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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
138/140

CODE:HEXA File5‐26 剪定し薄青

―リースト―


 建設途中のビル。


 鉄骨が組まれ、床も出来上がっているが窓枠などはハメられておらず、無機質さが前面に出ている。建築業者が翌日も使う予定なのか機材や材木などが乱雑に積まれている。


月明かりが窓になるはずの穴から差し込んでいる。


(こんな放置の仕方をして、大丈夫なのか……?)


 リーストは不安になりながらもメッセージの指示に従い現場に足を踏み入れた。


 指示によると外では追手に見つかる可能性があるということで、カメラも設置されていないこの現場が合流場所として選ばれたらしい。


 丁寧にここまでのルートも指示されていた。カメラの少ないルートをということのようだが、確かにここに来るまでに見たカメラの数は普段街中で見かけるカメラの数分の一程度だった。


 カメラカメラと社会のどこでも常に誰かに見られているような錯覚に陥る現代ではむしろ不安を覚えるほど人の目がないルートであった。


(彼の情報収集能力、そして、それを扱う力がこれほどとは……。彼の、いや、彼らの力は本物だ。……本気で世界を変えるつもりなんだ)


 




 ビルはまだ扉も設置されていないため、現場に入れさえすれば、建物に入るのは難しいことではない。


 リーストは指示に従い、建物に入ってゆく。


「こんなところに建築途中のビルがあったなんて知らなかった。それに不気味なくらい自然に入れた。一体何が――」


「――あら、ご苦労様。貴女が協力者、ね?」


 放置された板材の上に腰掛けていたのは長い金髪を2つにまとめた女性。


 リーストはハッとして振り向いた。そして気づく。彼女を知っている、と。


 彼女に太陽のような笑みを浮かべる、ある少女の面影を見た。


(そんなはずは……こんなにも変わるものなのか?いやでも、間違えようがない彼女は……)


 リーストの口に自然と笑みが浮かぶ。目の前にいるのは紛れもなく、組織の追っている“工作員殺し”であり、あのオクタの生徒“凩 恵冬”に他ならない。


「……ははっ。噂は……本当だったんだね。君は生きていて、警察にいるって」


「若干間違ってるけど、まぁいいわ。訂正するほどのことじゃないよ。そこまで分かってるならわざわざ名乗る必要はないわね?」


 彼女は妖しく微笑む。


「……恵冬、さん。これから僕はどうなる?どうすればいい?」


「そうね。とりあえず邪魔な荷物は置いていきましょうか」


「荷物?」



 リーストは言うのと同時。反射的に脇腹を抑えていた。手に持っていたはずの鞄が床に落ち、中の荷物が散らばった。


 鈍い痛みが走る。鉄と肉の焦げる臭いが鼻につく。


「……っは!ぐぅっ……」


 悶え、冷たい床に蹲る。そして、やっと撃たれたのだと、そう頭が理解した。


「な、ぜ……」


「いや、要らないって。情報だけ流してくれてれば、良かったんじゃないの?でも、バレちゃったんだもの。流石にウチでも抱え込めないってさ。だから、私がここに来たってわけ。オーケー?」


 彼女の声に感情はない。つまらなさそうにしてはいるが心底どうでも良いのだろう。


「そんな……彼に、彼に、合わせてくれ。話を……」


 恵冬の足に縋るように手を伸ばした。目はもうほとんど見えていない。それでも月明かりに照らされた彼女はぼんやりと光を帯びて神々しくもあった。


 救いを、与える存在に見えた。


 彼のスーツは見る見るうちに血に染まってそれは床にも広がってゆく。コンクリートが、それを欲しているかのように彼の血を少しずつ、しかし確実に吸い上げていく。


 伸ばされた手。恵冬は銃口を向け、引き金に指をかける。しかし、引き金を引くその寸前。恵冬の眼前を1発の弾丸が横切った。


「……誰」


 恵冬は不機嫌そうに声を上げる。牽制としか思えない1発。戦いにおいて何の意味もない1発。ただ、その1発が恵冬を引き付けた。


 銃弾は建物の入り口から放たれた。恵冬の視線は意図せずそちらへと向かう。


「私らか?そうだな。強いて名乗るとすれば……綺麗好きの“掃除屋さん”ってとこだ。ほらほらアンタの仲間が助けに来てやったぞ〜」


 掃除屋と名乗った彼女は乱れた髪を靡かせながらケタケタと笑った。






 髪は枝分かれしたものか、それとも染めた金が抜けたものか。よれた髪が月明かりを反射してウネウネと白い蛇のように動いて見えた。頬はこけ、目は長く伸びた前髪で見えない。


 それでも、その視線が闘争を求め爛々と輝いていることはちらりと覗く微かな光から見て取れる。


 異形。正に彼女の放つ雰囲気はそう形容して差し支えないほど尋常なものではなかった。



 地面で突っ伏したままのリーストが力無く言葉を漏らす。


「その……声、サイネリア……ですか……ふふっ僕を、助けに……?嘘を、つかないで下さい……よ。貴方が来たってことは、組織は――」


 言い終わる前に軽い破裂音が2回。


「……ごちゃごちゃ言うから手元が狂った」


 2発の弾丸はリーストの頭部に命中。彼はもう言葉を発することはなかった。


 飛び散った血が床を濡らす。


「……どこが綺麗好きよ。綱紀粛正部隊。まずその腐った頭からなんとかしたら?虫でもついてんじゃないの?」


 恵冬は板材からフッと飛び降りると血飛沫の跡を避けながらナイフを抜き、彼女との間合いを測りはじめる。


「んぃや?綺麗好きさ。わざわざ世のため人のため、この手を汚してゴミ掃除してやってるんだからな」


「掃除ってアンタは好きなだけ散らかして、後ろのに押し付けてるくせによく言うわ殺人鬼」


 サイネリアはポカンとしてから一泊置いて口を大きく開いて笑い始めた。


「流石はアイツの生徒ってとこか?出てきていいってさ」


 入り口の壁からひとまわり小柄な女が現れた。ダボついたパーカー。目は居心地が悪くなるほどに真っ直ぐと恵冬に向けられていた。隙なく恵冬を警戒している。


「どうして姉様じゃないってわかったの?」


 彼女の声は淡々と降りしきる雪のように抑揚がない。そして、冷たさも雪の降る夜のそれだ。


 恵冬も対面の殺人鬼に倣い、口を愉悦にゆがめると、指をさす。


「そりゃ、ねぇ?だってコイツ、髪ボサボサで頬はこけてんのにさ。その髪の下。見えなくてもわかるわ。今にも殺したくてギラついてるもの。掃除だなんてお利口なこと出来ないわ」


 恵冬の口調はいつものように煽るようで、嫌味のあるものだった。が、サイネリアには全く効いていない。それどころか楽しんでいるようでもある。


「へぇ、そうかい。まぁそうだな。掃除した後の後片付けはコイツらの仕事だ。掃除の掃除、後始末さ。そんで、お前も……掃除される側だぜ」

読んでいただきありがとうございます。


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