第五十九話 遠くへの旅立ち
最終話です。結構長いです。
レン様の治癒魔法のおかげで、体が少しずつ動けるようになり、目覚めてから六日目には普段通りに動き回ることができた。
その間、治癒師のカノンがよく家に訪ねてくるようになった。なんでも、レン様の弟子になりたいとか。レン様の治癒魔法や、医療技術に感嘆したらしい。
レン様は少し困った顔をしていたが、衣食住は自分でなんとかするから、通いで学びたいと粘られた。冒険者のパーティーも解散したという。そういうことならと、レン様は弟子になることをしぶしぶ認めた。
私が倒れてから、村の人たちから『病気見舞い』が毎日、家に届けられた。三つ角のビックフォーンの肉とか、二つ頭の鴨肉や、ベリーパイや、白パンや、ヨーグルトや蜂蜜、羊毛のマフラーまで。お陰様でキッチンは頂き物で溢れかえった。そして、お見舞いに来た村人たちは必ずこう言うのだ。
「そういえばね、この前、お爺ちゃんの夢を見たのよ。それでね、お爺ちゃんと色々話をした後、セレーナとエドガーは、お前たちの命の恩人だから、ちゃんとお礼を言っておけよと言われたのよ。天国で私たちのことを見ていたのかしら」
私が、幽界での様子を話そうかと思ったが、説明がややこしくなりそうなので、それは言わないことにした。
私とルカお兄ちゃんが、お爺ちゃんの家へ移り住むことが決まってから、機嫌の悪い男が一人いた――。
「なんで、お前たちだけ、おじいさんの所へ行くんだよ! 俺一人残してさ。留守番なんて嫌に決まっているだろ?」
レオが、二段ベットの上で腕を組んで怒っている。レオの性格上、駄々をこねるとは思っていたが、案の定、物凄く怒っていた。
私とルカお兄ちゃんは、ソフィーに拒絶されているから、みんなのために距離を置くともいえない。どうしようと悩んでいた。
ルカお兄ちゃんは、何とか説得しようと奮闘してるようだ。
「レオ、お願いだ。愛嬌のあるお前にしかできない。僕たちがいない間、仲が悪くなったお父さんとお母さんの仲を取り持って欲しいんだ。お前の力でこの家を明るくしてくれ」
「なんで、俺ばっかりに言うんだよ。子供は俺だけじゃないだろ? セレーナだって、ルカお兄ちゃんだって、この家の子供じゃないか! 二人だって、家を明るくする役割はできるはず。それなのに、どうして二人は、俺を置いていくんだよ――ずるいよ!!」
レオは、二段ベッドから飛び降りると、ルカお兄ちゃんを突き飛ばして、部屋を飛び出した。
「レオ!! 待つんだ!!」
ルカお兄ちゃんは追いかけようとしたが、何故かフラマに止められた。
「待て、小僧。この俺が様子を見てくる。そこで待ってろ」
フラマとノクターンがふわりと飛んで外に飛び出した。
「なぁ、セレーナ。あの火の精霊に任せておいて、本当に大丈夫かな?」
ルカお兄ちゃんが心配そうに、子供部屋の窓から外を見つめる。私だって心配だ。あのフラマは、何をしでかすか分からない。
「そんなに心配なら俺様子見に行こうか?」
シルフリードがそう言ってくれたので、私はシルフリードにお願いをした。
****
――数日経ったある朝。いよいよ、お爺ちゃんの家へ出発することになった。
ルカお兄ちゃんと私はあらかじめ用意した荷物に忘れ物がないかチェックをしていた。気がかりなのは、レオのことだが、今日はどういうわけか、明るい表情をしていた。
「レオ、寂しくなるけど平気?」
「もう、大丈夫だよ。俺、平気だから。心配しないで」
数日前まであんなに駄々をこねていたのに……。
「それよりもさ、お父さんとお母さんに挨拶してきなよ。俺は子供部屋でやることがあるんだ。いいから、行ってきなよ」
「……レオ。なんでこんなにあっさりしているのよ」
「じゃあ、俺たちは先に外に出ているから」
シルフリードが声をかけると、他の四人の精霊たちも、体を曲げて、子供部屋の小さな窓から外へ出て行った。
一階のキッチンへ向かうと、テーブルの席でお父さんとソフィーとレン様が重い空気を漂わせて沈黙をしていた。
「あの、身支度を済ませました。いつでも出発できます」
ルカが私の手を握りしめた。
「じゃあ、エドガーとソフィーに何か言うことはあるか?」
レン様が立ち上がり、私たちの後ろに立った。
私はソフィーの顔を見た。でもソフィーは視線を合わせてはくれなかった。
「お父さん、お母さん。今まで、僕たちを育ててくれてありがとう」
ルカお兄ちゃんが、先陣を切って別れの挨拶をした。
「お母さん、毎日お洗濯をしたり、ご飯を作ってくれたりして、本当にありがとう。僕はその点に関しては感謝しているんだ」
「……そう」
ソフィーが力なく答える。
「お母さん、今、もしかして、後悔しているの?」
ルカお兄ちゃんの一言にソフィーの肩がビクンと動いた。
「僕ね、二人に秘密があったんだ」
たまらずお父さんが、前のめりになる。
「ルカ、秘密って何だい?」
「僕、人の感情が色で見えるんだよ」
「!!!」
ソフィーが震え、自分を抱きしめた。
「いっ、いつからよ!?」
「物心がついたときから。お母さんが、僕のせいで毎日我慢してくれていたこと。今考えると、申し訳なく思っていたんだ。セレーナが魔力暴走した日。あの日、お母さんの感情の一端に触れて、本当にびっくりしたよ。そして確信したんだ」
お父さんが興味を示した。
「ルカ、確信って何のことだ?」
「――嫉妬と憎しみの色。お母さんが僕に向けた色だ。当たりでしょ?」
逆上したソフィーは立ち上がって、テーブルを感情的にバンと叩いた。
「はっ、テーブルに当たらないでよ」
ルカお兄ちゃんは、冷たい態度でソフィーを一瞥する。
「違う、違う、違う!!! 私は悪くない。エドガーが悪いのよ。私は悪くない!!」
ソフィーは感情をむき出しにして、髪を振り乱し、声を上げた。私から見たら、狂った人にしか見えない。
「――本当に自分は何も悪くないと思っているの?」
「――だって、だって、私……」
「自分は悪くなくて、愛する人が悪いんだ……へぇ~、そうなんだ……」
「やめて!! 第一、こんな素性のわからない赤子をいきなり連れてくるなんて。いくらエドに聞いても何も応えてはくれなかった。私は、ルカ似の女の陰にずっと怯え続けたのよ!! それがどんなにつらいことか、あんたには分からないわ!!」
「ルカ!! もう、よさないか。ソフィーを追い詰めないでくれ」
お父さんは、苦渋の表情でルカを諫めた。
「ふふ、お父さん。お父さんは、それでもお母さんを愛しているんだね。どれだけお人好しなんだよ」
一瞬、ルカは寂しそうな顔をした。
「でも薄々は気付いていたんだ。特にレオが生まれてからね。笑顔は同じでも、レオに見せる優しい色を僕には示してはくれなかった。僕には無色だったんだよ。色がなかったんだ。それがずっと疑問でね。愛されていないことは分かっていたんだ。まさか、嫉妬と憎しみの色とは思わなかったけど」
「……勘違いしてごめんなさい。まさか、王族の子だなんて……」
ソフィーが呟くように、とんでもない爆弾を落とした。
「あっ、馬鹿、ソフィー!!」
お父さんが動揺している。
「はっ、聞き間違いかな? 王族がなんだって?」
ルカお兄ちゃんの声が震えた。
「すまん、いつか言わないといけないと思ったが、こんな形になってしまってすまん」
「だから!! 王族がなんだって!?」
お父さんは、俯いて重い口を開いた。
「お前は、ヴィルヘルム国王の第二王子である、ルイ・フォン・ヴィルヘルムの第一子だ。母親はアガルド魔族国の外交官であるベアトリス・ヴォルテア。お前は、婚外子だ。母親は刺客により、産後すぐに殺害されてしまった。ベアトリスのお付きの侍女がお前を隠し、第二王子は王都を離れる俺にお前をかくまうよう託されたんだ。もちろん他言無用と強く命ぜられた」
「ばかもん!! 旅立つ前にそんなことを言うなんて!! 少しは考えろ」
レン様は青筋を立てて、お父さんに怒鳴った。
「ソフィーがばらしてしまったんです。もう隠しようがないでしょう!! 私たちは君を守るために町から村へと転々としてきた。11年もだ。 そして、ソフィーは、11年もの間、勘違いから嫉妬で苦しんできた。それは、素性を言わなかった俺に責任がある。ソフィーがお前を恨んだのも全部俺のせいだ」
「はははっ、ということは、全部僕が悪いんですか? お父さんたちが僕の命を守るために自分の幸せを犠牲にしてきたとでも?」
「そうよ!! みんな。あなたが悪いのよ!! 貴方さえいなければ、もっと穏やかに暮らせていたのに……」
「よさないか!! ソフィー!! 俺はルイ様に拝命されたんだ。断れるわけないだろう」
お父さんの言葉を聞いて、ルカお兄ちゃんは呆然とした。瞳の光が消え、力が抜けたように、フラフラとルカお兄ちゃんは外へ出た。
「お父さん、今のはないわ。拝命されたから、仕方なくルカを育てたの? それとも義務感? そこに愛はなかったの? 王子だから丁重に扱っただけ?」
「いや、俺はルカを愛している。ルイ様がルカを愛せなかった分まで俺は、ルカを愛したつもりだ。寂しい思いをさせないように、レオよりも時間をかけて接してきた」
私は無性に腹が立った。
「それは、代理の愛なの? ルイ王子の為に、代理で愛したの? 私はお父さん自身が、ルカに対して愛していたか聞いているのよ!!」
お父さんは目が覚めたかのように、立ち上がると急いで外へ出た。あの二人は、ちゃんと話し合えるだろうか。
部屋の中は、私とレン様とソフィーだけが残された。
「……お母さん、三年間、私を育ててくれてありがとう。それと、苦しめてしまってごめんなさい」
私はソフィーに頭を下げた。
「私ね、生まれてきた頃の記憶があるの。あの頃、お母さんの優しい石鹸の匂いが好きだった。頬を撫でる柔らかで綺麗な手も、にこりと微笑む綺麗な瞳も、優しいハグも全部好きだった」
「――やめて」
「二歳の頃、雷が怖くて眠れなかった夜。兄弟みんなで、絵本の読み聞かせをしてくれたよね。あの時は嬉しかったし、楽しかった」
「――やめてって言ってるでしょ!!」
「お母さんのお料理の手伝いをするのも、好きだった。お母さんが作るスープの味も大好き。でも、それは過去のこと」
髪は乱れ、怨念のように睨みつけるソフィーに私はけじめをつけた。
「私、三年間の想いは胸の中に閉まっておくから。私、お母さんから卒業するわ。もう、ここにも来ないし、もうお母さんとは呼ばない。ただ、一つだけ。今まで、お母さんを騙していたわけじゃない。そこだけは信じて欲しい」
「やだ、もうやめて!!」
ソフィーは力任せに、テーブルの上にあったカップを私に投げつけた。レン様の防御魔法で、カップは弾かれ、大事には至らなかった。
「あぁ、ごめん、興奮させてしまって。私が、お母さんにしてあげられることは、私がいなくなることだから。だから、もう、気に病まないで。あなたの娘は最初からいなかったと思っ――」
ソフィーは拳をテーブルに叩きつけた。
「じゃあ、私の今までの苦労をなかったことにする気? つわりの苦しさ、食事制限、妊娠の苦しさ、授乳の悩み、全部なかったことにしろと!? ふざけんな!!」
「でも、お母さんは、これから先ずっと、私といるのがつらいんでしょ? それとも、ルカお兄ちゃんみたいに、私に憎しみを向けながら、ずっと暮らしていけるの? そんなのやめてよ。おかあさんの心が壊れてしまう」
「偽善者の化け物め!!」
ソフィーは吐き捨てるように言った。
レン様は私の腕を引っ張ると、後ろへ隠した。
「やめるんだ、ソフィー!!……セレーナ、すまない。本当にすまない。もう行くとしよう。これ以上話しても、互いに傷口が深くなるだけだ」
私は最後まで分かり合えなかった虚しさを抱えたまま、外へ出た。
玄関のドアを開けると、そこには、お父さんがルカと抱き合っていた。
「レン様、二人とも、分かり合えたと思う??」
「そうだな……。そうだといいな」
レン様はお父さんに声をかけた。
「エドガーよ。お前も今までよくやってきた。この二人は私に任せろ。そのかわり、ソフィーをよろしく頼むぞ」
お父さんは、深々とレン様に頭を下げた。
「そろそろ時間だ。空間移動スクロールで君たちを連れていく」
ルカは名残惜しそうに、お父さんと離れた。
「師匠!! 待ってください。僕を置いて行かないで!!」
遠くから、カノンが全力で走ってくる。息を切らせながら、にこにこと走っているさまは、まるで忠犬のように見える。
「なんだ。来たのか。置いて行こうと思っていたのに……」
「そんな、師匠!! 酷いこと言わないでください。あっと、セレーナさんとルカさん。この度はよろしくお願いします!!」
へらへら笑うカノンに、場の空気が少し和んだ。
私は家を振り返り、赤瓦の屋根に視線を向けると、そこには精霊の四人とレオが並んで座っていた。レオの肩に赤いトカゲのようなものがついている。
「ん? レオ、そんなところにいて危ないよ。フラマ! レオを下ろして」
フラマはレオを抱くと、ふわりと庭まで降りてきた。
「ところで、レオ。肩に乗っている、小さなトカゲみたいなものは何?」
「へへっ、かっこいいだろ? サラマンダーっていうんだ。俺の相棒だよ」
レオの一言にルカお兄ちゃんが、慌てて近づいてきた。
「お前、サラマンダーといえば、火を司る精霊獣じゃないか」
フラマは、堂々と私たちの前に立つと、腰に手を当て、のけ反った。
「ふふふ、いいか、よく聞け。俺は、コイツを仮契約者とした。マナエネルギーの三分の一はコイツから頂く。後の残りはお前から頂くが」
「フラマ~~!! こら!! 私に何も言わないで、こんな大事なこと勝手に決めたわね。『鎮火』」
すると、フラマは急に崩れ落ちて、首に手を当て、苦しそうにもがいた。膝を地面につき、地面に倒れ込んだ。
「ぎぃわぁぁぁーーー!!……くっ、ぐるじぃぃぃーーー!!!」
フラマの尋常でない状態に慌てたレオが止めに入った。
「やめろ、セレーナ!! これは、俺が頼み込んだんだ。コイツは悪くない」
「『再燃!』ちょっと、どういうつもりで仮契約になったのか。話を聞こうじゃない」
すると、地面に転がってもがいていたフラマが、息を切らして仰向けになってぐったりしている。それを見たレオは、怒った口調で私に文句を言ってきた。
「だいたい、セレーナと、ルカお兄ちゃんが悪いんだ。俺を置いて行こうとするから。そしたら、いい方法があるって。仮契約をしたら連れて行かないといけなくなるからって、フラマが僕に教えてくれたんだ」
ようやく落ち着いたのか、しゃがみ込んだフラマが、私をちらりと睨んだ。
「はぁ……はぁ……、言っておくけど、これは俺だけの意見じゃない。シルフリードも、フルーランも、ノクターンも同意したことだ」
「まさか!! 嘘でしょ?」
私はとても驚いた。レオが人たらしの天才だとは思っていたけど、まさか精霊たちのハートを掴むとは!!
ちらりと、レン様に視線を送った。
「はぁーー、一人増えても、二人増えても、三人増えても、同じだよ。仕方がない。一緒に来るか?」
「行く、行く、行くよ!! 大冒険の始まりだぁーー!!フゥーーー!!!」
そうだ。この子は、ポジティブシンキングだった。私が前世の魂のまま転生したことをこの子は、全然気にしていなかった。そういう、偏見のないレオだからこそ、精霊たちも受け入れたのかもしれない。
「やったな、レオ。目論見通りだ」
シルフリードがレオの頭を撫でた。
「ではでは、新しい門出を祝して~~、それぇ~~!!!」
フルーランは、空へ向かって手を伸ばした。どうやら、大空に細やかな霧雨を降らせているようだ。しばらくすると、晴れた空に大きな二重の虹が現れた。
「うわぁ~~、すごい、きれいだなぁ……」
シルフリードはひょいと私を抱っこした。ちらりと顔をみると、清々しい表情をしていた。茨の人生だというのに、晴れやかな気分になった。
この場にいる者全員、空を見上げて門出の虹を眺めた。
「さてと、もう出発するぞ。もう少し、私の近くに寄るんだ」
レン様は、空間収納から長距離用の空間移動スクロールを取り出した。レン様を中心に私たちは集まった。レン様を含めて九人の大移動だ。レン様は、スクロールを広げると、高らかに呪文を唱えた。
「此処より立ち去り、次の地へ誘わん、空を裂き、間を渡る、我らは旅人なり《テレポーテーション》」
地面と頭上に大きくて複雑な文様の三重魔法円がふわりと現れた。
すると、いきなりお父さんが声を上げて大きく手を振った。しかも、涙声だ。
「セレーナ、ルカ、レオ、お前たちは俺の誇りだ!! 愛しているぞ!! みんな、俺の子供だぁぁぁーーーー!!!」
「お父さん、当たり前のこと言うなよ~。俺たちは最後まで、お父さんの子供だよぉ~~!!」
レオが心に響く言葉を放った。ルカお兄ちゃんも私と同じように、涙腺が潤い、涙が溢れそうだった。
「みんな。さぁ、出発だ」
レン様が思い切り、スクロールをビリッと破いた。
私は、生まれ育った村とわが家からエルフ領へと旅立った。これは、精霊使いが大人になるための始まりの旅路。
終わり
最後まで読んでくださった、読者の皆様へ感謝します。どうも、ありがとうございました‼。




