第132話:コヲリペロペロ
「うーん」
電車を乗り継いで。都心のとある所有ビル。21プロこと二天一次元プロダクション。そこに平日なのに俺は来ていた。隣にいるのは21プロ所属のVキューバー不動ミヨ……の中の人のホムラ。そして。
「……あう」
そのママのコヲリこと愛スール先生。今日はコヲリが21プロから呼び出されて、だが彼女一人でまともに交渉になるはずもなく。結果心配した俺が同行を申し出、ついでにホムラまで付いてきた。まぁホムラは所属タレントなので違和感はないが、俺はほぼ無関係者。だとは先方にお伝えしたのだが、どうぞどうぞとゴマをする情景が見えるほど丁寧な文章でメールの返信があり、許諾された。さすがに21プロほどの企業母体になると九王グループの威光は気になるのだろう。そこら辺について議論するとややこしいのでしないとして。
「愛スール様ですね。アポがとれております。ご案内します」
「……ども」
おずおずと俺の袖を握りながら、怯えているコヲリ。前に初めて21プロに来た時はビビり散らかしていたホムラを引っ張っていたが、本人の事案になるとそれはそれで緊張するらしい。そこら辺はやはり姉妹なのか。
「ようこそおいでくださいました! 愛スール先生。九王様も御来訪ありがとうございます。不動くんもお疲れ様です」
で、社長室に連れていかれ。フッカフカのソファに座らせられ。お茶を出されて、ソレを飲む。
「何か愛スール先生に御用とか」
コヲリは緊張しているので俺が話を進める。
「ええ、そうですが。まずはレッドアーカイブとのコラボの件。我が社からもお礼を言わせてください。愛らしい不動くんでした。さすがは愛スール先生と言いますか」
たしかにな。不動と言えばその通りだったが、イメージがガラッと変わっていた。作画が変わったわけでもないのに、新しい解釈の余地がある。そんな不動ミヨの新衣装だった。
「それで?」
「我が社でも今度のハロウィンでイベントをしたいと思いまして。まだ企画の段階ですが」
「ハロウィンイベントやるんだぞ?」
「もちろん。不動くんにも頑張ってもらいますからね」
「さっさーい」
「で、ハロウィン用のキャラデザを愛スール先生に頼みたいと」
「ええ、そういうことです。愛スール先生には水着姿も描いてもらいましたし。まさに不動ミヨのママとして最適の絵師です。ハロウィン衣装もお願いしたいと」
もちろんタダ働きをしろという話ではなく。そもそも不動ミヨのビジュアルの著作権はコヲリが握っているので、勝手にそのデザインを派生させるわけにはいかない。ちゃんとコヲリに許可を取ることが求められ、利権の関係から言うならコヲリ自身にハロウィン衣装を依頼するのが最もスマートだ。
「契約書はこちらです。九王様にはリーガルチェックをお頼みしたく」
「信頼はしておりますが。まぁ一応精査しますよ。ハンコを押すのはその後で」
「何より愛スール先生の御威光が大事です。受けてくださるでしょうか?」
「……受けるのはいいんですけど」
既に愛スール先生も一種のインフルエンサー。SNSにイラストを投稿すると次の日にランキングに乗るレベル。
「是非ともお願いします。我が社には愛スール先生のお力が必要なのです」
「……どう思いますか。……アクヤ様」
だから様付けは……。まぁ学校じゃないからいいか。
「いい案件だと思うぞ。ハロウィン衣装は理にかなってるし。他のタレントのアバターも依頼されているだろうから、不動ミヨだけ何時もの格好というのも不自然だろ」
「……ホムラちゃんのため」
「というか。報酬も含め依頼としては美味しいぞ。これ数字間違ってませんか?」
「いえ、今注目のイラストレーターに依頼するんです。経理にはこっちから説得します」
社長……ガチだな。まぁコヲリのイラストが素晴らしいのは俺も同意だが。
「お姉ちゃん。お願い。あたしの衣装描いて?」
パンッ、と一拍してホムラもお願いする。外堀は埋まったわけだ。
「……いいですけど。……あまり過剰に期待されると」
プレッシャーになるか。
「まずはラフだけでも。契約書にも書いていますが、仮に企画が頓挫してもイラストレーターには報酬のお支払いを約束していますから」
確かに書いてるな。
「まぁお前の一存だが。ホムラもハロウィンイベントは出たいよな?」
「うん! 超出たい!」
「……えと。……ホムラちゃんがそう言うなら」
頑張ってみようかな、とコヲリは言った。
「ありがとうございます。愛スール先生。もちろんプレッシャーをかけるつもりはないので、まずはラフだけ。思うままにイメージを発案して貰えれば」
とりあえず九王グループ本社の法務部にリーガルチェックしてもらって。そのあと契約を結んで。仕事はそこからだな。とはいえ21プロにとっては重要な案件であるし、コヲリにとっても悪い話じゃない。
「まだ企画段階なのでSNSには書き込まないでくださいね?」
まぁ当然だな。
「では前向きに検討させて――」
「――創造神様が来ていらっしゃるのですか!?」
バンッ! と社長室の扉が開けられて、外から綾女さんが入ってきた。
「綾女くん。入室の際はノックをだね……」
呆れかえっている社長は自然な反応だが、綾女さんの思考も理解は出来て。
「は! はわ~~~~! 尊い~~~~!」
ホムラにベタ惚れの綾女さんだ。同じ顔のママのコヲリにもベタ惚れだろう。
「愛スール先生! このあとお茶しませんか!? もちろんミヨちゃんも一緒に!」
俺は?
「もちろんマネージャーさんも一緒に」
俺にだけ感嘆符がつかないあたり、綾女さんの心境が察しえる。
「コホン。とりあえずこちらからの意向はこの通りです。リーガルチェックの後、問題なければ契約ということで」
「……承りました」
「愛スール先生の声もたまらないなー!」
まぁエロゲ声優の声だしな。
「愛スール先生。ペロペロしていいですか!?」
「綾女くん。自重してくれ。愛スール先生の機嫌には我が社の命運が……」
まぁ最悪不動ミヨがハロウィンイベントを欠席するだけだが。
「社長。話は終わったんですよね?」
「一応はね」
「よし。じゃあミヨちゃん。愛スール先生。マネージャーさん。お茶しましょう。ついでにペロペロしましょう」
「あの。大丈夫ですか? オタクのタレント……」
「綾女くんは例外ですよ。不動くんが絡まなければプロ意識の高いタレントですし」
二條姉妹の前でだけ、か。
「でもシイヨちゃんも結構ミヨちゃんにベタ惚れだよね?」
糸推シイヨ。ちょっと前に不動ミヨとコラボした21プロのトップタレントだ。キュートキシン中毒者を量産した21プロのドル箱。そうか。彼女もホムラを気に入ったのか。とするとコヲリまで気に入りそうだな。
「エモグロビン過剰だよ~~~~~ペロペロ~♡」
本当に大丈夫なんだよな? そう社長に目で問うと、スッと逸らされた。業務は統括するが綾女さんの暴走の抑止は仕事ではない、と目で語っていた。まぁたしかに社長の仕事じゃないだろうが。ハイホーハイホーと喫茶店までコヲリとホムラを連れていく綾女さんの背中を追って俺も社長室を出た。書類の精査もあるし。まぁまずはお茶だな。




