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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
125/140

CODE:HEXA File5‐13 剪定し薄青

11月9日(金) 10:12


―  ―


「そういうことだったんですね」


 川田は相沢の説明を聞いて納得したように深く頷いた。


 相沢と小田の2人は昨晩確認したカメラ映像に“映っているはずのパトカーが映っていなかった”件について事実確認をするために事件現場から車で20分ほど離れた直野なおの駅前交番にやって来た。


「あぁ、俺たちが追っている事件。その捜査でカメラを確認してまわっていたんだが、コンビニのカメラに川田巡査の言うパトカーは影も形もなかった」


「おそらくは、犯人が何らかの手段を用いて削除、編集したのではないか、と……!」


 小田は自分の推理がベテランの相沢と合致したことに喜び、一晩経った今でも興奮冷めやらぬ様子だった。


「だから!事件解決のために!パトカーのドライブレコーダーを確認したいと言うことですね!」


「そう!そうなんです!」


 川田も自分の行動が事件解決につながるかもしれないと相沢に頼られたことに嬉しさを感じているようで、子どものように目を輝かせていた。


 小田は20代後半で、川田は半ばに差し掛かる当たり。歳も比較的近く、相沢に憧れる者同士早々に意気投合したのか2人の会話は徐々に声量を増していく。


 若い後輩に好かれるのは嬉しい反面プレッシャーでもある。普段はそういう警察組織からの評価をあまり気にしない相沢も多少は気を引き締めなくてはならないという気持ちになる。


 それはそうと――


「聞いた?事件だって」

「え、この辺?」

「今そこで話が」


 ――相沢は咳払いをすると話を戻した。


「パトカーが間違いなくコンビニ前を通ったのなら映っているはずだ。犯人が何としても隠したかったなにかが……」


「何か……」


 小田はそれだけ言うとゴクリと唾を飲み込んだ。


「それって……」


「“犯人”なら面白いじゃないか」





 川田の勤務する交番には1台のパトカーが配備されている。ドライブレコーダーの映像データは通常、改竄や証拠隠滅を防ぐためパスワードか、データを記録する媒体を物理的に取り出し不可にすることで保護している。


 相沢は昨日、コンビニでカメラを確認した後警視庁に戻り、地域課に足を運んでいた。


 そして、予め直野駅交番のパトカーがパスワードでロックされているタイプであることを確認してきた。


 その場でパスワードを確認しようと偶然遅くまで残っていた同僚刑事に話しかけたが、交番で、そこに配属されている者からの問い合わせでなければ答えることは出来ないとぶっきらぼうに返されてしまった。


「川田、頼めるか?」


「はい!もちろんです」








 しばらくして、川田の賢明な説明によりパスワードを取得することに成功した。相沢は、川田に感謝を述べてから、ドライブレコーダーを再生する。


―11月2日 時刻は深夜1時半ごろ―


 疲れたような声色の川田と今日は臨時休暇をとっていて不在の上司谷間の声がレコーダーから聞こえてきた。そして、注目すべきはこの後。


 川田の言った通り、レコーダーの右端にコンビニのものと思しき明かりが映り込んだ。


「やっぱり……!」


 小田は言葉を漏らす。


 間違いなく、このパトカーはコンビニ前を通過している。それも、コンビニのカメラには映っていない時間に。


「じゃあ」


 川田は小田に視線を向けた。


「ええ、これは大きな一歩ですよ!犯人はやはりあのカメラに何か細工してるんだ!」


「それなら、このビデオにヒントが映っているかもしれませんね」


 川田はドライブレコーダーを巻き戻す。


 コンビニを通るその前後に映っている人物は5人。


・疲れ切った様子でトボトボと歩くサラリーマン風の男性。歳は30代前半くらいに見えるが、それは生気がないからそう見えるのだろうか。


・バンドマンのようにギターケースを担いだ女性の2人組。1人は激しく髪を振り乱したかのようなぼさぼさの髪で前が見えるのか怪しいほど。もう1人はおとなしそうな見た目で相方よりも年下に見える。スマホをいじりながら何やら話しかけていた。


・スマホ片手にイチャつくカップル。30代手前の瘦せ型の女性とフードからイヤホンがチラリと覗く20代中程の中肉中背の男性。


「この中に……」


「犯人。あるいは、この事件に関わる重要人物が写っている可能性は高いだろうな」


 相沢の口調は落ち着いていた。


 それは小田や川田からすれば不自然とも取れるほどで、手柄を焦らない、淡い希望にぬか喜びしない、一歩一歩着実に犯人逮捕への足場を固めるベテランの貫禄を感じさせた。


 しかし、小田はそんな相沢に冷静さとも違う何かを感じた。それは錯覚だったのか何なのか一瞬の違和感。それが何なのか小田には分からない。勘違いかもしれない。


 だが、分からなかったからこそ、小田は相沢に憧れるばかりで彼のことを本当のところはよくわかっていないのだと痛感した。






「先輩。ご飯行きませんか」


 相沢は突然の誘いに目を丸くした。


「どうしたんだいきなり」


 交番でカメラを確認した後。警視庁に報告のために戻るところだった。時刻は12時を少し過ぎたあたり。昼食をとるにはちょうどいい時間だ。


 2人は捜査の間はコンビニで握り飯やサンドイッチなどサッと買えてサッと食べられてサッと捜査に戻れるものばかりで済ませてきた。


 事件解決を急ぐ小田がそんな提案をしてきたことに相沢は驚いていた。


「いいが、何か食いたいもんでもあるのか?」


「い、いや、そういうわけではないのですが……あっ牛丼でもどうですか」


 小田は少し先に揺れるのぼりを指さした。明らかにその場で視界に入った店の中からパッと目についたところを指定しただけだが、相沢も特段それを拒否する理由もない。


「たまにはいいか、何が良いか決めておけよ」


 2人は牛丼屋に向かって歩き始めた。





 店の中は11月にしては暖かく、腹の空く良い匂いが充満していた。


 相沢は小田と自分の2人分の食事を注文するとカウンターについた。


 スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生。すぐにでも仕事に戻らないとと言わんばかりに急いで丼ぶりを掻きこむ作業着姿の若者。店内は多種多様な人物で9割方埋め尽くされていた。


 相沢は昼、外に食事に行くことはあまりないが、たまに外に出て普通に日常を過ごしている人々を見ると多くの人が平和な世界で懸命に生きていることが窺えて、自分の仕事も意味があるのだと実感する。


 普段事件の犯人を追ってばかりいると仏頂面で、目つきも鋭くなっていくばかり。いくら事件を解決しても日々新たな犯人が生まれて、新たな被害者も生まれる。事件を解決することはできるが未然に防ぐことはできないのかと自分の力不足を恨むこともある。


 だから、こうした何気ない日常を懸命に過ごしている人がいることを知った時、相沢は安堵し、ふと眉から力を抜くことが出来る。


「先輩……そんなに牛丼好きでした?」


 いつになく、優しい目をした相沢に小田は恐る恐る尋ねた。


「いや、俺も役に立ててるんだと思ってな」


 相沢は水の入ったコップに口をつける。


 注文した牛丼が来るまで、相沢は小田が自分を誘った理由について思考をめぐらせていたが、これだというものは思いつかなかった。


「何か話したいことでもあったか?」


 観念して素直に聞くことにした。


「お待たせしましたー」

「ありがとうございます」


 ちょうど牛丼がやって来た。


「あ、えっと話ですよね」


 小田は箸を取りながら話し始めた。しかしそれは、この店を指定した時と同じでテキトーに探した話に思えた。


「最近帰ってないって聞いたんですが、大丈夫ですか?」

「ああ、慣れてるから、問題ない」


「いや先輩のことじゃなくて、奥さんですよ」


 小田はキッとした目つきで言い切った。


「先輩の奥さんの話、有名ですよ。結構な美人さんで、歳も離れてるって。ちゃんと帰ってあげた方がいいですよ」


「あーまぁ、そうか」


「そうですよ、ちなみにどんな感じなんですか?」


「どんなって」


「写真とかないんですか?」


 珍しく、押しの強い小田に圧される相沢。小田に言われるがままスマホを探してみると何年か前に言った旅行先で撮った写真がメッセージアプリに貼られていた。


 写真の中の彼女は長く透き通るような赤髪を海に沈む夕日になびかせながら満面の笑みを浮かべていた。抜群のスタイルを持ち、強気な性格で普段はどちらかと言えばかっこいいと評されることの多い彼女だが、幸せそうで目じりの下がった笑い方をしていて相沢の知る彼女とは印象が違う。


(アイツ、こんな写真いつ撮ってたんだ……でも、まぁ。また旅行に行くのもいいかもな)


 普段の彼女と比べて強気で棘のある感じはないが、パッと出てくるものがこれしかなく、相沢はその写真を見せた。


「な、え、これってモデルさんとか……?」


 小田はスマホの写真を見て驚愕していた。


「まさかここまでとは……私はどうしたらいいですかね」


「どうって言われてもな。俺らは働く前から知り合いだったから」


「初めて知りましたよ……」

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