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メインヒロインは叶さんですが、叶さんのヒロイン力は乏しいです。なので、oso様のキノコ擬人化キャラを愛でて下されば幸いなのです。
叶さんのヒロイン力は、たぶん最後に発揮されます。
ほら、メインヒロインは嫌われてなんぼですから……(遠い目)
その次の日の朝。
俺はちゃぶ台の近くに長座布団を敷いてそこに寝ていたのだが、喋り声が聞こえたので目が覚めてしまった。
「叶~、おはようなのですぞ~」
「茶狐さん、おはようございます! あのあの、茶狐さんはどうして女王陛下がこちらの世界に来たと思いますか?」
「うむむ~。……私の予想は、きっと叶だと思っていますぞ~?」
「や、やっぱりそうだと思いますか!? どうしましょう、隠れた方がいいですよね……」
まるで女子高生がキャッキャうふふと喋っているかのように、または、若妻達が道端で井戸端会議をしているかのように、叶と茶狐は話していた。
あいつら、いつの間にあんなに仲良くなっていたんだろう?
俺の目は覚めてしまっていたがあえて起きず、その会話に聞き耳を立てることにした。
「でも、そうだとして女王陛下はどんな願いを叶えるのでしょうか。美貌に絶対の自信を持っていますし、あのとぐろを巻いたウ○コ……ごほん。独特の髪型も、あの悪臭も気にしていないようですし……」
「あっ、もしかして…………」
「もしかして、なんですか?」
「実はプライドが高い女王陛下のことだから、悪臭を気にしていたりして……とか思ったのですぞ~」
「まさか、そんなことないですよー。私は〈キノコの娘〉になったばかりですが、女王陛下がそんなことを気にするような〈キノコの娘〉じゃないって知っていますよー」
「でも、あの人せっかちだから、早く欲しくて午後にこちらの世界に来たと思うのですぞ~」
「ふむー、そう言われちゃうとそうも思えますね……」
うん、君達の感は合っている。まさにその通り。
クイーンは、叶に悪臭を消してもらいたくてこの世界にやって来たと言っていたしな。
……だけど、確かに“竹林の女王”と呼ばれるキヌガサタケなのだが、何故クイーンのことを“女王陛下”と呼ぶのだろうか?
そう言うあだ名でも付けられてしまったのか? 実は〈キノコの娘〉の世界でいじめられていたのではないか? と心配になった。
「あら……、粉奈さんの家は案外広いのですね」
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「じょじょじょじょ…………」「お、おろろろろ~~~」
慌てふためいている声が聞こえたかと思うと、叶と茶狐は同じタイミングでこう叫んだ。
「「女王陛下っ!?」」
「あら、ごきげんよう。埃原茶狐さんと…………ええっと。……まさか」
クイーンはそこまで言うと、少し間を置く。そして、ポツリとこう呟いた。
「ニジイロタケ…………さん?」
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に茶狐のあの言葉が浮かぶ。
『つまりは、横取りして、願いを叶えて貰うことも可能ってことですぞ~』
それを思い出すと、俺は即座にむくっと起きる。そして彼女達の間に立ち、指を突き立ててクイーンにこう言った。
「こ、これは俺のだ! 絶対に渡さないぞ!」
「…………あら、わたくしは願いを叶えにニジイロタケを探していたのではありませんわ。珍しいから見に来たのです」
にっこりと笑いながら言うクイーンを見て、俺は首をかしげた。
「だって――」
――悪臭を消したいと言っていたじゃないか。
そう言おうと思ったが、クイーンは急に俺の口元に人差し指を当ててくる。
彼女の指が俺の唇に触れたことに戸惑いを隠せないでいると、クイーンは俺に顔を近付け、耳元で叶と茶狐に聞こえないようにこう言った。
「あなたの言うとおり、これはわたくしの個性ですから」
吐息混じりでそう囁かれるものだから、俺の顔が見る見る赤くなるのがわかった。そんなことをされるのを馴れていないのだから、恥ずかしくなるのは仕方がないだろう。
そんな俺の様子を見てか、ただ笑いたかったのかはわからない。たが、クイーンは俺から顔を離すと、次に屈託のない笑顔で俺を見ていたのだ。
大人っぽい顔立ちなのに、その無邪気な笑顔は反則だよ…………。
俺はそんなことを思いクイーンから目を逸らすと、それを見た叶と茶狐は頬を膨らまして俺とクイーンの間に割り込んでくる。
「じょ、女王陛下は王宮に戻らなくて大丈夫なのですか~っ!? みんな心配していると思いますぞ~っ!」
「そ、そうですよー! それに……私を見に来るだけなんて、なんだか信じられませんっ! 気を付けてください、無双さんっ!」
なんだか二人ともぴりぴりしているなぁ。何故そんなにクイーンを帰そうと思っているのかと思ったが、まず茶狐の言っていた“王宮”と言う言葉が引っかかった。
「“王宮”って……。クイーンはそんなに偉いのか?」
首を傾げて聞くと、叶と茶狐は信じられなさそうな顔で俺のとこを見ている。
「昨日から言っていたでしょう!? “女王陛下”だって! クイーン・シルキー様はあちらの世界では女王陛下なのですよ! まったく、無双さんはこれだから!」
「そうですわね。わたくしの名前である“クイーン”は名前でもあり、称号でもありますから」
相変わらず叶はかりかりしながらそう言うが、クイーンはマイペースにそう答えた。
「え、“女王陛下”って呼ばれているのは、あだ名とかじゃ無かったのか?」
「違いますぞ~っ! 無双クンは女王陛下のことをなんだと思っていたのですか~っ!」
「うーん……キヌガサタケ?」
俺は真顔でそう答えると、叶と茶狐は呆れ顔で首を横に振る。
……なんだよ、間違ってないじゃんか。だってクイーンはキヌガサタケの〈キノコの娘〉だろう?
そんなことを思っていると、クイーンがくすりと声を漏らして笑いだす。
「本当に粉奈さんは変わった人間ですね」
「まあ、これが俺の個性だからな」
「ええ、知っています」
そう言うと、俺達はくすくすと笑い出した。それを見た叶と茶狐はまた頬を膨らまして俺達を睨む。
「きっと使用人達が血眼になって探していますから、女王陛下は早く帰るのですぞ~!」
「そうですよ! ほら、私は無双さんのものなので。私の事はすっぱり諦めて、午後になる前に帰ってくださいませ!」
なんだか、血眼になっているのは叶と茶狐の方な気がする。
そうすると、クイーンはぷいっとそっぽを向いてから一言こう言った。
「嫌です」
「どうしてですか~! それだと、私が怒られてしまいますぞ~っ!」
「これはわたくし自身が望んで来たことです。だから埃原さんには、迷惑をかけるつもりはありませんわ」
「いやいや、もう居ることが迷惑ですっ!」
……叶、お前は女王陛下でもずがずが言う性格なのか。それも鼻摘まみながらあからさまに言うなよ。
だが、その姿を見てもクイーンは嫌な顔も一つせずに笑顔でこう言った。
「では、こうしましょう。ニジイロタケさんのことをもっと知りたいですし、この世界の見学もしていきたいので案内してください」
「えっ!? なんで私なんですかっ、なんでそうなるんですかっ!? っていうか、私には“虹色叶”という名前がありますっ! それに、それじゃあ私が迷惑ですよ! 今日もクックノート先生とキノコ料理について語ろうと……!」
なんだよ、「クックノート先生とキノコ料理について語る」って。突っ込みどころは満載だったが、俺は何故か嫌がる叶の頭をぽんぽんと叩く。
「私からはホコリなんて出ませんよ!?」
「いや、違うから! ……せっかくクイーンがそう言ってくれているんだから、行っておいで。茶狐も一緒に行くといい」
「ですけど、無双さんっ! そんなことして、信用できるんですか!? 隙を突かれて、願いを叶えられてしまうかもしれませんよ? そんなの、私……」
心配そうに言う叶に、俺は確信を持って答えた。
「大丈夫だ。俺は色々な人間を見てきたから言える。クイーンの目に嘘偽りはないよ」
そう、俺は家庭の事情もあって沢山の人間を見てきた。腹黒い人間、金にしか目のない人間、人間を道具としか思っていない人間、嘘を当たり前のように吐く人間……。そんな人間を小さな時から見てきているから、クイーンの目を見てすぐに偽りがないというのはわかるのだ。
何故、クイーンが願いを叶える気が無くなったのかはわからない。だけど、俺はクイーンが自分に……、キヌガサタケに自信を持ってくれることを誇りに思ったのだ。
「はい、わたくしはニジイロタケを見に来ただけですわ。それに、そのニジイロタケが〈キノコの娘〉になっているだなんて知って、〈キノコの娘〉の女王の名が廃りますわ」
クイーンは戸惑いを隠せないでいる叶に手を差し出し、にっこりと微笑む。そして、次にこう言い放った。
「ですから、虹色さん。この世界を案内しなさい」
「なんで命令口調ですかっ!」
……なんだか昨日の俺とクイーンを見ているかのようでちょっと微笑ましと思ったのは、三人には内緒にしておこう。