やはり身振りで遠慮された。手に押し付けてみる。追い返される。
つれない。
「わからんから此処に来たんだ。いや、此処に来たのも理由が無いんだが……ああ、くそ。上手く言えん」
「すげー珍しい……あの『剣』が混乱してる……?」
腕を組んで思考に耽る『剣』。
視界から外れた隙に、こっそりとマカロンを彼の側に押し寄せてみる。手だけで返された。つれない。
「……何か、あったの?」
どことなく腑に落ちない。彼らしくない。
『剣』としての機能に徹し、ただ「そう」であろうとしていた彼なら、こんな迷いを口にしない。或いは抱いていたのかもしれないが、であればここまで弱みを見せる事はしないだろう。
疑問。疑問だ。疑問である。頭の中には疑問符が満ちる。
「考え事が、増えた」
「考え事? 私の失態?」
「そりゃいつもの事だろうが。わかってんなら自重しろよ」
「むり。」
ふふ、と笑いながら、緊張をほぐそうと試みる。
溜息が返ってきた。ただそれでも、彼の気配は少しだけ和らいだ。狙いは上手くいったらしい。
「……俺は、正しい事をしているのか?」
思案。
「日頃、疑問が強くなっていく。『剣』ならそれで良いと思っていた。ただ……納得が追いついて来ない。俺のやっている事は、本当に正しい事なのか?」
彼らしくない、と改めて思う。
或いは『剣』らしくない、と考える。
どちらかというと、それは真っ当な「人間」の思考。
「本当に、人を殺めないといけなかったのか? もっと良い未来があったんじゃないか? そもそも、あんな凶行に走らせず、彼らにも普通の人生を送らせてやれるんじゃなかったのか? ……無駄な事だと思っても、考え事は増えるばっかりだ」
「それは、」
言葉を挟もうとする『徽』を、片手で制する。
何も、彼とて理解に乏しい赤子というわけでもない。
「わかってる。その瞬間に限っては、可能な限り最善を尽くしてきた。そもそも国の制度だの政治だの、そんな物に噛める程に権力は無いし、興味も無い。だから……無駄な事なんだよ、こんな事考えても」
「……そう、かな」
「でもな」
考えは止んでくれないんだと、自嘲する。
無駄を省いて生きてきた彼の、哀しい程に「人間」の部分を。『剣』ではない、一人の人の話を聞く。
静寂。それは一瞬だったか、もしかすると一時間だったか。
『徽』が、沈黙を打ち破る。
「……結果なんて、初めからわかりきっていたよ。何も、キミのせいじゃない。キミが負える責任なんて、たかが知れてる」
「……そいつは、」
「ううん。決まってる事だ。気に病んだ所で何がどうなるって話じゃないし、その上で最善を尽くし続けるのなら、それはとても尊い事だよ。私は、そう考えてる」
彼は、『徽』に弱みを見せた。
対価を払うなら、彼女自身の秘密だろうと考えた。
──彼の誠実で真面目な姿勢に、無闇な影を落とさないように。『徽』は静かに、しかし必ず聞こえるように、
「『結果を確定させる魔法』。私が使ってるのは、そんな下らない魔法だよ」
彼に、告げた。




