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うわ、書いていてわかる。
ヘモちゃんかわいい。可愛いは正義!
そのせいか、すらすら書けた。うはうは。
「…………ふう、久しぶりに昼寝ができそうだ」
俺は誰も居なくなった家の中で寝転がると、思いっきり手足を伸ばす。ここ最近、誰も居ないということが無かったせいか、やたらと家の中が広く感じる。
「こんなに広かったっけか」
まじまじと見上げる天井はとても大きく感じた。
本当はキノコを栽培したりする予定で、手頃な広さのこの家を中古物件で買ったというのに。……いや、本当はもっと部屋数が欲しかったから狭いくらいのはずだったのに。なんでこんなにも広く感じるのかが不思議でしょうがなかった。
「ま、いいや。小姑が居なくなったからな。これでゆっくり昼寝が出来る」
これで叶という小姑が居たら、「なんで無双さんは平日昼間も自宅警備しているんですか! ゴロゴロと寝ている暇があるのでしたら、とっとと働きにでも出てください!」とでも言われるのだろうな。
そんなことを思うとクスリと笑いが込み上げてくる。だが、ほんの少し笑っただけで、後はなんだか上手く笑うことが出来なかった。
理由と言えば見当が付く。……叶や茶狐、クイーンが出かけているせいだ。
「ゆっくりできると思って、叶と茶狐を追い出したのになぁ」
頭の後ろに腕を回し、ただ天井を見上げているが眠気が襲ってくる気配すらない。襲ってくるのは、何とも言い難い悲愴感だけであった。
……そう言えば、家の中であんなに笑ったのはいつ以来だろうか。
叶が来てから、茶狐がこの家に居座ってからというもの、笑わない日がなかった。むしろ、ずっと笑っていたような気がする。
恋人が欲しかったのも、一緒にキノコを愛でてくれる人が欲しかったというのもあるが、ただ一緒になって笑ってくれる人が欲しかったのだ。
自分自身が一番その事を理解していたというのに、今更ながらしみじみ思ってしまうとなんだか余計に寂しさを覚えてしまった。
「…………ぬぐおおおおお!」
あまりにも辛気臭くなってきてしまったので、俺はむくりと起き上がる。
しーんと静まりかえった家の中に居づらくなった俺は、無言で身支度を調えるとぼそりと呟いた。
「……そうだ。ホームセンター行こう」
***
今日も秋晴れだ! やっぱり晴れの日は心が温まる!
と言いたかったが、あいにくの曇り空。外に出てもこの悲愴感を消すことが出来なさそうであった。
「てか、まだ九時かよ。ホームセンターの開店時間まであと一時間もある……」
なんだか、今日は肩を落しっぱなしだ。叶達が居ないと調子が狂う。……今度は俺も一緒に出かけるとしよう。
そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると、前方からちょっと変わった子が歩いてきた。
まず、印象に残ったのがその日傘だろう。赤がかったピンク色のギザギザフリルで、ちょっとゴスロリ(?)風な気がした。だが、それだけで変わった子だと思わない。その日傘にはなんだか血飛沫のような、そんな赤い液体がべっとりと付いているのだ。
この子……実は危ない子なんじゃないか? と思った俺は息を飲む。だけど、近付くにつれて印象はそこまで危なそうにも感じない。
身長は小柄で、髪の色も日傘と似た色をしている。髪の毛は俺から見て右側の髪を束ねている、いわゆるサイドテールというヤツだろうか。片目が髪の毛で隠れてて見えないが、瞳の色は血のように真っ赤。鼻の頭には絆創膏を付けている。……と、いうよりも体中に絆創膏や血の滲んだ包帯を巻いているではないか。
観察していくと、ますます危ない子だと思えてくる。
怖ろしくなってきた俺は、なるべく道の端を歩き危ない子に関わらないようにした。
だが、一つ気になるのはあの服の裾である。だらだらと引きずっていて、いまにも踏んで転んでしまいそうなのだ。もしかしてそれを踏んで転んでしまい、挙げ句の果てにこんなにも傷だらけなのでは? とも思ったが、さすがにあんなになるまで転んでいれば服装も変えるだろう。……と思いながら、その危ない子とすれ違った。
――――が。
やはり俺の考えたことはフラグになってしまった。
「わ、はわわわっ!」
可愛らしい声が聞こえたと思ったら、その次に「ずでーん!」といういい音が聞こえたのだ。
振り向いてみると、そこにはすれ違ったばかりの危ない子が道端で盛大にずっこけている。多分これは顔面からイっちゃったんじゃないだろうか。
さすがに見て見ぬふりもどうかと思ったので、俺は勇気を振り絞り声を掛けることにした。
「……あの、大丈夫?」
恐る恐る声を掛けるが返事がない。
「ね、ねえ」
軽く肩を揺すってみると、ぴんと伸びていた両手がぴくっと動いた。
ああ、生きていたか。と安堵したが、むくっと起き上がった彼女を見て俺の血の気がみるみる引いていく。
「うんー、大丈夫だおーっ」
満面の笑顔なのに、額の部分がぱっくり切れている。それもそこから血がぴゅーっと飛び散っているのだ。
「だだだだだだだ、大丈夫じゃないっっ! は、はやく、救急車……っ!」
俺は慌ててスマホをズボンのポケットから取り出そうとするが、慌てすぎていて取り出すことが出来ない。
「おにーさん、聞いてた? あたいは大丈夫って言ったお。これはあたいの体質だから気にしないでー?」
ぽえっと笑う彼女の額から止めどなく血が溢れ出る。その血はみるみるその子の顔面を赤く染め、B級ホラー映画の特殊メイク見たくなってきている。
「いやいや! 体質でも、その状況じゃあ大丈夫とは言わないでしょっ!」
「いやぁ。あたいってば少しでも傷が付くとさ、血が出ちゃうんだお」
恥ずかしそうに話す彼女を見て、つい俺は反射的に突っ込みを入れてしまっていた。
「君はチシオタケかっ!」
ついついキノコの突っ込みを入れてしまったせいか、彼女は俺の言葉を聞くと固まってしまう。
俺も自分が口走ってしまった事に気が付くと、酷く後悔して「その、ごめん」と謝った。
妙な間合いが空く中、先に危ない子が口を開く。
「……何でわかったんだお?」
その言葉を聞いて、今度は俺が硬直する。
「……え?」
「なんであたいがチシオタケの〈キノコの娘〉だとわかったんだお!?」
もうこれでもかと言わんばかりのオーバーリアクションで、その子は驚いていた。……と同時に額の血も勢いよくぴゅーっと噴き出てるんですけど。
「……え? もう一回言って」
「だーかーらー……あたいがチシオタケの〈キノコの娘〉だって、なんでわかったんだー! っていってるんだおーっ!」
ついに危ない子は怒り出す。またそれに合わせて額の血も荒ぶっていらっしゃる。
「君、〈キノコの娘〉なの?」
「そーだよ。あたいはチシオタケの〈キノコの娘〉で、名前は血潮ヘモって言うお!」
危ない子……ヘモは、俺にそう言うとにんまり笑った。
……血塗れのまま可愛く笑われても、反応に困る。
「っていうか、あたいが〈キノコの娘〉だって言ってもリアクション薄いお、おにーさん」
血塗れのヘモはきょとんとした顔でこちらを見ている。……怖いんですけど。
「あー。もう三人ほど〈キノコの娘〉を知っているからなぁ。今更驚けないかな」
「え、マジ!? てかそこまで知ってる人間始めてみたおー! 大体、〈キノコの娘〉を知った人間は――――」
そこまで言いかけると、ヘモは咳払いをした。
「〈キノコの娘〉を知った人間は?」
「ううん、なんでもないお。……それよりおにーさん、あたいに似た子知らない?」
話したくない内容だったのか、ヘモは話を逸らす。だが、俺はさほど気にしていなかった。
「うーん、見かけなかったけど。その子ってどんな〈キノコの娘〉?」
「えっとね、アカチシオタケの〈キノコの娘〉だお! うーんとね、あたいと逆のサイドテールで、服の色は橙色! あとは……あたいと同じような日傘持ってるお!」
「……えっと。その日傘、もしかして君と同じく血飛沫付きかな?」
「うんうん! 橙色の血飛沫付きだお!」
血赤色の瞳をキラキラさせてうんうんと頷くヘモ。
それを聞いて、俺はすぐに見つかるような気がした。