3話 From his home
少年フィンが森で出会った不思議な青年ケイルは、フィンを村まで送ると言う。
「結界内に子供が入ったそうだな。」
「結界の破壊に成功しました。魔術師と出会った可能性があると報告もあります。前回送り込んだ者は“正解”だったようです。」
「しかしあの魔術師のことだ、そのうち対策されるぞ。そもそも今回の妨害に使った“ギフト”は前とあまり変わりはない。」
「しかし、では今回はどうして?」
「子供だ。その子供、金の髪を持つ子供ではないか?」
「……なるほど。ええ。金の髪、“トレイシーの精霊”です。」
「よし。私は次の手を講じる。引き続き監視を頼む。」
「了解。」
太陽の光が霧のフィルターを縫って薄明るくなっている森の奥に、ふたつの人影があった。
大きな方の人影、ケイルと名乗った男は、家を出て少し歩くと、話し始めた。
「出る時はカッコつけて魔術と言ったもののだな、俺はこの呼び方があんまり好きじゃあないんだ。どうでもいい話なんだけど。」
小さい方の人影、フィンは、ケイルの発言の意図が読めないで首を傾げている。
「うむ。何言ってるか分からない顔だな。では、主語であったそれについて話すとしよう。実体の見えない話ばかりだったしな」
期待していた話がようやく顔を出したことで、フィンは輝く目でじっとケイルを見つめた。
「いい反応だ。こういう話好きなんだな。俺もそうだったよ。」
何かを思い出すようにうんうんと頷くと、ケイルは少年に芝居がかった口調で語りだした。
「ではまず実演だな。このへん、ずーっと霧がかかってる場所がございます。この霧を一瞬にして晴らして見せましょう。」
そう言うと、ケイルはコートのポケットから小さな石を取り出し、何やら呟いた。
すると、次の瞬間にあたりの霧は全て消え去り、そこには緑豊かな森があった。
フィンは、驚愕と、ようやくいつもの森が見えた安心が入り交じった感覚で口を開けたまま黙りこんだ。
フィンがようやく現状を認識し、ひとつ息を吐くと、それまで愉快そうに見ていたケイルが話し始めた。
「これが俺の研究しているもの、名前は“アルス”。」
「アルス……」
「自然の現象を人の手で起こす、というと難しいが、要は火や水とか出せるって訳だ。」
その話に、フィンは目をいっそう輝かせた。
「……“森の精霊”みたいです。」
「へえ、魔術師だの悪魔だのと言われたことはあったがそれは初めてだ。」
「ここは村では“精霊の森”って呼ばれてて、神様の使いである精霊たちが村を守ってくれているんです。」
「ほう。残念ながら俺は精霊じゃないけど、面白い話だ。」
ケイルは興味深そうに頷いた。フィンはさらに話を続ける。
「精霊は神様から授かった不思議な力を持っていて、精霊の森と村はそれで安全らしいです。」
「それでここによく来る訳だ。」
「昔からおじいちゃんや友達と来てて、今でもここが好きなんです。もしかしたら精霊にも今日みたいに会えるかも、って。」
「楽しかったなら何よりだ。ではここらで精霊の夢はおしまいだな。今帰れば空が赤くなる前に村に着くだろう。帰れるな?」
「はい!ありがとうございました!」
「怪しまれるから俺のことは村の人には内緒だぞ?」
「はい!」
そう念を押すと、ケイルはくるりと踵を返してフィンとすれ違っていった。フィンが振り向いたとき、そこに不思議な青年はもういなかった。
「さて」
再び霧の中にいる青年は、先程とは一転して真剣な表情を浮かべている。
「結界の穴、ね。しかし……これは」
ぶつぶつと呟きながら霧の中を歩き回る。
「……あの少年は」
精霊、という青年の言葉のあと、その場はまた沈黙に包まれた。
森から帰ったフィンは、村の門を通り帰宅しようとした。そこで、2人組で門番をしている男と少し会話した。2人は同じ革の鎧を着ていた。
「門番さん。ただいま。」
「フィン、今日も森か?よく飽きないもんだ。」
「精霊がいるかもしれませんから。」
そこに、背の低い方の門番が割って入った。
「程々にしなよー?精霊じゃなくて危険な動物に会うかもしれないよ?」
「大丈夫ですよ。精霊はきっと守ってくれてますから。」
「そんなもんかねえ。ま、奥深くまで行かなければ良し。今日も安全に帰ってきて良かった。」
「……そういえば、奥深くに行くと何が出るんですか?」
フィンは無意識的に熊やイノシシなどの動物だと思っていたが、違和感を覚えた。すると、もう1人の門番が答えた。
「動物だよ。フィンは会ったこともあるかもしれんが、危ない生き物は意外と多いんだからな?」
「なるほど。あまりそういった話を聞かなくて。」
「さてはフィン、ちょっと森の奥に行ったな?今日は村の人たちには内緒にしとくが、ホントはものすごく危ないんだぞ?今日限りにしとくんだ。」
あの不思議な青年の家の近くは、案外安全そうであった。つまり、奥深くも青年ないし村の兵士の目の届く場所なのでは、と思い至った。しかし、門番の話を聞くに、やはり危険な場所はあるのだろう、という結論となった。
「もしかしたら、恐ろしい悪魔がいるかもしれん。精霊がいるぐらいだからな。――って聞いてるのか?」
茶化した警告をした背の高い方の門番が、明後日の方向を向いていたフィンに不安げに言った。
「あ、はい。」
「心配だ……。まあいいや。暗くなる前に家に帰れよ。」
「さようなら。」
うわの空な状態で帰っていったフィンを見届けると、門番は呟いた。
「例の魔術師と接触した可能性がある、と。」
「そういうことだな。見張りからもじき報告されるだろうし、私もそうする。」
「1人の子供をここまで警戒するかねえ?」
「あれはトレイシーの精霊だ。魔術師どもに抵抗する力となる。ただの子供じゃない。」
「そうか、じゃあ報告に行ってこい。」
そう皮肉気味に背の高い門番が言った。それを聞くと背の低い門番は門を離れた。
お待たせしました。3話です。最後までご覧頂きありがとうございます。
最近、悪夢ばかり見ます。特に「追い回される」系が多いです。ホラゲーの動画ばかり見てるからでしょうか。みどりいろです。
今回はケイルのいろんな部分が見えてきた回です。ここから物語は動き出します。ずいぶん不穏な感じになってきましたね。フィン少年にもなにやらまだまだ秘密がある様子。
次回、フィン少年はまたしても精霊の森にお散歩に向かう。そこにはやはり例の青年が……?