第六話 愛されない理由
ヘルメス様が立ち上がり、宙に浮いている手帳を取ると、紙をめくりはじめた。
「君が、六日間寝ている間、僕は君の身辺を調べてみたんだよ。聞きたいかい?」
(身辺調査? 何それ?)
「知っていることを話しただけですけど、これ以上なにかあるんですか?」
ヘルメス様は、手帳を見ながら、ちらりと私の方を見た。
「君の母親はどうして君につらく当たるのか、知りたくないかい?」
一瞬息が止まった。
「ヘルメス様はそこまで調べたんですか?」
「そうだよ。まず、君の父親の和弘は昔、井上美和さんという彼女がいた。真由美に出会うまでは、結婚の約束までしていたらしい。その美和を逆恨みをして、奪略したのが母親の真由美だ」
(真由美の過去を調べたの? しかも、人の彼氏を奪ったっていうの?)
「和弘は穏やかな性格だったのだが、今では真由美に感化されて、闇落ちしたような男に成り下がってしまった」
衝撃的な情報だった。
「私は、あの人たちを親だとは思っていません 今更、あの人の過去を知ったところで――」
過去を知ったところで、心の傷が癒えるわけない。
「真実に目を背けないで。あれでも芹奈ちゃんの母親だよ?」
「真由美を母親だなんて、言わないで。早く、話の続きをしてください」
私は握り拳を震わせながら、湧き上がる怒りを我慢した。
「君は、真由美にとって井上美和さんへの復讐の道具にしか過ぎなかった」
その一言で、鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。
「……どうぐ?」
ヘルメス様は、私の反応もお構いなく話し続けた。
「少し昔にさかのぼると、真由美と美和は中学の頃からの同級生で、美和は転校生だった。可愛らしい仕草で男子の視線を全部集めていたらしいが、それが気に食わない真由美は女子生徒全員でグルになり、執拗に虐めたらしい」
ふと私は、クラスの八神愛莉が浮かんだ。私に対する目つきがまるで、蛇のように嫉妬深いものを感じたのだ。真由美にそっくりだと思った。
「でも、悪いことはすぐに明るみになった。虐めていることが、クラスの男子にばれて、『嫉妬の鬼』とか、『性格ブス』など、からかわれるようになった。クラスの男子全員の敵になった。真由美の周りにいた女子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった」
「形成逆転だわね。いい気味だわ」
ケラシス様は鼻を鳴らして、紅茶をすする。
「それからの真由美は、男子に睨まれることを恐れ、引きこもっていた時期もあったらしい。大切な青春時代が美和のせいでダメになったと思い込んだのかな? 自業自得なのにね。彼女の恨みは更に増すばかりで、大人になっても執拗に美和のことを嗅ぎまわっていたようだ」
ヘルメス様はクッキーをひとかじりすると、残りをリュークの口に放り込んだ。リュークは幸せそうな顔をしている。
「大人になった彼女は、用意周到に美和の彼氏である和弘に近づき、美和が男にだらしないと嘘八百吹き込み、偽の証拠を作り、小細工をしてまで真由美の話を信じ込ませた。一人、失意に陥った和弘を真由美はつかさず、酒に酔わせて、体で誘惑し、寝取ることに成功した。真由美の復讐はそれだけで終わらない。彼女、わざと避妊しなかったんだ」
「……ゔげっ、それって、私が産まれたきっかけ?」
私は、寒気がして腕を擦った。真由美のDNAが、半分受け継がれていると思うだけで虫唾が走るのに。
「蛇のような執念と言うか、怨念と言うか……。自分が子供を身ごもることで、完全に美和から男を奪ったことにしたかったんだな」
真由美は狂っていると思いつつ、ヘルメス様の話を聞き続けた。
「美和がそのことを知ったのは、友人同士でのクリスマスパーティーでのことだった。見せつけるように、二人そろって現れたのだから、美和も驚いただろうな。いつの間にか、彼氏を寝取られて子供まで作られた日にゃ、ショックも大きかっただろう。泣きすぎて散々だったらしい」
ここにいる者はみんな、美和に同情をしているだろう。ヘルメス様以外は。
「美和は、半年間引きこもりになり、随分とふさぎ込んでいたようだ。ある日友人の励ましで、なんとか生まれ変わろうと奮起した彼女が、新しくできたジムに通い始めた。そのとき奇跡が起きたんだ」
「奇跡って、なにが起きたんですか?」
私は咄嗟に聞き返す。
「偶然にもテレビで活躍中の人気タレントとジムで出会い、向こうから声をかけてきた。それから新たな恋が始まったようだ。これらは、美和ちゃんのお友達に聞いた話だ」
「わぁお、なんて強運の持ち主なのかしら! まるでヒロインね。こういう逆転劇が大好きなの!」
ケラシス様は、リュークが手にしたクッキーを奪い取って、大口でモグモグ食べている。横目で嘘だろという表情をするリューク。
「やがて、二人はスピード婚をし、見た目の可愛らしさからか、美和のテレビ出演が増え、芸能人のおしどり夫婦として、お茶の間の人気者になった」
私はここまで話が進むと、何となく分かってきた。復讐を終えたと思っていた憎い相手が、今度は幸せそうにテレビに出ていたら、私まで産んで復讐した意味がない。真由美にとって産んで後悔したのが、この私だ。美和への恨みを今度は私に発散したわけだ。
「君が産まれたばかりの頃、デパートの授乳室に置き去りにされたことがあったんだよ。それに気が付いた和弘が犯罪になるからと、慌てて君を取りにいって、そのまま自分の親に押し付けたみたいだけど」
「最低。もう何も言うことはないわ……」
私は頭が、痛くなってきた。
《回想》
『このくそ女!! あれがいなかったら、お前なんか産んでない。死ね、死ね、死ね、死ね、潰れて死ね!!』
****
一瞬、背中が痛くなった。思い出したくない過去がフラッシュバックする。
「どうして、真由美はわざわざ私を進学校へ入れたの?」
「……君はもうすぐ酷い目に遭うところだったんだ」
ヘルメス様の言っている意味が分からない。
「夏休みを利用して、売春行為をさせようとしていた。進学校のほうが、箔が付くんだと」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。そこまで、汚い人だったとは。
「真由美は君をとことん利用して、売春行為で弱みを握りながら、将来大人になっても寄生虫のようにお金を搾取するつもりだったみたいだけど」
ヘルメス様が私の真正面に近づいてきた。
両手をソファーの背もたれに掴むと、間に挟んで私を逃がさないように囲んだ。
「ねぇ、面白そうだから、君の事を記事に書こうと思うんだ」
――最悪。この神は意地悪そうな目をしているのだろう。
「まさか、こんな不幸だらけの人生を聞いてどこが面白いの?」
私の心は不快の大絶頂だ。
(こんな薄情な神は、心の中で呼び捨て決定!!)
すると、部屋の奥からクロートー様のキンキン声が聞こえた。
「みんな~、ちょっと奥の部屋に集まって~」
ヘルメスの手が緩んだ隙に、私はその腕をどかして、素早く奥の部屋へと駆け込んだ。




