第五十八話 目覚めの朝
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私が目覚めたのは、戦いから三日が経った頃だった。右腕には点滴のようなものがぶら下がっている。
「……水が飲みたい」
ふと、目の前には、銀糸を長く垂らしたような、長髪の男性が一人立っていた。
(クリスタル様に似ている……)
綺麗なアイスブルーの瞳、すらりとした鼻筋に薄い唇。顔立ちがクリスタル様そっくりだけど、耳がすごく長い。大きな手が私のおでこに触れた。
「昨日辺りから、急に回復力が増したようだ。どういうわけだか。摩訶不思議だ」
多分、ガイア女神からマナエネルギーをたっぷり貰ったせいだろう。
「……初めまして、お爺ちゃん?」
すると、細い眉がピクリと動いた。
「……お爺ちゃん、というのはやめてもらおうか。見た目がどう見てもお爺ちゃんではないだろう? そうだな。レン様とでも呼んでもらおうか」
「……レン様、水をください」
すると突然、フルーランが現れた。
「水が欲しいなら、私があげるよ」
空中に小さな水玉を作り出すと、ふわふわと口元へ持ってきてくれた。私はそれを少しずつ喉に流し込んだ。
「……フルーラン、また会えてうれしいよ」
すると、シルフリード、フラマ、ノクターンが次から次へと現れた。
「人間界へお帰り、セレーナ」
「ありがとう、シルフリード」
フラマとノクターンの二人は、部屋をキョロキョロ見渡した。
「げっ、こんな小屋みたいなところに住んでいるのか? これで良く『家』って呼べるよな」
「……ねぇ、そこの二人。一応、私の家なの。悪く言わないで」
小さな部屋に四人の精霊がひしめき合っている。確かにとても狭いかもしれない。
「それにしても、フルーラン。いつから実体化できるようになったの?」
「う~ん、それがね、よく分かんないのよ。いつの間にか出来たんだ。観察したけど、セレーナのマナエネルギーに膨大なエネルギーが入り込んでいる気が――」
「あぁ~、多分、ガイア様からもらったマナエネルギーのせいかも」
「ぴぎゃあ!?」
猫がしっぽを踏んづけたようなリアクションで、激しく驚き、私の体を揺さぶるフルーラン。
「はぁ!? 何それ、ハイドリア様は、何も言ってなかったよ? セレーナ、あんた、あのガイア女神からマナを貰ったの!!!」
「ま、待て、病人をあんまり揺さぶらないで~~!!」
一人、話についていけず、取り残されている男がいる。
「おい、セレーナ。これは一体どういうことだ? お前が精霊使いなのは、風の精霊だけだと聞いたのだが? 一体、何体と精霊の契約をしたんだ?」
私は4人の顔を見て、にこりと笑った。
「4人だよ。この子が水の精霊フルーランに、その隣にいるのが風の精霊シルフリード。向こうにいるあの二人は、新しく契約した火の精霊フラマと闇の精霊ノクターンだよ。あの二人は精霊界で契約したの」
すると、お爺ちゃんの目の色が変わった。そして、私の手を握りしめた。
「お前の幽体は、精霊界へ行っていたのか? セレーナ。時間はたっぷりある。一部始終残らず話すんだ」
なんか、刑事に尋問されているみたいな威圧感。
「……。最初から最後まで話すから、落ち着いて聞いてよ?」
まず、私の五つ前の前世がクリスタル様の第一子だったこと。火の大精霊プロックスと闇の精霊スコティオスに呪いをかけられたこと、解除したけど、今世まで呪いが続くことを話した。そして、罰として私が二人と【命の契約】をしたことも。
お爺ちゃんは、案の定、フラマとノクターンを氷漬けにしようとした。だから、落ち着いてって言ったのに。
「私がこいつらの根性を叩き直して、極寒の雪山の山頂で吊るし上げてやる」
「ちょっと待った!! 私、ハイドリア様から、教育係を直接任命されたんだよね。元大精霊を徹底的に教育しろってね。だから、ハイエルフのお爺ちゃんは口を出さないで」
お爺ちゃんは、口の強いフルーランにやられて、悔しそうな表情をした。
「くっ、仕方がない。お前に任せるとしよう。しかし、奇想天外だ。この年で四体とは……。ハイエルフ並みに君は精霊使いなんだな」
「そういう、お爺ちゃんも精霊使いなんでしょ?」
レンは、目を丸くして驚いた表情をした。
「なぜ、そのことを?」
「実は、以前プロテウス様にお会いしまして、精霊使いの話を聞いたものですから」
「はぁ~~、君は私の予想をはるかに超えるな。海の神様にも会ったのか。それで、精霊使いのことを詳しく聞いたのだな?」
「はい、精霊使いのほとんどがハイエルフで、以前は3人いたけど、1人は闇落ちして、精霊使いができなくなったとか。お爺ちゃん以外に、あともう1人、精霊使いがいると聞きました」
レンは、急に手の親指を弄りだした。
「もう一人いることは、今は忘れろ。そんなことよりもだ。君には、もっと大事な話があるだろう。例えば、君が私と一緒に暮らすという話だ。本当にこの家を離れるつもりなのか?」
もう一人の精霊使いの話を誤魔化し、目の前の問題を突きつけてきた。
「お爺ちゃんが許してくれるなら、私、お爺ちゃんと一緒に住みたいです。あと、クリスタル様が、氷の大精霊のお仕事を辞めるそうで、引継ぎが終わったら、クリスタル様は、お爺ちゃんと一緒に暮そうかと話していましたよ」
「えっ!? 母上が?」
細い眉をピクピクと震わせ、銅像のように動かなくなった。
「お爺ちゃん、お願いです。一緒に暮らさせてください。私、クリスタル様と一緒に暮らしたい」
私は、上半身を起こしてお爺ちゃんに頭を下げる。
「……ソフィーのせいか?」
思わず、肩がビクンと動いた。
「あっ、いいえ、違うの。お母さんの為だけじゃない。家族みんなの為です」
手を振って必死に言い訳をする。
レンは机の側にあるイスを引っ張り出して、またいで座った。綺麗な顔を近づけて、探るような目で私を見つめてきた。
「……正直これしか、思いつかなかった。私がいなくなれば、この家族は円満でいられる」
私は視線を落とした。精霊たちも、黙って話を聞いている。
「……お前はこの村や家族のために戦ったのだろ? それは、この村が好きで、ずっとここで暮らしたいからじゃないのか?」
私はちらりとシルフリードを見た。彼は腕組みをして瞼で頷いた。
「――できれば、そうしたかった。だけど、私がここに居続けたら、お母さんだけがつらい思いするだけだから。私、お母さんに嫌われているのは知っているから。目障りなのがいなくなって、お母さんはせいせいするかもしれない」
重たい沈黙が部屋を包んだ。
「なぁ、それって、逃げてるだけじゃね?」
フラマが突然、話に割り込んできた。
「でも、お母さんにとっては、私は失敗作なのよ。そんな子供と一緒にいたくないでしょ? 逃げてるように見えるかもしれないけど、これ以上、私がいることであの二人の夫婦喧嘩を増やしたくないの。私がお爺ちゃんの所へ行きたいと言えば、二人の気が楽になるかもしれない」
私の話を聞いたお爺ちゃんは、何故か『すまん』と言って、私に頭を下げた。
「それだったら、僕も一緒に連れて行ってよ」
ドアが開くと、そこにはルカお兄ちゃんが立っていた。アメジスト色の瞳に光が灯り、唇を噛み締めていた。
「ルカお兄ちゃん、いつからそこに?」
「ごめん、セレーナ。ドアの向こうで立ち聞きしていた。セレーナの声が聞こえたから、ついな」
ルカは私の所へ近づいて、ベッドに腰を掛けた。
「セレーナ。実は僕もね、お母さんからずっと嫌われているんだ」
衝撃的な発言に、私は唖然とした。
「でも、お母さん、別にルカお兄ちゃんを無視していないし、そんな素振り一つも――」
「いや、僕はね。生まれつき、人の感情が色で見えているんだ」
「!!!」
「お母さんは一度だって、僕に対して、色を見せてはくれなかった。それって気持ちに蓋をしているってことなんだ。レオにはあんなに優しい色をみせるのに」
「ルカお兄ちゃん……」
なんて言えばいいのか、言葉が見つからない……。
「でもね、あの夜、お母さんに殴られた夜。お母さんの瞳に、復讐と嫉妬の色が見えたんだ。とても醜悪な色。それが、僕に対する感情の色だった。これで確信したんだ。僕はソフィーに愛されてはいなかった。それどころか嫌われていたんだ」
「ルカお兄ちゃん――」
「薄々分かっているだろう? 僕は闇属性なんだ。属性は遺伝する。つまり、僕はよその子だ」
「……、ルカお兄ちゃん。よその子って言わないでよ。私のお兄ちゃんは、ルカお兄ちゃんとレオだけなんだから……」
私はルカお兄ちゃんと抱き合った。ルカお兄ちゃんは、ずっと苦しかったんだ。お母さんに愛されないつらさと、自分に愛を向けてはくれない寂しさを。
何か考え込んだお爺ちゃんは、重い口を開いた。
「元を正せば、これは私の家庭を顧みなかった私の罪だ。そして、ソフィーはその被害者みたいなもの。これからは、私の償いとして、お前たち二人の面倒をみよう。そして、一緒にエルフ領で暮らそう。それでいいか?」
私はルカお兄ちゃんの手を握りしめ、互いに頷いた。お爺ちゃんがとても頼もしい大人に見えた。
「あと、二人ともお爺ちゃんと言わずに、レン様と呼べ。いいな」
レン様は腕組みをして、鼻をならした。
明日はお休みにします。




