第五十五話 精霊界の春
誤字報告も受け付けています。
第四章はこの回で終わりです。
二人を見て、ブロンテ様が懐かしそうな目をして話始めた。
「そういえばさ、プロックスが中級精霊だったとき、いつも女子だけにいたずらをしかけていたよな」
アスピリア様も思い出したかのように、笑い出した。
「そうそう、特にクリスタルにちょっかいを出して、いつも怒らせていたっけ」
ゲオテルス様が子供を見るような目で、フラマを見て笑った。
「コイツさ、昔からかっこつけだったよな。なんでも自分が一番でないと、不機嫌になるんだ。なんだか、懐かしいよ」
「まあ、馬鹿面には違いないな」
ゼフィロス様の言葉に、フラマがカチンときた。
「やんのか、ゼフィロス!! このくそ、頭でっかちヤローめ!!」
フラマはそういうと、ゼフィロス様に唾を吐いた。もちろん唾は届かなかった。ゼフィロスの服に万が一かかったら、フラマは、即死だろうから。
その様子を見ていた火の師匠が、フラマに近寄ってきた。そして、何も言わずに、いきなり首に銀色の首輪をつけた。
「ん!? お師匠さま、これはなんだ?」
火の師匠様は、私にちらりと視線を向けた。
「これは、こ奴が悪いことをしたとき、教育に使う道具です。《鎮火》こ奴の首から酸素を吸収し、顔の周りを真空状態にします」
すると、フラマは膝から崩れ落ち、苦しそうにもがき始めた。
「首輪が酸素を吐き出して、こやつの炎を復活させます。《再燃》」
今度は息を肩で大きく吸って、苦しみから解放されたようだ。
「《再燃》と唱えると元に戻ります。こ奴がいうことを聞かなかったときに呪文を唱えてください」
火のお師匠さまは、私に伝えた。
「なんだよ! お師匠様、この俺によくも酷いことを――!!」
私はすかさず、《鎮火》と唱えた。
「ぐわぁぁぁ……!!」
「あなた、お師匠様になんて口の利き方をしているの? お世話になった方なら、もっと敬意を払いなさい!!」
「……わかった。……わかったから、それ、止めて……!!」
《再燃》と唱えると、ようやく苦しみから解放されたようだ。
「フラマ、口には気を付けて。しばらく、大人しくすることね」
その様子を見ていた大精霊の仲間たちから、拍手をもらった。
「ガイア様、フラマと私たちが共に行動していたら、いつか、人間の良い面も発見できると思います。その時まで、長い目で見守ってくださいね」
ガイア女神はしばらく腕を組んで考えている様子だったが、突如指を鳴らした。
「そうだわ、名づけの契約をしない代わりに、実体化のままで過ごしてもらいましょう。そうしたら、精霊界へ簡単には戻れないし、人間の方からこの子たちに、声をかけてくるでしょうから。人間を知るいい機会にもなるはず。そうしましょう」
「えーっ嫌だよ。実体化なんて、そんな面倒なこと――」
「ノクターンは、フラマの監視係ね。あなたもついでに実体化しなさい」
「……嘘?! そんな馬鹿な」
「ノクターン、あなたは【不遇夭折の呪い】をかけた張本人よ。断る事だってできたはずなのに、それをしなかった。フラマと同様、罪が重いわ。フラマと一緒に実体でいろんな体験を積んできなさい。セレーナが無事十三歳を迎える頃にはあなた方も成長し、上級精霊に戻れる可能性があるわ。それまではちゃんと反省はしなさい」
ガイア女神が微笑んだ。
「さあ、クリスタル、これで解決したかしら?」
「まだ、納得はしてませんが、今は、これで良しとしましょう」
「大精霊を辞める話は?」
「はい、辞めるつもりでいますよ。次の上級精霊へ大精霊の座を手渡したいです」
クリスタルははっきりと、答えた。もう、辞めるって決めているんだね。
それを聞いた氷の師匠様が、クリスタル様に近づいた。
「すまなかったな。わしはお前が期待以上の成果を出すものだから、お前の様子など気にも止めずに、無理を言わせてしまったようだ。そのせいで人間界へ逃げたのだろ?」
「師匠ったら、遠い昔のことを謝られても遅すぎます」
氷のお師匠さまは、俯いた。
「ああ、そうだな。謝るには時間が経ちすぎた」
「それに、わたくし、亡くなった夫との間に子供とその子孫がいますの」
私は思わず手を上げた。
「そういえば、二度目の結婚のとき、なぜプロックスとスコティオスは邪魔をしてこなかったか、疑問です」
「そういえば、そうよね? なぜかしら」
ガイア女神も首を傾げた。
全員がフラマとノクターンに注目する。
フラマは重い口を開いた。
「本当は邪魔したかった。だが、クリスタルは子供を欲しがっているのは何となく分かっていた。はじめての子を亡くしたとき、結構荒れていたからな」
「そりゃあ、お前が原因だろ?」
リュークが、的確なツッコミを入れた。
「俺とクリスタルは属性が真逆だ。俺が近づくと、『暑苦しい』といってうざがられる。火の大精霊の俺は、子供が欲しいクリスタルの願いは叶えられない。だから、アイス・ハイエルフとの再婚を渋々認めることにした」
「「「ん?」」」
「ごめん、フラマ。お前、今なんて言った?」
ブロンテ様が、耳をほじって聞き直す。
「~~!! だから、俺とクリスタルは属性が違う。俺には子供が欲しいクリスタルの願いは叶えられない。だから、再婚を渋々認めることにした」
変な間が空いた。誰も、驚いて言葉を発しない。
「はぁ~~?? 渋々認めることにしたって、あんた、クリスタルの父親にでもなったつもり?」
ハイドリア様が、げんなりした表情をした。
「そもそも、あなた、クリスタルの何者でもないじゃない。告白すらできないチキンのくせに」
アスピリア様の言葉は的確だが、鋭すぎる。
「『クリスタルの願いが叶えられない』って、何考えているんだ?あれだけ、嫌われるようなことしておいてさ。どの口が言ってんだよ」
ブロンテ様が、自分の腕を擦っている。鳥肌でも立ったのか。
「何というか、かっこ悪いというか、お前、やばいぞ」
ゲオテオス様も、さすがにあきれ顔だ。
「ノクターンよ、しっかり、フラマを監督しろよ。お前だけだ。あんなアホなフラマに寄り添えるのは」
ゼフィロスがノクターンを冷たい視線で睨みつける。
「あなた、私のことが好きだったって、さっき言ったわよね?」
クリスタル様が、フラマの前に近寄ってきた。もうすぐ、鼻と鼻がくっつくぐらいに近づいてきた。
「今度、私の愛すべき子を泣かしたら、絶対に許さないから。だから罪滅ぼしの代わりに私の娘を守りなさい!!! 分かったわね」
冷たく怖い顔と、ドスの効いた声でフラマに念押しをした。
しかし、なぜかフラマの頬が赤く染まっていた。
「……しょうがねーな、分かったよ。クリスタル」
(なんでそこで、頬をあからめているのよ!?)
《パン、パン!!》ガイア女神が手を叩く。
「さあ、そろそろこの辺でお開きにしましょうか。私たちはこれで、失礼するわ。芹奈、頑張って、『セレーナ・クレメント』の人生を生き延びるのよ」
ガイア女神が、光を放ちながら、杖をクルクルと回すと、杖を地面にカツンと突いた。すると、ガイア女神と三人の師匠は、ゆらゆらと蜃気楼のように揺らめいて、跡形もなく消えていった。
「じゃあ、とりあえず解決したことだし、そろそろこの世界の冬を止めてくれないか」
ゲオテルス様がクリスタル様に頼んだ。
「ごめんなさいね。今、氷を解かすから」
クリスタルは、白い杖を取り出すと、天を指した。
「慟哭の冬よ。此度、終焉を迎えんとする。悲哀の雪は光に満ちて空へ舞い、命水となりて、大地を潤せ!《春迎昇華》」
クリスタル様を中心に生ぬるい風が吹いた。すると、円柱状に空気が上空へ流れ、厚くおおわれていた灰色の雪雲に穴が空いた。その穴を中心に四方八方へと、雪雲が退散していき、空には雲一つ消えていた。
精霊界の空は、黄緑と水色と淡い黄色のパステルカラーで彩られていて、爽やかで美しい空だ。
私の足元がぐらりと動き、思わずシルフリードの腕を掴んだ。下を見ると、平らな雪の上に、ポコポコと雪の玉が無数に現れ、上へ上へと上昇していった。辺り一面雪が空へ昇っていき、まるで逆再生の世界に迷い込んだかのよう。
みんなで、その雪玉を空まで見送ると、大空の一面を覆いつくすような水の塊が上空に浮かんでいた。この情景にたくさんの精霊たちは大きな拍手をして、踊り歌った。上空の水が限界まで溜まった時、クリスタル様は高らかと声をあげた。
「解散!!!」
上空の水溜まりは、幾つもの波紋を広げ、空から優しい小雨が降ってきた。
枯れた木には若葉が芽吹き、硬くなった地面には草が芽生え、ぐんぐん伸びている。まるでタイムラプスでもしてるかのように成長すると、辺り一帯に色とりどりの花を咲かせた。私たちが立っている山の高原には、春が来たような景色が広がっていた。
「冬から一気に春が来たみたい」
「これが、いつもの精霊界なんだよ」
「やれやれ、私たちは工場へ帰るよ」
アトロポス様とケラシス様とクロートー様は、瞬間移動で精霊界を後にした。
「アトロポス様、ケラシス様、クロートー様、本当にありがとうございました!!」
私は運命の三女神にお礼を言った。
「じゃあ、あたしたちも帰りましょうか。セレーナちゃん、シルフリード、厄介な二人だけど、よろしくお願いしますね」
アスピリア様が、私に声をかけてくださった。
「フルーランにも教育係を任命させるから、心配しないでね」
ハイドリア様は、可愛くウィンクをした。さすが、フルーランの大精霊様。少し系統が似ているな。
「悪魔になんか負けんなよ。応援してるからな。良かったら、土の精霊とも契約してくれよな」
ゲオテオス様が親指を立てる。
「いやいや、そこは、雷の精霊と契約してくれよな」
ブロンテ様が同じように親指を立てる。
「シルフリード、契約を解除したければ、一度風の砦に戻ってこい」
「ゼフィロス様、ありがとうございます。でも俺は、最後までセレーナと一緒にいますから」
シルフリードの言葉に胸が熱くなった。
最後までっていう事は、私とずっといてくれるの?
「それじゃあね、頑張って生き残るのよ!」
五人の大精霊は、大空へと飛び立った。私たちは、大きく手を振って姿が見えなくなるまで見送った。
「セレーナ!」
声の方へ振り向くと、クリスタル様が白銀の髪をなびかせて、私に微笑みかけてくれた。まるで、春の女神のように、柔らかく、温かで、美しかった。
「セレーナ、私ね、引継ぎが終わって、大精霊を辞めたら、あなたの村へ遊びに行くわ」
「あっ、でも、その時にはもう村にはいないかもしれません。私、レンお爺ちゃんと一緒に暮らそうと思っているので。でも、返事はまだなんですけど……」
すると、クリスタル様の顔色が、ぱあっと明るくなった。
「私ね、レンと暮らそうかと思っていたところなの。もしかして、セレーナちゃんと暮らせるのかしら。そうだったらいいのになぁ~~」
機嫌の良くなったクリスタルを見て、私は勇気を出して、言ってみることにした。
「あの、クリスタル様……唐突なのですが、……私と一度ハグをしてもらえませんでしょうか?」
一瞬目を大きく開いたクリスタルだが、野ばらのようにふわりと微笑んで、私を抱きしめてくれた。
私の中にリリアの感情が沸き起こっている。それは、やっと会えた喜びと甘えたかった気持ち。それは、かつてエドガーに向けた感情と似ていた。
「私に、『リリア』の気持ちが伝わります。やっと会えた、やっと触れられた、お母さんの匂いを感じることが出来た喜びに溢れています。ずっとずっと長い年月をかけて、この日を待ち望んでいた」
「リリア……ごめんね。私もリリアに会いたかった」
「お母さん……お母さん大好き……」
「うっ……リリア……ううっ……」
クリスタル様の涙が落ち着くまで、私はクリスタル様のそばを離れなかった。
❇❇❇❇
私とヘルメスとリュークと精霊たち3人は、クリスタル様と精霊界で別れたあと、再び、幽界へと戻ってきた。そして、連れて行かれたのは、南端にある雲の出島のような所へやってきた。
そこには、遺跡のような大きな柱が左右に2本立っており、真ん中には、白木の小さな祠、そして、その下には、鉄製のマンホールのような蓋がそこにあった。ここは、誰一人いなくて、ほかの場所とは違い、とても静すぎる場所だ。
「ここはさ、君みたいに、幽体離脱した人たちは、元の体に戻るときに通る穴だよ」
「えっ!? この穴に入るのですか?」
ヘルメスが祠の扉を開けると、プッシュフォンみたいに1から9までの数字が並んでいた。ヘルメスが数字を入力すると、カタンとマンホールの蓋の開く音が聞こえた。
リュークが、そのマンホールの蓋のようなものをゆっくり持ち上げて開けた。
「ここから落ちると、セレーナちゃんの幽体は元の体に戻れるよ」
その穴からは、生ぬるい風が絶えずビュービューと音を立てて吹き出ている。気になって、少し覗いてみると、底の見えない真っ暗な穴に、私の足はガクガクと震えた。
「これは……結構な深さで……。シルフリードも一緒に?」
「いいや、君1人でだよ」
「うっ……かなり勇気いるな〜〜。落ちるって、しかも幅も狭いし……。」
「ウォータースライダーと思えばいいよ。もう一度、穴をのぞいてごらんよ」
これは、ウォータースライダーどころじゃないだろう!! と心の中でツッコミを入れる。
みんなの圧が強すぎて、しぶしぶ、もう一度、真っ暗な穴を覗いてみた。
「ごめん!!セレーナちゃん」
「うわっ!!」
いきなり強い力で後ろから突き落とされて、頭から穴にスコーンと落ちてしまった。
「ぴゃあぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
真っ暗な穴の中で真っ逆さまに落ちながら、叫び続けるしかなかった。




