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第五十六話 ソフィーの回想(ソフィー視点)

誤字報告を受け付けてます。今回から最終章です。

****

《ソフィー過去の回想》


(『お前はエルフの雑種だ!!』)


 人間の母とハーフエルフの私は、ハイエルフの父のおかげで裕福な家庭で育った。しかし、それは私が10歳までの話。


 私の父は、氷の魔導士と呼ばれており、魔法学のスペシャリストだった。研究熱心で、それでいて偏見なく、人間の母の事を大切にしていた。だが、その幸せも長く続かなかった。父が医学の道に進みたいと言い始めてから。


 私たちは、医学を学ぶために遠くの国へ行ってしまう、父を見送る事しかできなかった。父が待っていてくれと、そう言ったから。


 しかし、父がいなくなったと同時に、私の腹違いの兄とその親族たちが屋敷にやってきた。『エルフの血を穢す者め、こんな異質な者は早々に排除すべきだ』と罵られ、私たち親子はわずかな金を手に、屋敷を追い出された。


  私たち親子は、本館とは遠く離れた山荘で生活を送ることになった。


 腹違いの兄は私よりも三百歳も年上で、初めから父が人間と再婚することをとても反対していた。


「『お前たちはセルシウス家の汚点だ』」


 しかし、お父さんはその罵倒を無視し続けた。


 周りの反対を押し切って結婚したため、どの親族も、寄りつこうとはしなかった。母はどんな気持ちだったのだろうか。


 誰も来ない山荘での生活は、少し寂しかったけど、それでも私は楽しかった。母は魔道具を作る天才で、私は母の見よう見まねで魔道具を作る手伝いをした。そのうち私は、魔道具作りに夢中になった。


 私たちが最初に作ったのは、体温を感知して明かりが付くランタンだ。これが意外にも好評で、制作した作品を雑貨屋さんで卸し、わずかな収入でやりくりをしていた。


 ある日、いつものように、村へ魔道具を売りに行こうとしたら、いきなり腹違いの兄が家へやってきた。完成させたランタンを設計図ごと取られ、それからというもの、兄から母は奴隷のように、いくつかのランタンを作らされた。


 バラの香りがするランタンや、時計付きのランタンなど。貴族の贅沢品を作らされた。


 貰ったお金は一か月で銅貨十枚。腹違いの兄は、その魔道具で貴族向けに商売を始め、特に体温で光るランタンは防犯用としてかなり売れたらしい。


 セルシウス家はさらに豊かになった。私たちの暮らしは変わらないというのに。


 兄からの陰湿ないじめはこれだけじゃなかった。私たちがいつも魔道具を売っていた集落の村へ食材を買おうとしたら、『雑種はお断り』と看板を立てられ、私たちはいきなり村八分にされた。


 村の子供たちには石を投げつけられ、大人たちには水をかけられ、言われのない罵声を浴びせられた。私たち親子は怖くて村へは行けなくなった。


 父は遠い国へ行ったきり、何十年も帰っては来なかった。春夏秋冬が何度も繰り返され、お母さんは、知らず知らずのうちに年を取り続け、栗色の美しい髪が次第に艶がなくなり、白髪が増え始めた。私は見た目が変わらないのに、母の手はシワだらけで、枯れ枝のように、どんどん痩せ細っていった。寒さで震えるその手を私は見てられなかった。母が()()()()()様子が怖くて、神に母を連れて行かないように何度も頼んだ。


 私が27歳になった秋の終わり頃、とっておきのキノコ汁を作ると言って、母は、一人で森へ入っていった。一緒に行くといったのに、『ここは、庭みたいなものだから』と笑って、お母さんは一人、森の中へ入っていった。


 しかし母は、夜になっても帰っては来なかった。私は、ランプを持って、血眼になって森を走り、闇深い森の中でお母さんを呼び続けた。でも、何も聞こえてはこない。聞こえてくるのは、フクロウの鳴き声だけ。私は一人絶望の淵に立っていた。


 母が行方不明になって一週間が経った。集落の村の人が家にやって来て、母が森の奥の崖の下で倒れて亡くなっていると知らせがあった。


 私は、母の遺体を一人で担いで家まで運んだ。一週間たった母は、体中が傷だらけで、体が腐れかけていた。悪臭を放つ母を背負いながら、私は、山荘の裏庭に母の墓地を作って埋葬した。怒りも悲しみも通り過ぎて、感情が麻痺した感覚、底のない虚無感に体全体を包まれている気分だった。


 母が亡くなった知らせは、腹違いの兄の耳に入った。魔道具を作る奴隷がいなくなったからと言って、無理やり私は本館に連れていかれた。


 兄は母が亡くなったことを父へ知らせてはくれなかった。それどころか、私を使用人として働かせ、私は侍女や従者からの恰好のいじめの対象になった。殴られ、罵倒され、踏みつけにされ……。私は、あの家で死んだように働いていた。


『やっぱり、雑種がいると臭くてかなわん』


 私は何者かに後頭部を殴られ、気絶をさせられた。気が付けば、私は粗末な服を着せられ、奴隷船に乗せられているところだった。周りには貧しいエルフの子供が片寄せ合って座っていた。たぶん、みんなハーフエルフたちなんだろう。エルフは血筋を重んじ、異物を排除する。なのに、ハーフエルフが絶えないのは、気高いエルフたちが、快楽目的で人間専用娼婦に孕ませ、子供ができると、人間国へ奴隷として売買する。高貴な血筋のすることは、無情で冷酷だ。


 この奴隷船は、密輸船でもあった。その日は、ヴィルヘルム国王内の海域で違法密輸船の取り締まりを行っているときだった。運よく三艘の密輸船を見つけ、そこで私は『青の騎士団』に保護されたのだ。


 真っ暗闇の船内で、囚われたハーフエルフや妖精たちと一緒に、縮こまるしかなかった私。私たちに声をかけ、助けてくれた騎士様は希望の光に見えた。


『もう、大丈夫だよ。よく頑張ったね』


 差し出された大きな手に触れ、その柔らかな笑顔を見た瞬間、私はその男に一目ぼれをしてしまった。それが青の騎士団、団長のエドガー・フォン・クレメントだった。


 その後、エルフ領へは戻らず、ヴィルヘルム王国に居たいと懇願した。元々面倒見がいいエドガーをなんとか頼み倒し、しょうがないなと言われつつ、王都内にある飲食店のバイト紹介と、安い賃貸の部屋を紹介してくれた。


 優しいエドガーは、私に新たな人生の扉を開かせてくれたのだ。


 私は一生懸命仕事に打ち込んだ。あの屋敷で皿洗いを毎日やっていたからか、仕事は苦にならなかった。エドガーも、私が気になったのか、私が働いている飲食店によく立ち寄り、互いに会話をする機会が増えていった。


 一年が経ち、念願叶って私とエドガーは付き合うようになった。そして、更に半年後、こんな私にプロポーズまでしてくれた。指輪までくれて、人生で一番、最高の時間だった。


 しかし、現実は甘かった。辺境伯であるエドガーの実家は、ハーフエルフの私を受け入れず、結婚には猛反対された。異種族同士が結婚をする難しさに私は何度も涙を流した。自分の体に流れるエルフの血を呪ったぐらいだ。


 それでもエドガーは私の隣にいてくれた。ハーフエルフの私と結婚するために実家の籍まで外してくれた。青の騎士団も退職。私と添い遂げるために、出世を捨ててくれたのだ。そこまでしてくれた優しすぎるエドガーに私は何を返せただろう。


****


――ガシャン


 ふと、我に返ると、片付けるはずのお皿をつい割ってしまった。


「また私ったら、昔のことを……」


 しゃがみ込むと床に落ちた皿の破片を一つずつ拾っていく。


 割れた音が聞こえたのか、エドガーが二階から降りてきた。


「ソフィー、怪我はないかい?」


 無言で、首を横に振る。


 エドガーはほうきとちり取りを持ってきた。一緒に破片を片付けてくれる。


「君も疲れただろ。後は俺がやるから君は部屋で休むといい」


 私はため息をついて、イスに座りこんだ。


「……まさか、あの子があの父を呼ぶなんて思ってもみなかった」


「そうだな。あの子が俺らに内緒でお義父さんに手紙を送っていたとは。でも、お義父さんが駆けつけてくれたおかげでセレーナの治療ができた。魔力腺がちぎれて、魔力臓器がひどい状態と聞いて正直怖かったよ。あんな高度な治療ができるのは、君のお父さんだけだからね。感謝しかないよ」


 エドガーは集めた皿の破片を木箱に入れた。


「これは土に埋めないとな」


 (……これだけは、エドガーに伝えなくては……)


「あの……ごめんなさい。私、やっぱりあの子を育てるのは……どうしても無理なの」


 頭を掻きながら、エドガーも隣のイスに座った。


「あなた達みたいに私は心が広くないの。やっぱり私、あの子のことをセレーナとして見れないのよ」


 首座り、寝返り、ハイハイ、立ち上がり、歩きはじめ。立ち会うたびに嬉しかったし、愛おしかった。私は女の子がずっと欲しかったから。これから先、教えていくことがたくさんあると思うと、楽しみで仕方なかった。


 ――でも、その子の中身は『せりな』という名の別人格だった。


 あの子がみんなの目を誤魔化し、赤ちゃんのフリをしていたと思うと、怒りすら込み上げてくる。つわりの苦しさ、出産時の苦しみ、生まれてきたときの涙。そんな子に自分のお乳を吸われていたなんて。深く、深く愛していた分、憎しみが心の中に渦巻いている。


――私はまっさらな魂のセレーナを育てたかった。


「手紙の内容は、お父さんから聞いた。ここを離れてお父さんの元で暮らしたいらしい」


 私は父が嫌いだ。だが、私の事情を知っているエドガーがこっそり父と連絡を取り合っていたのは、後から知った。エドガーが『今までお父さんに言えなかった想いを手紙に託したらどうだ』と言って、父の住所が書いた紙を私にくれた。どこまで、お人好しなんだろう。


「……あの子が決めたなら、そうするべきよ。心配なら、ルカも連れて行けばいいじゃない? お兄ちゃんなんだし」


 私は、ルカが大嫌いだ。


 エドガーが突然、生まれて間もない赤ちゃんを連れてきた雨降りの夜。ルカはしきりに泣いていたのを今でも覚えている。


 『すまない、事情を聞かずに、この子を一緒に育ててくれないか』


 あれからというもの、私たちは何かから逃げるように街から町へ、町から村へと転々とした。その度に私は、あの子の素性を聞いた。でも、エドガーは決して口を割らなかった。


****

《ソフィーの回想》


 ルカはとても可愛らしい赤ちゃんだった。金色の髪に吸い込まれるような綺麗なアメジストの瞳。陶器のような白い肌。まるで天使のような赤ちゃんだった。


 もしかして、エドガーは、ルカに似た美しい女性との間に出来た子を、何も言わずに押し付けているだけかもしれない。そう思うと、急に胸が苦しくなって、この胸で抱いているルカを床に叩きつけたい衝動に駆られた。


 自分が壊れそうなほどの酷い嫉妬心。美しく育つルカを好きになれるわけがなかった。


 醜悪な気持ちがエドガーにバレないように、気持ちに蓋を閉め、我慢をした。ここで怒り狂って、エドガーを責め立てたら、やっと一緒になれたエドガーが、私に嫌気がさして逃げてしまうかもしれない。それだけが怖かった。


 だから、我慢するしかなかった。幸い、前に住んでいた村の隣人が子持ちで、私が母乳が出ないのを同情し、乳母役を買って出てくれた。ルカは隣人の母乳で育ったのだ。


 ――時は経ち、あの子が魔力暴走をしたあの夜。


 あの子を森へ連れていった責任を『罰』という名でルカを叩いた。その一発には今まで蓄積された憎しみも当然こもっていた。すると、どうだろう。叩いただけで、ものすごい爽快感と高揚感を覚えたのだ。だからつい2度も殴ってしまった。


 あの時『いい母親』の仮面を外し、本性を現せたのはほんの一瞬。だけど、あの子は私が隠している醜い本性を指摘してきたのだ。それが怖いと思った。だから、近づけなかった。


(『あなたの場合、暴力を振るう理由付けが欲しかっただけでしょ。本当は自己満足したいだけ。叩いたことで爽快感を味わいましたか?』)


****


 エドガーが私の顔の前で指を鳴らした。


「なに、ぼーっとしてるんだ? 考え事か?」


「ねぇ、ルカとセレーナを父に預けてしまいましょう。なるべく早い方がいいわ。あの子が目覚めたら、すぐに準備をしましょう。私、これ以上、耐え切れそうにないの」


 エドガーは私の顔を探るようにじっと見つめた。


「……まさかと思うが、セレーナとルカをこの家ではなく、俺たち家族から追い出したいのか?」


「……そんな風に見える?」


「ごまかさないで正直に言ってくれ!!」


 エドガーは、語気を強めて私に問い詰めた。


 いつになく、真剣なまなざしに、私は身動きが取れなかった。


「正直……ルカは私の子供じゃないわ。セレーナは別人。本当の子供はレオだけよ」


 すると、エドガーは落胆し、大きなため息を吐いてうなだれた。


「これだけは覚えていてくれ。セレーナは俺を助けるために、無理な治療をして倒れたことを。そして悪魔を倒せたのは、ほとんどは『精霊使いセレーナ』が、悪魔の戦闘能力を激減させてくれたおかげだ。セレーナがいなければ、俺は即死、村は全滅、囚われていたレオやルカや君も悪魔の餌食になっていた。あの子は、皆の命の恩人なんだ」


(分かっている、セレーナが命の恩人ということも。だけど――)


「それに、ルカは確かによその子かもしれないが、ないがしろにしてはいけないお方の子供だ。この際だからはっきり言おう。ルカはヴィルヘルム国王の第二後継者ルイ・フォン・ヴィルヘルムの一人息子だ。母親はアガルド魔族国の外交官であるベアトリス・ヴォルテア。つまりは婚外子だ」


 理解が追い付かない。何を言っているの? 今、ルカが王族だって言ったの?まさか――。


「母親は刺客により、産後すぐに殺害されてしまった。かろうじてお付きの侍女がルカを隠し、第二王子は王都を離れる俺にルカをかくまうよう託されたんだ。もちろん身内にも他言無用と強く命ぜられた。だから、君にも長いこと話せなかった。すまん」


 私は、身震いをした。私が長年、思い違いをしてきた感情はどうしたらいいの? あの子を憎んでしまった。あの子の母親に嫉妬してしまった。しかも、王子の子を私は憎しみを持って叩いてしまった。


「……なんで、なんでもっと早く言ってくれなかったの!! 私はあなたのせいでずっとあの子に!!」


 エドガーの胸を何度も激しく叩いた。


「……ずっと、ずっと、長い間、つらい勘違いをしてきたのよ!! ……なんで今更言うのよ、なんでもっと、早く言ってくれなかったのよ……ううっ」


 エドガーは、私が泣き止むまでずっと抱いていてくれた。私は、涙が枯れるまで泣き続けた。


――その夜、エドガーと父と私の三人で、初めて話し合った。父と視線を合わせないようにした。私は父が嫌いだ。同じ空気は吸いたくない。でも、我慢をした。あの子たちを父に丸投げするのだから。


 父は私に何を思うのだろうか。父は私に何も言わなかった。結局、セレーナとルカを父が預かることで話はついた。


 やっと私は、ようやく解放される。やっと心穏やかに暮らせると、そう思った。










明日、夜22時10分に投稿します。

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― 新着の感想 ―
ソフィーの言動の動機が良く分かりました。 ルカが先で、溜め込んでいたのが爆発したんですね……。 (´;ω;`) 反動でひときわ強くセレーナを愛したのでしょうし、それゆえに裏切られた思いも強くなったの…
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