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11 : Day -21 : Nagatacho


 互いの情報共有は、このさい重要だった。

 麹町にむかう短い共同溝の途次、チューヤとミカは互いの事情を手短に語る。


「殺し屋が外務大臣を消しに動いてる、って情報がはいってね。CIAとしては、彼──カツラサンを殺されると、ちょっと都合がわるいらしい。ペンタゴンからも、日本の防衛装備庁の研究は重視されてるから、ええと……塩おんじ? 彼の安全も守りたい。なんでFBIが、CIAとペンタゴンの仕事をさせられてんのか、よくわかんないけどね」


 どこも人手が足りない、ということなのだろう。

 なにしろ日本の警視庁は、民間人の高校生まで駆り出しているくらいなのだから。


 ──外務省と防衛省は、現在、アメリカにとって都合のいい存在であるらしい。

 防衛省についてはインドやチャイナ・スクールとの連携も警戒されているが、最新装備の供給や技術協力について、アメリカを排除して話は進まない。

 ここ永田町のパワーポリティクスは、意外に世界とも連動しているということだ。


「えっと、ミカさんはFBIですよね」


「そうだよ。だからケンゾーとも仲良しだったろ? 国際捜査には捜査協力がとても大事だからね」


 仲が良さそうに見えたかどうかはともかく、FBIが警視庁と絡むのは順当だ。

 CIAと内調(内閣情報調査室)はあまりにも規模が異なるが、アメリカ国防総省と日本の防衛省には通じるものがある。

 日本とアメリカでは組織構造が異なるので、あまり寄せて考えることはできないが、近代国家である以上、警察、軍、官邸、といった大まかな組織図に関しては類似している。


「──ネクター博士って?」


 さらに掘り下げるチューヤ。犯罪者側の情報は重要だ。

 ミカはしばらく考え込んでいたようだったが、すぐにチューヤを「戦友」と認めて言った。


「連続殺人鬼。……()()()()だけど、耐えられる?」


 チューヤは一瞬ふるえたが、毒を食らわば皿までだ。

 先刻、怪物当人には会った。

 彼がいかなる犯罪者であるのかについては、このさきのシナリオに強くコミットしている気もする。


 ミカははじめ、ゆっくりと語った。

 ──彼はすでに、7か国で「殺人犯」として手配されている。

 ことさら証拠を残したわけではないが、あらゆる状況が彼を犯人として示唆していた。


「……どういうことですか?」


「彼にとって、()()()()()なんだよ。芸術的な死体が見つかったら、それは彼──ネクター博士のしわざだ、という状況証拠だけで手配している国も、ないわけじゃない」


 なんだそりゃ、と突っ込んでいいものかどうか、チューヤは迷った。

 ──たとえばその殺人は、つぎのようなものだ。


 手足の腱を切ったあと、地面に薄く埋める。

 点滴のチューブを刺して栄養補給し、しばらく生かす。

 虫や菌類などによって、末端から徐々に腐敗が進む。

 虫は死んだ肉しか食わないが、植物は生きたまま血を吸ってくれる。

 菌類は糖分が大好物だ。


 すべての死体に「種」が植えられている、という。

 この特徴的な殺し方によって「ガーデナー」などとも呼ばれるらしい。

 事実、ネクター博士は世界有数の植物学者でもある。博物学に通暁した、まさに博覧強記の天才らしき面影は、さきほど一見しただけでも理解できた。


 ときどき博士の残すメッセージカードに記された、殺人の理由がふるっている。

 罪障、植物の大量虐殺。死因、報い──。


「植物の、復讐」


 チューヤは、被害者がどんな人間かは知らないが、この時点でなんとなく想像はできた。

 人間はその短い歴史に比して、信じられないくらい多数の動植物を「絶滅」に至らしめている。

 それだけ多数の「被害者」がいるということだ。

 当然、その「加害者」に対する報いは、あってしかるべきなのではないか……?


「そういうわけで、大好物はネクター、らしいね」


 チューヤの記憶に、さきほど父親が差し入れていた缶ジュースが想起される。

 植物由来の、おいしいジュース。

 ちなみにネクターは商品名のように思われがちだが、一般名詞である。

 日本では、もっぱら果実をすりつぶしてつくったソフトドリンクを意味する。


 ──植物の滴らせるカンロが大好物だという連続殺人鬼の動機は、人間たちに根絶やしにされてきた植物たちからの「復讐」だ。

 証拠は少ないが、模倣犯を含めて10件以上の「同類の殺し方」が報告されている。

 日本では「ダフネ」を埋めた直後、警視庁によって逮捕された、らしい。


「え、オヤジが逮捕したんですか」


 一応おどろいてみせたチューヤだったが、じつのところさほどの感動もない。

 そもそも「殺人」に対する、強力な応報感情をもつ父親である。

 殺人犯を逮捕した、そりゃそうだろ、それがあのひとの仕事だからな、くらいの感じだ。


「世界が驚愕したよ。その後の対応にも、だけどね」


「国際手配されてたってことは、国際司法の場に引き出すべきですよね。スイスかな。でも博士の国籍はアメリカなんですよね。自国民の犯罪者を、自国に連れ帰ってさっさと釈放するって、そういえば米軍関係者がよくやってますけど」


 たっぷりの皮肉を交えたチューヤの問いに、ミカは飄々と応じる。


「そのへんのケチな軍属と、あの男は格がちがうんだよ。上からは、員面(調書)だけとってこいって。ネクターを受け入れるつもりは、どこの国にもないみたいだね。手配しといて無責任な話さ」


 正直もてあます。それが飛び抜けた大量殺人鬼というもののようだ。

 なにより博士のおそろしいところを、チューヤ自身よく知っている。


「自由に脱獄できるわけですもんね……チートかよ」


「──で、塩おんじ、との関係は?」


 やおら会話のターンを切り替えるミカ。

 たしかに、そろそろチューヤが答える番だった。

 ──父親のバディの義父(になる予定だった大臣)で、半蔵門のホテルでの娘の挙式中、エリアごと悪魔に乗っ取られ、婿の土屋は死んだ。


「このひと、土屋さんです。いいひとでした」


 ポケットから取り出した写真には、おそらく土屋の最期の姿。

 彼は悪魔ツチグモに憑かれ、戦いのなかで死んだらしい。


「……殺し屋を知ってるって?」


 問いを重ねるミカ。──いよいよ核心だ。

 チューヤはごくりと息を呑んだ。


 これはマフユに対する裏切りになるかもしれない、と理解はしている。

 だが、そもそも殺人犯を擁護したり隠匿することは、刑事の息子という部分を抜きにしても、善良な一市民としてやってはならないことのように思う。


「たぶん……彼女はサイシ。依頼を受けて殺すみたいです。見た目はただの女の子で、身体は半分……機械です」


 ぴくっ、とミカが反応した。

 ここまで境界を使いこなしている以上、相手の悪魔性についてはそれなりに覚悟を決めていたが、機械性についての理解はまだ整っていない。


「サイバネティクス、ってことか」


「北の陣営……ダークウェブが支配してるみたいなんですけど、強いですよ、かなり」


 おそらくその強さを体感することになるだろう、目的地の門は開かれている。

 ミカは軽く肩をすくめ、いままででいちばん、チューヤに親しみをこめて言った。


「お互いたいへんだよね、父親が大物すぎるとさ」


 ミカの言葉に、チューヤは首をかしげる。

 ミカの父親はケートも日参するほど世界に誇る技術力をもった町工場の主人で、その本性は世界の主神ゼウス……らしい。


「うちのオヤジじゃ、くらべものならんでしょ。ノンキャリの星のわるい見本、こんな時間まで働いてるワーカホリックですよ」


 するとミカは、きょとんとして首をかしげ返した。


「ただのFBIであるあたしにケンゾーを紹介してくれたの、前政権のVIPなんだよね。いまはペンタゴンで極秘任務中(ブラーブラーブラー)


「……え?」


「ステイツの大物が、自分からつながっておいたほうがいいって思う程度には、大物だってこと。おぼえときな。ケンゾーは重要な核心に近い。──彼女は新宿の地下にいる」


「新宿」


 それ以上の質問はできなかった。

 どうやら身近な世界にも、まだ多くの謎が秘め隠されているらしい。




「そういえば塩さんは、非常口(東口)の利用経験者でしたな。半蔵門の件、うわさには聞いてますよ」


 いつもの毒にも薬にもならない表情で、キジムナーは言った。


「その件は総理、ここにいるあなた以外の全員が関係者ですよ、ある意味ね」


 シオツチノオジは、ぐるりとキジムナー以外の面々に視線をまわす。

 半蔵門の件とは、防衛大臣・塩川こと塩おんじが、娘婿として警視庁から現役の刑事を迎えた結婚式のことだ。

 聖遺物の闇取引なども絡み、不幸な事故(?)に巻き込まれた娘婿は死亡、娘も深い心の傷を負った。


 塩川大臣は結婚式に参加していたが、半蔵門にほど近いここ麹町の境界に逃げ込む極秘ルートを使って退避した。

 政府要人のみが使用できる、皇居周辺の地下道については、戦前戦中からまことしやかにささやかれていた都市伝説である。


「従前、国家公安に対する脅威、と私は申し上げている」


「末端の犯罪者の責任まで、大いなる西欧列強が引き受けねばならんものですかな?」


 にらみ合う、妖怪と天使。

 ここに「内務の黒井」と「外務のカツラ」の角逐がある。


「そもそも国家の枢要に、あなた方は不敬なほどの楔を打ち込んでいる。このうえ湾岸に、さらにして不快なる〝戦線〟が展開されるのは、どう考えても好ましくはないでしょう」


「待ってください、黒井さん。月島の件では、危うくこちらが大きな被害を受けるところでしたぞ。そもそも日本が、あのような潜水艦を……」


「月島のドックは一時閉鎖した。われわれは2・26事件にも、スパイ・ゾルゲにも屈するわけにいかないのでね。いずれも安全保障の脅威であり、われわれは国防の機軸をブレさせるわけにいかないのだ」


「防衛白書を棒読みするのもけっこうですがね、塩さん。技本(防衛装備庁)にインド系の資本がそうとう食い込んでいることはわかっているんだ。もっと内製すべきではないですか?」


「そもそもインドや中国を呼び込んでいることそのものが、安全保障の危機という可能性から目を背けないほうがよろしいですぞ。われわれは自由と民主主義、価値観を同じくする成熟した先進国どうし、助け合うべきだと考えるが?」


 菊ゐの一室は往々、日本史の先行きを決める会議室となる。

 集結した主要閣僚の会話からは事実、複雑な内政と外交のパワーポリティクスを読みとることができる。


 内務は内務で、国内における悪魔からの「侵食」を一定程度、抑えてはいる。

 海外からごちゃごちゃ言われるのは基本的に心外で、協力を要請されれば考えはするが、強制されて動くつもりはない。

 国内でのスパイ活動にしても、昨今、目立つのはFBIやMI6のほうだ。


 イヒカは強い口調で、自重をうながしたい、と言った。

 国家公安委員会として強権を発動しても、これ以上、外国のスパイ映画のような治安紊乱を容認するつもりはないと。


 一方の外務、スローンズ。

 もちろん日本が独立国であることは知っているが、西欧列強の代弁者としては、日本の技術力に期待するところは大きい。

 キリスト教圏ではない日本が望むなら、天使たちが「協力」するのもやぶさかではないが、そのためにはもうすこし、そういう「姿勢」を示してもらいたい。

 外務省としては、日本が「先進国の一員」としての義務を果たすことを希望する。


 最後にシオツチノオジは、厳かな口調で言った。

 日本の防衛は日本独自で行なう。

 協力相手として西欧列強しか選択肢がないというわけでは、いまのところない。

 むしろインドの理数系テクノロジーは、新たな兵器開発に不可欠の要素となっている。

 防衛省としては、2~3の同時進行中の「計画」について、既存の参加者を除くいずれの勢力の介入も拒絶する。


「なお、予算はよこせ、ですか塩さん。合理的なプランもなく、緊縮財政の紐はゆるめられませんよ」


「キリスト教式の脅し文句かね、それは」


「自律的な国防は支持するが、国内でのドンパチを許すくらいなら戒厳令も辞さない……ですよね総理!」


「……うん? はいはい、それはそう、そうですよ、むずかしい話だ、まったくたいへんですねえ」


 さっきから刺身をいじくりまわしたまま、ひとことも口を開かなかった総理大臣キジムナーが、はじめて声を発した。

 そこには意味のある言葉の切れ端すらもなかったが。


「沖縄初の総理大臣として、国防には並々ならぬ関心を払っておられるでしょうな、総理」


「いやあ、塩さん。それ塩つけすぎじゃないの、血圧だいじょうぶ?」


 キジムナーは、シオツチノオジが自然に発動する「しょっぱい飯」を指さして笑った。

 呑気なのか、タヌキなのか。

 イヒカとスローンズは顔を見合わせ、軽く肩をすくめる。


 ──毒にも薬にもならない。

 それがこのキジムナーという総理大臣の存在理由ですらある。


 言い換えれば、問題を解決するのは当事者、大臣自身が互いの交渉力をもって、決着を目指さなければならない。

 さしあたり内務と外務には、対立する部分が多い。

 とはいえ、あくまでも交渉と警察力で、あるべき文民と治安のもと、相見互いで妥結するのが政治家の仕事であると、相も変らぬルールを共有しているふたり。

 そこに別個のルールが押しつけられる段階にいたっては、防衛の神髄に頼らざるを得ないこともある……。


「食えないね、塩さん」


「しょっぱすぎるかい?」


「それじゃこれから美味しい桃で、口直しといきませんかな、みなさん」


 その目にひらめく剣呑な光は、奈辺を照らすか。

 酒の補充がてら、座を片しにやってきたオキクムシに、さしあたり「会議」が引けたことを告げる。

 まず立ち上がったのはキジムナーで、


「警備の都合でね、わしはさきに失礼させてもらうよ」


 SPの半分を引き連れ、さっさと引き上げる。

 残された三人のうち、もっとも若々しいスローンズは残り二名をちらりと瞥見して、


「みなさんは、遊んでいくんでしょう?」


「カツラくんは若いねえ。いや、きみは離婚しているから、すこしくらいはいいかもしれんが……」


「ははは、そういう問題ではないでしょう。野暮なことは言いっこなしですよ。みなさんも知っているはずだ、ここが()()()()()()()か」


 ふと窓をみれば、そこにかかるは()()()()()──。



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