本住まいのタカハッシィ
霧島酒店で美月から水魔石を受け取る。そのまま少し雑談していると巣鴨ブラックマーケットの外に出られないことを知られてしまった。
理由はなんとか誤魔化して厚めのダンボールとガムテープを恵んでもらった。怪我の功名ってやつだ。
家に帰ってダンボールを組み立てて簡易テーブルにする。商店街に家具屋がないのが痛い。
今日の予定は全て消化したので日記帳を開く。日課みたいになってきたな。
すると、新たに錬金箱と書かれた項目が増えているではないか。
「項目が増える条件ってなんだろうな」
ふと口から疑問が漏れる。
俺が所持しているもので作れることが条件か? 錬金箱の材料はダンボールがあるし、酩酊ポーションはウイスキーを購入した後に現れた、と思う。
いや、ビデオカメラの項目は突然現れたはず。俺はビデオカメラなんて持っていなかった……。
待て、スマートフォンにはビデオ機能があるな。あれか? 無理やり辻褄を合わせるとこれが答えに近いとは思うが。
まぁ、いっか。ウジウジ悩んで答えだしても何が変わるわけでもなし! そもそもサンプル少なすぎて当てになんねーし!
思考を放棄しているとチャイムが鳴った。まだまだ昼だからオッサンじゃないだろう。警戒して玄関の覗き穴から外を見る。あれ? オッサンだ。
鍵とチェーンを解除してドアを開ける。
「よぉ、少し早いが頼まれたもん持ってきたぜ」
「そりゃありがたいけど、店はいいのか? まだまだ開店時間だろ?」
「彬がちょうど戻ってきたからよ、そのまま店番頼んだんだ。お前がここに住みつくっていったら喜んでたぜアイツ」
彬とはオッサンの三男で現在十九歳のハイランダーだ。ハイランダーの育成学校を卒業して、近場のダンジョンを回りながらオッサンの店に品物を卸したりしている。
俺がマスカレードポテトを注文した時に十勝まで採取しに行ってくれているのは彼だ。
しかし、戻ってきたとはいったい? 遠方まで行くようなハイランダースタイルじゃないと思うが。
俺の表情から疑問を読み取ったのかオッサンが補足してくれる。
「彬の奴はポーターとして長野の木曾山脈まで行ってたんだ。誘ってくれたハイランダーは今朝来ていたクランのトップ層でな、奴さんたちのご厚意で遥々遠征ってわけだ。
ハイランダーとして難易度の高いダンジョンを肌で感じるのも重要だって説得されてな」
「へー。木曾のダンジョンってどんなやつ? 深度は?」
オッサンはとりあえず中に入っていいかと俺に聞き、俺も不躾だったなと反省してリビングにオッサンを通す。
三つ分のダンボールを外から運び入れて一つ一つ開封準備をしながら雑談を続ける。
「よく一回で持ってこれたなオッサン」
「買い物頼んだハイランダーにも手伝わせた。割のいい仕事だったから喜んでたぞ。装備が補修できるってな」
結局金ですか。世知辛れぇな。
オッサンが胸ポケットに挟んでいたカッターを取り出してダンボールの箱を開けた。
中身は固定電話とそこそこのスペックのノートパソコンだ。この二つで二十万近くしている。大体パソコン代だが。
室内にある電話線によくわからん装置を装着して、そこからランケーブルを伸ばしていってパソコンと電話に差し込む。これでいいらしい。
「これでパソコンは使えるはずだ。あとで確認しといてくれ」
「あんがと。それでダンジョンの話の続きなんだが」
残りのダンボール箱を開けて中身を点検しつつ話を続ける。
残っている二つのうち俺が担当するほうは酩酊ポーション制作用の物品だ。
大量の試験管、小さな鍋、注ぎやすい漏斗に高めのリューター。ガスコンロは日常的に使うものと兼用だ。
「木曾ダンジョンは木曾山脈の中にあるトンネル型でな。深度は捌≪はち≫で雑魚モンスターは胴丸を来た骸骨兵メイン。特産品はないがドロップする刀は玉鋼としてはそこそこの物みたいだな。
深度イコール強さじゃないから新人の遠征経験を積ませるために利用するクランも多いみたいだ」
「深度って強さの指標じゃないんだ。初めて知ったわ」
「これはよく勘違いされているな。深度はハイランダーに対しての負荷値のことだ。
つまり、深度が高ければ高いほどハイランダーに対しての不利になる原因がある。
木曾ダンジョンはダンジョンボスの知性と強さだけでランクが捌に認定されている」
メモ代わりのコピー用紙と筆記用具一式を俺に手渡すオッサン、受け取ってダンボール机の上に置く。
「ボスっていったい何のモンスターだってんだ?」
「義仲の幻影って言われてる」
耐熱ボウルと割り箸、スプーンとフォークのセットを渡されたのでキッチンの戸棚に収納する。
それにしても義仲とは?
「義仲って聞いたら木曾義仲しか思い浮かばんね」
「ドンピシャだ。知識だけはあるなお前さんは」
無地の俺のサイズの着替えを数点とタオルを受け取って洗面所へ。
ん? 遠回しに馬鹿っつったかオメェ。
「源義仲、別名木曾義仲だな。奴さんの幻影がダンジョンボスって話だ。
人型で意味の通る会話はできないらしいが、深度認定は人型のボスってだけで捌以上に昇る。なんでかわかるか?」
「策を弄するからってところか」
「そうだ。実際に初侵入の時は三階で義仲が襲撃してきたと記録が残っている。
全階層は七階だがボスが中途で仕掛けてくるなんてのは後にも先にもここだけだ。知性を持つってだけで厄介なんだよ」
自由なボスだこって。俺はダンジョンに潜るつもりは無いし、記憶の片隅にでも覚えておけば十分だろう。
「そんな危険なダンジョンに潜って彬は怪我はしなかったのか?」
「してないみたいだな。バキバキに折れた刀を三島の爺さんに持って行って武器作ってもらうって言ってたぜ」
「あの爺、まだ現役なのかよ」
三島の爺さんは旧巣鴨商店街の頃から包丁から刀まで打ってた鍛冶師の爺だ。
もう歳は七十の後半のはずで棺桶に片足突っ込んでるが、まさかまだ現役とは恐れ入った。
小さく圧縮された寝袋を和室に投げ入れる。しばらく俺の布団はこれだ。
「流石にハイランダーの依頼の大半は息子がやってるみたいだがな。気に入った仕事は勝手にやってるらしい」
「息子にとっちゃクソ迷惑だな」
ちげぇねぇと笑いながらオッサンは納品書にボールペンで線を引いていく。全部品物があったか確認してくれているのだろう。
和室の押し入れに隠した封筒から三十万円引き抜いてリビングに戻る。オッサンは確認を終えたのか、昨日買ったまま転がっていたウイスキーをラッパ飲みしている。
「オッサン、まだ昼だぞ」
「ケチケチすんなよ、俺は今日はもう上がりだ。金は合計で二十九万と七千円だ」
「ウイスキー代引いてんだろうな?」
じゃれあいながら三十万円を渡す。釣りを渡そうとしてきたのでそのまま受け取るように言った。
「いいのか?」
「これからも頼むしな。取っといてくれ」
そうか、とポツリと言ってオッサンは笑い、三十万円をグシャリと握って立ち上がる。
「もう帰るのか?」
「おう、彬だけじゃ不安だからよ」
もう上がりだって言ってたくせに心配性なんだからなぁ。
「そのうち霧島んところで飲み会しようや。お前の引っ越し祝いでよ」
「ああ、喜んで」
オッサンは言葉なくニヒルに笑って、ウイスキーを飲みながら玄関から出て行った。
……。ウイスキー持っていかれたから材料足りないじゃん。
俺は慌てて美月の店に行くハメになった。




