第七話 転生先と名付けの契約
奥の部屋は先ほどの部屋とガラリと変わって、巨大な監視室のようだった。キョロキョロみていると、違和感を感じた。この部屋の天井が真っ暗で何も見えないのだ。というよりも、とてつもなく広い空間ではないか。
視線を戻すと、壁一面に大きな液晶のモニターがあった。そこで、クロートー様がなにやら機械を操作している。
巨大なモニターを見ると、地球が現れた。
「芹奈、これが地球に見えたろ? これは、クローデンという星さ。地球から、五百光年しか離れていない。この広い宇宙で地球と同じような条件の星は地球を含め、九個しかない。宇宙全体の星の数は約千兆個だから、非常に貴重な星たちだ」
「えっ、地球以外にも生物がいる星があったんですか?」
このことを生きている誰かに伝えたとしても、誰も信じないだろう。死んでみないと分からないことだらけだ。
「この九個の星は、異次元空間の天界、精霊界、冥界と蜘蛛の糸のようにつながっていて、もしも、芹奈がクローデン星で死んだとしても、必ずこの幽界にまた戻ってくる」
「まさか、地球以外の星へ転生できるのですか?」
私は、モニターを食い入るように見入っていた。
「もちろん、転生できるさ。8つの星が空気の中に魔素が含まれていて、魔法が使える星なのさ。唯一、魔素がなく、魔法が使えないのは地球だけなんだよね。それでも地球に住む人類は知恵を絞って、宇宙空間まで飛び出せる高度な文明を発達させてきたんだ。なかなか人間の中にも優れている者がいるもんだと常々感心してるよ」
すると、クロートー様が待ってましたとばかり、アトロポス様を退けて、前に出てきた。
「意外と探すのに手間はかからなかったわよ。氷の大精霊の子孫へ転生してもらうわね!」
「氷の大精霊様の子孫ですか……」
画面に金色のウェーブヘアーの綺麗なエルフの女性の映像が現れた。とても豊満な体つきなのに、お人形のような可愛さがある顔立ちだ。その隣にいるのはアッシュブラウンのくせっ毛で、端正な顔つきの男。体格も大きく日に焼けた、たくましい筋肉をしている。
「芹奈はそのまま、この二人から生まれた子供になってもらうわよ! 父親の方が、エドガー・クレメント。31歳。属性火。母親の方が、ソフィー・クレメント。40歳。属性雷。二人は今後お前の両親になるの。見つけてくれたことに感謝しなさいよね」
鼻高々のクロートー様に苛ついたのか、アトロポス様はクロートー様を無理やり椅子に座らせた。
「ソフィーさんは40歳ですか。思ったより年上なんですね」
「ははっ、ハーフエルフといっても交わる種族によって寿命が変わる。この子はエルフ族の中でも珍しい人間とハイエルフの間に生まれた子さ。少なくても約四百年は生きられる。ハイエルフが馬鹿みたいに長生きすぎるんだ。なんせ、最大四千年は長生きするものだから。それを考えれば、四十歳はまだまだ少女みたいなもんさ」
「ということは、氷の大精霊は母方側ですか?」
「その通り。ソフィーのお父さんがハイエルフのレン・セルシウス。お前と同じ、属性は氷と光。今のところ氷の精霊と雷の精霊の三体を契約しているよ。ソフィーのお婆さんが氷の大精霊のクリスタルだ」
「私のひいおばあちゃんが氷の大精霊か。ひいおじいちゃんは健在ですか?」
「いや、先祖の地を強奪され、戦いに巻き込まれ死んでしまった。ハイエルフは長生きだけど、死んでしまったら、そこでおしまいだ」
「……そうなんですか……」
少し、重たい空気が流れた後、私はとりあえずほかの質問をしてみた。
「えっ~~と、兄弟はいるんですか?」
「三歳の男の子レオと八歳の男の子ルカがいるよ。ルカは訳アリみたいだけどね」
「家族仲はいいのでしょうか?」
「これは、大事な質問だ。芹奈が心配することないよ。いい家族だ」
リュークが後ろから私を抱きしめて喜んだ。
「芹奈ちゃん、良かったな。寂しくなるけど芹奈ちゃんのこと、応援しているからね」
その言葉を聞いてなんだか心強い。転生する怖さが少し薄れた気がする。
「えっ、ちょっと待ってください。クローデンって、あの最近……」
ヘルメスが何かしゃべろうとしたとき、魔法で口を塞がれた。
「余計なお世話をしてくれるな、馬鹿ヘルメス」
アトロポス様が睨みを効かせた。
一人、ぽつんと佇んでいたシルフが何か言いたげな様子。私は気になってシルフに近づいてみると、なんだかもじもじしている。
「俺の事、忘れるなよ」
「分かった。家に遊びに来てね」
予想外の答えに、シルフも最後には笑ってくれた。
「なあ、俺、中級精霊になったから名前が欲しいんだけど、名付けてくれないか? シルフのままだと下級精霊と同じで嫌なんだ」
「私でいいの? 自分で考えた方がいいと思うけど?」
「ずっと考えているんだが、思い浮かばないんだよ。お前でいいから何かいい名前を付けてくれないか?」
(お前でいいからって何よ)
「う~ん、そうだな。例えば、……シルフリードはどうかな? フリードは英語のフリーダムから考えてみたんだけど」
「なあ、『フリーダム』ってどういう意味だ?」
「英語で自由という意味よ。だって風は自由気ままに吹いているものでしょ?」
シルフリードは、何だか嬉しそうに見えた。
「よしゃ、今日から俺はシルフリードだ。よろしくな」
シルフリードと芹奈が握手を交わした。
シルフリードの胸あたりが一瞬、白銀の光が灯った。それにいち早く気づいたリュークはシルフリードのそばにやってきた。
「わっ!! まさか君たち、分かってて【名付けの儀式】をしたのか?」
「名づけの儀式ってなんですか?」
「はぁ~、いいか、よく聞いて、芹奈ちゃん。名付けをされた精霊は名付けた者との間に、精神と魂が繋がる。契約者の感情もダイレクトに精霊に伝わってやがて気持ちも同化してくる」
「シルフリードと私の気持ちが、同じように感じるってことですか?」
「そうだ、一心同体だな。それに中級精霊でも肉体の実体化が可能になる。人間のような姿になれるんだ。それだけじゃないぞ。契約者の持つ属性も精霊が独断で自由に使うことができる。シルフリードは自由意志で風の技に芹奈の光と氷を取り入れた攻撃ができるようになったんだ」
「シルフリードはそれを知っていて、わざと名付けを私に頼んだの?」
「えっ、まさか⁉ 俺は単純にお前に名前を付けてもらいたかっただけだ」
シルフリードは何も動じることなく、真っ直ぐに私を見つめてくる。青空の瞳は曇りなく正直で、嘘はついていなさそうだ。
「でもな、シルフリード。良いことばかりでもない。芹奈が死んでしまうと、お前も消滅する。それが【名付けの儀式】の最大の欠点だ。だから、どの精霊もそれをやりたがらない。知らなかったお前が完全に悪い。これが最大の罰だと思うことだな。お前たちの胸にはそれぞれ誓いの花印がついているはずだ」
シルフリードは急いで制服のボタンをはずして胸を露わにした。すると、蓮の花のような紋章が銀色に光っていた。表情が一気に青ざめた。
覆水盆に返らずとはこのことだ。つかさずリュークの説明は続く。
「本来なら、風の中級精霊はアネモアラと呼ばれ、風の上級精霊はアエルグノーメになる。シルフリードは自分から名付けを頼んだんだ。お前が上級精霊になったとしても、名前は変わらない。消滅するまでな。今回の事はお前の責任だ。芹奈ちゃんを恨むんじゃないぞ」
「名付けの儀式なんて聞いたことない。中級精霊がアネモアラって呼ばれているなんて」
ショックでぼーっとするシルフリード。何も知らなかったとはいえ、シルフリードがなんだか可哀想になってきた。
「……私たちが魂と精神が繋がる関係なら、せめて私と友達にならない?」
「と、ともだち⁉ 俺とお前が友達?」
私の最初で最後の友達は高橋君だが、彼とはもう会えない。だからこそ、来世はちゃんとした友達が欲しい。
すると、シルフリードの耳が赤くなった。シルフリードは呪文のように『ともだち』を連呼している。きっとはじめて言われて慌てているのだろう。シルフリードの気持ちが伝わってくる。
「なあ、『ともだち』ってなにするんだ? 俺、ともだちが初めてなんだ。どうしたらいいか分からないよ」
私は、あの日の高橋静流の記憶が脳裏に浮かんだ。
「私も死ぬ前に『はじめての友達』ができたばかりだったから、『友達』に関して詳しくはないけど。でも、友達のために助けたり、心配したり、説教もしたりして、自分の損得一切関係なく、一緒にいてくれるのが友達なのかな?」
ふいに高橋の笑顔を思い浮かんだ。
サラサラの栗色のショートヘアーに人を引き付けるような大きな瞳。いたずらっぽく笑う静流の姿を。
「ふ~ん。友達経験がない割には、結構、語るね」
シルフリードの態度が少し変わった。
「そうだよ。自分の理想も入っているからね。つらいこともあったけど、最後には助けてくれた、忘れたくない私の友達。もし、生きていたら……」
私はもしもを考えるのを途中でやめた。
「今は、前を向かないと……ね」
「芹奈、こっちへおいで。運命の糸ができあがったよ」
アトロポス様が私を呼んだ。




