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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
127/140

CODE:HEXA File5‐15 剪定し薄青

11月23日(金) 14:02


―  ―


 長尾から特殊な炭酸ガスを冷媒に使用している地域の捜査を命じられて早2週間。やはりというべきか、未だ愉快犯の根城はおろか新たな痕跡の一つも見つかっていない。


「東京って地図で見る分には結構狭いんだなと思ってましたけど、こうやって歩き回ってみるとそこそこ広いですよね」


「だな」


 小田の言葉に相沢は頷く。小田はまだ半人前の刑事だ。街を実際に歩き回って行う本格的な捜査はほとんど経験していない。彼は数日前に靴底をすり減らし、新しいものに履き変えていた。


 全国的に今回発見された炭酸ガスを使用する会社のシェアは少ないらしいが、都内だけで見ても何箇所かに分かれていてそこそこの範囲だ。この2週間で粗方回れてはいるが、まだまだ終わらない。


 相沢と小田の掴んだ証拠から捜査本部の刑事たちは5人の人間を重要参考人として捜査しているが、これと言って目ぼしい進展も報告されていない。


 何せあのドライブレコーダーに写っていた人物はどこの誰なのかから調べなくてはならないのだ。現状話を聞けているのは寄り添って一緒に歩いていたカップルの2人だけだった。


「先輩。やはり自分たちが捜査した方がいいのではないでしょうか?」


「うむ……」


 相沢は悩んでいた。割り当てられている人員は相沢よりも歴の長い刑事ばかり。本部も相沢たちが見つけた証拠を重要なものと位置付けているらしく、かなりの人数を割り振っていた。


 それらを考慮すると捜査の進みが思いの外、悪い。



 事件が起きてからもう20日近く経つ。犯人ももはやこの街にいるのかどうか。


 小田の懸念も尤もだ。


 事件については既にマスコミにも公表されている。


・この街に住む政治家が亡くなったこと。

・非常に鋭利な刃物が複数使用されたこと。

・使用人や警備員などにも被害が出ていること。

 などなど。


 伏せられているのは愉快犯絡みの事件であるという事くらいだった。


「なあ、あとどれくらいある?」


「え?」


相沢は小田に尋ねる。


「俺らの回るエリアだよ。結構ペースはそれなりに悪くなかったはずだ。そろそろ終わる頃だと思うが……」


「少し待ってください。あっそこの信号渡りますけど、ちょっと待ってください」


 小田は宣言通り、律儀に信号前で立ち止まってから、スマホを取り出した。


「今日中にあの学校付近と商店街が終われば……早くてあと2日ってところですかね」


「2日か……」


 終わらせるには少々時間がかかり、引き継ぐには勿体無い。微妙な残り方をしていた。


「それにしても、またここに戻ってくることになるなんてな」


 相沢の言う“ここ”とはつい数ヶ月前、数学教師が突如として謎の失踪を遂げた都立高校周辺のエリアを指していた。


「縁、ですかね。早く彼の捜査に戻るためにも、この事件を終わらせなくては……」


 小田はそう言葉にすると拳を握りしめた。どうやら、気合いを入れ直しているようだった。


「とりあえず、今日を終わらせてから考えよう」


 そう言った相沢の視界の隅に青い髪がチラついた。




 ――――――――長く、尾を引く青い髪。相沢は何度かそれを見た覚えがある。




 すぐさま後ろを振り向くが、既に人混みの中、薄青色の髪の主は人の壁に阻まれ見えなくなっていた。


「先輩?どうかしました?」


「いや、なんでもない」


 相沢はそう言って青になった信号を渡り始める。


(仮に彼女なら……?いや、確か彼女は事件の少し後転校したはずだが)






―ヘキサ―


 時間通りに尾行を終えた六花は、交代のためにやってきたラーレにm.a.p.l.e.を渡すと無言でその場を後にしようとした。


「おいおい、六花ちゃん。それは無いんじゃないの?」


「何か言う必要がありますか?ただ後をつけるだけですよ。私より得意でしょ?」


 一呼吸遅れてラーレはツッコんだ。


「俺はストーカーじゃねぇって」


 ラーレは赤いダウンジャケットを着ていた。11月も終わりに差し掛かり少しずつ肌寒くなってきている。今の六花は秋物の服を着ており薄手とは言わないが、そこまで暖かくはない。コートを出した方がいいかもしれないと考え始めていた。


(コート出そうかな。いや、でもあれ買ったの2年前だし、新しいコートを見に……でも、まだ着れるし……)


 伸び悩む身長に、溜まり続ける口座の残高。六花のスタンスは“必要になったら買う”だ。部屋にも使う分の服しかない。だから部屋にはストレッチや訓練用の器具の方が多いくらいだ。


 まだ着られるコートがあるのに新しいものを買うなど、無駄遣いだ。だが――


「まだ伸びる……よね?」


 ひとり呟く六花にラーレは独り言で返す。


「まぁ、いいや。ここのコンビニにオクタさん停めてるから補導されないように気をつけて帰れよ」


「ッ言われなくても……!」


 小馬鹿にされたことを耳が拾っていた六花はすかさず言い返した。数秒遅れてスマホにラーレから送られてきた位置情報が届いた。


 それはここから歩いて5分くらいの場所を指している。


「て、この距離で補導なんてあるわけないじゃないですか」


 六花は呆れながら答える。



「じゃああとは頼みましたからね」


「おう、任されたー」


 ラーレに見送られながら今度こそ、六花はその場を後にした。








 数分後、コンビニ。


 駐車場に停められたいつものバンを見つけ、六花は気持ち早足で駆け寄る。


 窓から中は見えにくいが、運転席にオクタの姿を確認し、助手席のドアを開けた。


「お疲れ、六花」


「お疲れ様です、師匠」


 バンに乗り込み、座席についてホッと一息。


 この仕事を始めてもう何年も経つと言うのに、1人で行動しているとやはり気が落ち着かないものだ。それが、どうだ。オクタが隣にいると思えば、一気に気が緩められてしまう。


 それはオクタの強さを信頼しているからか。それとも――。


(気を抜きすぎ……かな)


 ボサボサの髪によれたスーツ。微かに漂うタバコの匂い。どこか頼りないけれど、いつものオクタだ。なぜかふと安心してしまう。


 六花は座席に座り直す。


「とりあえず、この後はラーレが夜までついてくれることになっている。六花は自由にしてていいぞ」


「うーん。それなら一回秋花さんのところに行ってきましょうかね」


 リコリスと前に会った時からまだ2日。調査にはまだなんの進展も無いかもしれない。しかし、オフになったからといって他にすることもない。安易に接触するのも如何なものかと言われればそうかも知れないが、出入りを見られなければ問題ない。


「それなら、近くまで送っていこう」


「ありがとうございます――」


「――それから」


「はい?」


 オクタはトーンを落とした声で、しかし威圧的ではなく、優しい声色で話し始めた。


「あまり無理をするな。深追いしても良い事はない。秋花にもそう伝えておけ」


 言葉の意味を理解した刹那、六花はドキリとしたが、平静を装いつつオクタに答える。


「はい、分かってますよ。……ありがとうございます」






「ねぇ、これやめない?」


 リコリスの提案に驚いた六花は「は?」と声を漏らす。


「……っもしかして!」


「いや、普通に入ってきてよ!インターホン鳴らしてくれればドア開けるし!いちいちメッセージで窓開けてって言うのも面倒じゃない?」


 地団太を踏みながらバタバタと窓を指さすリコリス。子どもっぽいというか思いきり子どもだ。いや、彼女はまだ18だ。子どもと呼んで間違いない年齢ではあるのだが、どちらが年下で、妹分なのかよく考えた方がいいだろうと六花は思った。


「……」


 六花は呆れて口を閉ざしたと同時に安堵している自分がいた。


(なんだ、そっちですか……)


「インターホンでも良いですけど、秋花さんは学生ってことになってるんですよね?私なんかが尋ねてきたら変な目で見られたりしないですか?」


「うーん。それなら、外で会う?近くに喫茶店は2カ所あるし交代でいけばいいじゃん?」


「まぁ、それなら……」


 六花は渋々納得したが、外ではあまり仕事の話はできないだろう。結局、夜会いに来るのはあまり変わらないような気がした。


「あっそうそう。マルベリから連絡あったよ。新しい装備、用意できたって」


「本当ですか!?」


 六花はリコリスの話に飛びついた。


「おおぅ、想像以上の食いつきっぷり。そんなに新しい装備が欲しかった?」


「い、いえ。そういうわけでは」


 六花にとって「装備が欲しいか」とは「殺す力が欲しいか」と同義だった。べつに殺す力が欲しいわけではない。それに、六花がナイフを手に取ったのは戦うことで誰かを守るためだ。そこに命のやり取りがないわけではない。しかし、それが目的ではない。


(私にはこれしかない、けど……戦ったらきっと)


 悩む六花。視線は落ち込み。肩は力なく落ちていた。


「ごめんね。ちょっと言葉が悪かったかな」


 そっと、いつの間にか近づいてきていたリコリスに抱き寄せられた六花。


「――離してください」


「やだよ」


 しばらくの間。六花は抵抗せずリコリスに抱かれていた。


(良い匂い。少し柔らかくて、暖かい)


「あっ、今柔らかいって思ったでしょ!もう、私太ってないって。さ、マルベリさんとこ行くよ!」


 リコリスはさっと六花に背を向けてスタスタと歩いて行ってしまう。いつものリコリス。しかし、その声はどこか上擦って聞こえた。

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