CODE:HEXA File5‐24 剪定し薄青
―ヘキサ―
スライドドアを開け、六花はバンに乗り込んだ。
「これからどうします?」
座席につき、オクタに尋ねる。オクタは運転席につくとタバコに火をつける。
「――。このままここで待機だ。ラーレたちから報告が入れば……それか、仕掛けた盗聴器で状況が動けば今日中に片をつける必要が出る」
「そうですか。あと、タバコ吸うなら換気してくださいね」
六花はそういうとすぐに出る可能性を考慮してマルベリから受け取っていた装備に着替えるべくさらに後ろの端の席に移動した。
2人は20分弱でターゲットであるリーストの部屋を探り、いくつかの盗聴器を仕掛けて近くのパーキングに戻って来た。
六花は未だにリーストに裏切りの容疑がかかっていることに疑問を感じていた。リーストという工作員と共に仕事をしたことがあるわけではない。顔をこの目で見たわけでもない。
それでも、彼だって工作員の――仲間の1人だ。こんな仕事を続けているのも辛い思いをした自分たちのような子どもを1人でも減らすためのはずだ。
そんな人間が私欲で裏切るとは思えない。
彼が本当に裏切っているのであればその動機が知りたい。そして――
(私はどうしたいんだろう……)
彼の裏切りが決定したとして。裏切りに足る理由を持っていたとして。それをどうしたいのか、六花には分からない。
やめさせたいのか。説得したいのか。組織に戻ってきてほしいのか。
「師匠」とそう呼びかけた時だった。オクタは耳に着けたイヤホンマイクを通して話し始めた。
「ラーレ。リコリス。そしてヘキサも。よく聞いてくれ。“あの部屋には”奴が手配させたVP9はなかった」
〈は?それって〉
真っ先に反応したのはラーレだった。
「そうだ。通常の仕事をこなすだけなら奴には不要だ。むしろ持っていることの方が発覚のリスクになる」
〈じゃあやっぱり!〉
〈まぁまぁ、落ち着いて。リーストって人はなんていってんの?〉
面白くなってきたと言わんばかりに口を挟んできたのはリコリスだ。
「以前から工作員が死ぬことはあった。しかし、ここ数カ月のうちにホリー、カメリアと来てライースが襲撃されリエールが逝った。まぁ、カメリアがやられた時点で申請していたらしいがな。要は護身目的だそうだ」
オクタは煙を吐き出しながら、ぼんやりと天井を眺める。
〈まぁ、理屈は通ってる……かな?〉
「装填済みとかで見つかってくれれば、難癖付けて拘束することくらいは出来るんだがな。流石にそこまでお膳立てはしてくれないな」
呆れたようにカーステレオに手を伸ばし、ラジオをつけ始めた。ラジオの向こうではどこで事故があったとか何キロ渋滞しているとか、こちらには一切関係のない交通情報を延々と話す声がしていた。
「というか、師匠、私が盗聴器仕掛けてる間にそんなもの探してたんですか?どおりで棚や引き出しばかり開けてると思いましたよ」
〈えっ?六花ちゃんが仕掛けたの!?凄いじゃ~ん!そんなことできたっけ!?〉
唐突に耳元で爆音が鳴り意味もないのに反射的に六花は身体をそらした。
〈大丈夫か?なんか不安だなあ〉
「相変わらずラーレは失礼ですね。師匠に教えてもらったんですから。チェックもしてもらいましたし問題ないですよ」
六花はあの部屋でのことを思い起こす。どちらかと言えば棚の中を乱雑に戻したオクタの仕事の方が不安になる。
(でも、あれで大丈夫なら今度からは私もそっちに回れそうかな)
六花は潜入工作の経験に乏しく、いつもオクタとラーレに任せていた。六花に回ってくる仕事は実行部隊らしく、これ以上どうしようも無くなった場合の実力行使ばかり。
斬って、斬って、斬る。ただそれだけ。
分かりやすいが危険も多く、そこに至るまでの過程の方が大変なことも多い。難しい仕事をオクタやラーレに任せっきりでは悪いと考えていた六花にはちょうど良い機会でもあった。
〈で、俺らはいつまでここにいりゃいいんです?11月とはいえ流石に丸1日外じゃ寒くなってくる。せめてそれ用のものを持って来れりゃな〉
「とりあえずは“今日”が終わるまでだな」
〈マジか~。今日1日はこんなとこから動けないなんて。あぁ明日のデートはキャンセルかな〉
〈文句言わないの。それに俺らって?私は所謂こんなとこに住んでるんだけど?〉
リコリスとラーレは無線の向こう側で何やら楽しげに話をしていたが、10分ともたず会話は切れた。
オクタが丁度3本目のタバコを吸い終わった時だ。
〈来たぞ。リーストだ。いつになく冴えないって顔してんねぇ〉
ラーレがスコープの先にターゲットを捉えた。
〈部屋にないってことはアイツが持ってるか、本当に裏切ってるってんならどこかに流しちまってるんじゃねえの?ルート解明とかで〉
〈ルート割れるかなぁ。銃1つで〉
「まぁ、それはこの後判断すればいい」
オクタはどこか確信を持っているような含みのある言い方をする。
しばらくして、リーストはエレベーターに乗り、8階の自宅に入った。
「あっちゃんと聞こえてますね」
六花は自分が仕掛けた盗聴器にも玄関のドアが閉まった音が聞こえたことに驚きつつ、目を閉じ、耳を澄ませた。
用意できた機材にカメラはなかった。音から状況を判断しなければならない。
「ラーレ……お前はしばらく話さずに音に集中してくれ」
〈あっ五月蠅いって言いました?そんな~〉
「静かに。お前の耳が頼りだ」
〈――っす〉
扉を閉めた後、リーストは玄関で靴を脱ぐと鞄を壁に立てかけ、廊下に上がった。フローリングがきしむ音がかすかに聞こえる。
電気をつけ、玄関わきの洗面所で手を洗い、部屋に入る――。
入った後、なにかを思い出したかのように、玄関に引き返した。靴箱を開き、靴磨きで靴を磨き始めた。
そして、それを閉めた後、クロスだろうか。何か布を持ち上げるような音がした。
鞄から何かを取り出した。
直後ポキポキと何かを入力したかのような音がし、一分と経たずにスマホが鳴った。電話ではない。
六花は数秒してメッセージの受信を知らせるバイブ音だと気づく。
そしてさらに鞄から何かを取り出した。
(金属の擦れる音……?大分軽い。何だろう、髭剃り……とか?ライター?男の人って何もってるの?)
頭を傾げる六花とは対照的にオクタは項垂れる。その直後ラーレが声を出す。
〈今、やりやがったか〉
「お前もそう聞こえたか」
状況は分からないが、六花はどこか焦りに似た感情を感じていた。引き返せないような大きなミスをした時に感じる居心地の悪い感覚。
2人が話している間にまた、玄関扉の開く音がした。
〈えっ?何々?何の話?分かるように言ってよ!あの人出てきちゃったよ〉
戸惑っているのはリコリスも同じようだった。
〈間違いない。奴は撃つつもりだ〉
ラーレの声ははっきりとしていた。輪郭のある声。聞き間違えのないほどにしっかりと発声された声は“撃つ”とそういった。
六花はそれを聞いてハッとする。急いでバンを飛び出した。
「おい!六花!!」
慌てたような声。それがオクタのものであると気づいた時にはすでに走り出していた。
橋の上。夜風に薄っすらと月明り。川幅は広くその分橋も長く立派だった。車が数台横を通って行く。
「どうしてですか!!」
とてつもない重圧を背負ったようなその背に言葉をぶつける。男はびくりと反応して半身を返した。
その視線は窶れ、生気を失いかけていた。
「君は……そうか君がヘキサだね」
彼は納得したようにつぶやく。風にかき消えてしまいそうなか細い声。風は吹いているはずだ。しかし、音が消えたようにその声ははっきりと聞こえた。
「なんで、裏切ったりなんか!あなたも戦ってきたはずです!私たちのような……悲しい子どもを二度と作らないために!!」
「気づいたんだよ」
「」
「僕たちは間違っていた。守るために奪って、救うために壊す。そんなやり方じゃ本当に助けたことにはならない!」
「……でも!それでも!」
助けられたものだってあったはずだと、言いかけた瞬間。
リーストは懐からピストルを抜き引き金を引いた。
読んでくださりありがとうございます。
感想など読んでいただけると嬉しいです。
File5のうちに扉絵は出したいのですが、間に合いますでしょうか。楽しみにしてくださっている方ありがとうございます。




