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第九食 ほのかとチョコレート工場 (松)


 バレンタイン。

 それは、女子が男子に告白をする為にある一大イベントではございません!

 断じて違う。

 近年におけるバレンタインとは、日々頑張っている自分が、自分へのご褒美の為に高級チョコを食す、自己愛と糖分の祭典なのだ。

 ゴディバ? ピエール・マルコリーニ? いや、コンビニのブラックサンダーでもいい。

 とにかく、チョコだ。チョコが必要なのだ。


 しかし、ここは異世界。

 チョコも無ければ、原料のカカオも無い。

 私は飢えていた。


 私が今、異世界で最も恋しいのは、出汁の効いた味噌汁でも無ければ、母の作った肉じゃがでも無い。

 チョコレートが食べたい。

 そう、カカオだ!

 女子高生にとってチョコレートはマストアイテム。

 悲しい時、楽しい時、そして過酷な受験勉強の合間に食べる「キットカット」……。

 あれは常に私の傍らにあり、精神を安定させてくれる精神安定剤だった。


「ああああああ、あああああ!」


 禁断症状だ。

 脳が糖分を求めてバグり始めている。


「食べたい……食べたい食べたい食べたい!」


 ベッドの上でのたうち回る私を見かねて、部屋の隅から一人の少女が歩み寄ってきた。

 この城での私の専属メイド、メメさんだ。

 彼女は無表情のまま、懐からメモ帳を取り出し、サラサラと何かを書いた。


『海に、あります』


「……え?」


 メメさんはこっそりと教えてくれた。

 異世界にも、カカオに酷似した実が存在するらしい。

 しかし、その実がなる場所は、山奥でもなければ、アフリカでもガーナでも無い。

 あろうことか、海底深く。

 深海の底にひっそりと実る、幻の果実だという。


『危険なので、誰も好んで食べません』


 メメさんはそう付け加えた。

 だが、私の耳には届かない。

 あるなら、取って食べるしか無い。

 幸い、ここはユノリア王国の王城。厨房には腕利きの専属ベテランコックが働いている。

 実さえ持ち帰れば、作れるのだ。チョコレートを!


 メメさんが『危ないからダメ絶対』と筆談で警報を鳴らし、私の袖を掴む。

 知るか!

 食べたい時が、食べ時だ!


 私は制服のスカートを翻し、城を飛び出した。

 目指すは、ユノリア国の冒険者ギルドだ!


†==================†


 ユノリアの冒険者ギルド。

 冒険者ギルドというのは、どうしてどこの国でもこう雰囲気が悪いのか。

 殺伐とした空気。紫煙と酒の匂い。

 いつ喧嘩が始まってもおかしくない、そんな一触即発の空気が漂っている。

 だが、そんな空気ももう慣れた。

 荒くれ者たちが、入ってきた私をジロジロと見る。

(ここは子供の遊び場じゃないぜ、帰んなお嬢ちゃん)

 恐らくそんなところだ。言わせておけばいい。


 私は彼らに目もくれず、受付へと直行した。


「ギョギョ」


 受付に座っていたのは、猫耳……いや……やはり、ここにもいたか。

 魚人だ。

 アスガルドでは可愛らしい猫耳お姉さんが受付だったが、ここは海の国ユノリア。この国では半魚人が公務員をしているらしい。

 エラが動いている。目が離れている。肌がぬらぬらしている。


「ギエギエ」


 何か言っている。

 既に言葉でも無い、擬音の塊だ。

 私はなんとかコンタクトを試みる。


「あー、ギエ? ギエギエ?」

「ギエッポ」


 なるほど……全くわからん。

 異世界言語以前の問題だ。種族間の壁が厚すぎる。もう意思疎通も出来ない。


 私は早々に魚人との会話を諦め、受付カウンターの端に並べられている羊皮紙を手に取った。

 これを解読するしかない。

 その内の一つにあった「依頼書クエストシート」。

 これだ。これを書いて出せばいいはずだ。


 私は依頼書を持ち、魚人に渡した。

 魚人はそれを受け取ると、少し首を傾げ、私をじっと見た。


「キエー!!」


 突然、奇声をあげる魚人。

 ビクッとする私。

 まて! このパターンは知っている。先日の市場でのトラウマが蘇る。

 魚人の顔が、みるみる赤くなっていく。

 違う! ここで卵を産んでほしいわけじゃない!

 そもそも、どうして私を見るとお前らは産気づくんだ!


 ボトッ。


 魚人の口から、何かが吐き出された。

 それは卵では無く、一枚の金属プレートだった。


「……あ」


 ギルドカードだ。

 なるほど……先にギルドカードを作成(発行)してから、依頼をするのが通常の流れか。

 しかし……何故、口から出す必要がある? 体内生成なのか?

 私は、粘液でベトベトになったギルドカードを、指先で摘み上げた。

 糸を引いている。

 ……汚い。


 とりあえずハンカチで拭き取り、次にカードのIDらしき数字を「依頼書」に記入する。

 そして、肝心の依頼内容を記入……。


 ……書けない。

 ペンを持った手が止まる。

 私は、異世界の文字を書けないんだった。

 盲点だった。読むことは翻訳メガネでなんとかなるが、書くことは出来ない。

 魚人に代筆を頼むか?

「ギエギエ」しか言わない奴に? 無理だ。


 途方に暮れていると、私の背中をツンツンする人物がいた。

 振り返ると、無表情のメイド。

 メメさんだ。

 心配して追いかけて来てくれたのだ。


 メメさんは無言で私からペンと依頼書を奪い取ると、サラサラと流暢な文字で内容を記入し、受付魚人に提出してくれた。

 できるメイドだ。一生ついていきます。


 魚人が依頼書を確認し、指を三本立てた。

「ギエ(三人だ)」

 と言っているようだ。


 メメさんが私に向かって、人差し指を立てる。

『あと一人』という合図だ。

 あ! 確か前もそうだった。ダンジョン探索には最低三人のパーティが必要なのだ。

 私と、メメさん(来てくれるの? ありがとう)。

 あと一人。

 しかし、無名の私たちの募集に来てくれる勇者などいない。周りの荒くれ者たちは、ニヤニヤして見ているだけだ。


 どうしたら……。

 私が悩んでいると、メメさんがスッと手を伸ばし、受付の魚人を指さした。

 そして、手招きをした。


『貴様が来い』


 えええええ!?

 受付の人(魚)を勧誘!?


 魚人は少し驚いた表情(目が飛び出た)をしたが、メメさんの眼力に押されたのか、しばらくして「キエー……」と諦めたように頷いた。

 そして、依頼書のパーティメンバー欄に、サラサラと名前を書いた。


 え? いいの?

 職場放棄じゃないの?

 というか、お前戦えるの?


 かくして。

 異世界人(女子高生)と、無口なメイドと、魚人受付嬢。

 わけがわからない……そもそも本職の冒険者が一人もいない。

 史上最弱にして、最もカオスなクエストメンバーが誕生した。


 私はそっと、依頼書に書かれた魚人の名前を確認する。

 達筆な文字で、こう書かれていた。


『ジョセフィーヌ』


 ……どうやら、メスらしい。

 名前だけは無駄にゴージャスだ。


(中編へつづく)


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