第五十一話 ガイア女神登場
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――一瞬天上から、一筋の光線が走った。
あまりにも光線が眩しくて、ぎゅっと目を閉じると女性のたおやかな声が聞こえた。
「まったくこんなことになるなんて……」
目を開けると、目の前に白いフードの老人が3人と、まるで小麦が風で揺らめいたような美しい髪の女性が姿を現した。夕焼け色の瞳はとても美しく、じっと見ていると吸いこまれそうだ。これほどまでに上品で優美な顔立ちは、今まで見たことがない。
その女性は一般の女性よりも大きく、優に2メートルを超えている。美しいシャンパンゴールドの上質なキトンを華麗に纏い、神々しいオーラに溢れていた。
その女性が現れたことで、吹雪の竜巻は徐々に小さくなり、クリスタルが姿を現した。
完璧な美を極めたその手で、自身の胸元に触れた。神聖な光が胸から溢れると、その光の結晶が宙を舞って結合し、瞬く間に背丈ほどある黄金色の杖へと変化を遂げた。女性はその杖を両手で持つと、一度天を仰いでから、杖先を2人の大精霊に向けた。その所作はあまりにも格式高く、私は感動すら覚えた。
《剣傷領域回帰》
詠唱なしで放たれた光の領域は、プロックスとスコティオスを大きく包み込んだ。光の領域の中で時が遡り、体から数本の剣が抜かれていく。雪の上に飛び散った血液は、ふわりと宙を舞い、凝集しながら、傷口へと吸い込まれていく。私の『剣傷領域回帰』よりも、明らかにスピードと規模が違う。あっという間に、二人の傷は跡形もなく消えていった。
「プロックス、スコティオス。あなた方は私の失敗作よ。特に、火と闇の師であるあなた方二人。この責任は重いわよ。そこの二人がやらかしたせいで、運命の三女神に随分と怒られたわ」
白いフードを付けた二人は、何も言わずに、深々と頭を下げる。背中には『火』と『闇』という古代文字が書かれていた。
アスピリアは私の耳元に小声で声をかけてきた。
「あの女神さまがガイア女神よ。この精霊界を創世した女神様なの。その白いフードを被っているのは精霊界のお師匠様よ。それぞれ属性の紋章が背中についているでしょ?」
魔法陣の中に古代文字が書かれている、火・闇・氷。3人のお師匠様が、ガイア様から呼び出しを受けたのか。
(そういえば、以前フルーランが紋章の話をしたとき、契約者のハイエルフが魔法陣と文字の組み合わせの紋章を作ったって言っていたな。そのアイデアをガイア女神さまが採用したとか)
「失礼ながら、ガイア様。わたくし、今日かぎりで氷の大精霊を辞めさせてもらいます。そこにいる二人の顔など見たくありません」
氷の師匠はビクンと肩が揺れた。
「ふぅ~~、その話はあと。まずは呪いから解いてもらいなさい。分かったわね」
たおやかで、かつ力強い声で言われると、クリスタルも従わざるを得ない。ガイア女神の声には不思議な魔力があるみたいだ。
スコティオスの体を縛った光の縄は解かれると、スコティオスはクリスタルの目の前までやってきた。
「すまない、クリスタル。《不遇夭折の呪い》を解くから」
「スコティオス。随分と酷い呪いをかけてくれたわね」
クリスタルは睨みつける。
「……ごめん。そのことについて本当に謝るよ」
「さっさと解除して」
スコティオスは両手を前に突き出すと、闇の魔力を手のひらに凝縮させた。
「氷の精霊クリスタルにかかる【不遇夭折の呪い】を解約する。設定第一子。呪い解放」
クリスタルの真上に大きな魔法陣が現れた。魔法陣は立方体で、一面につき、縦横9つのマス目がある。そのマス目は、一つずつ古代文字が書かれていた。魔法陣が発動すると、ガシャン、ガシャンと音をならしながら、ルービックキューブのように上へ横へと回りだした。
しばらくして、立方体の動きが止まった。今度は古代文字が青白く光りだす。マス目から古代文字が浮遊し、ふわふわと文字同士が連結し始めた。どうやら呪文のようだ。古代文字はやがて輪になって、ゆっくりとクリスタルを取り囲んだ。
《ガシャーーン!!!》
ガラスが割れたような音がした。同時に古代文字も、立方体の魔法陣も弾けるように崩れだした。後はチリチリと舞う灰となり、風に吹かれ、目の前から消え去った。
「さあ、これで終わったよ。あの子は、来世からは、余命通りに生きられるから安心して」
スコティオスは一仕事終えたような表情をした。
「ん?」
「えっ、何?」
たまらず、私はスコティオスに質問をする。
「今、来世から、普通に余命通りに生きられるって言ったよね? じゃあ今世はどうなるのよ」
「……あのさ、ごめん。今世までは、呪いは続くから」
思わず、膝から崩れ落ち、目の前が真っ暗になった。
「ちょっと!! 私、呪いが今世で解けると期待していたのに~~!! ねぇ、私、二回も死にそうになったのよ? スコティオス、あなた一度死んでみたら? 『死』ってね、すごく痛かったし、苦しかったし、不安だし、とても怖いものなの。今後の悪魔退治の天命で、あと六体の悪魔と対峙しなければならないのに、呪いが解除ができなかったら、死ぬ確率がものすごく上がるじゃない!! あっ~~~嫌だ、嫌だ、嫌だ!! 私は普通に大人になって、穏やかに暮らしたいだけなのに。ねぇ、私が、あなた達に何かした? これ、何の罰を受けているの? ねえ、答えなさいよ、スコティオス、プロックス!!!」
私は募る怒りを一気に爆発させた。
私の興奮具合に、5人の精霊たちは唖然とした顔で見つめている。今まで大人しかった私が爆発したものだから、驚いているのだろう。
「コラ、一応、大精霊だぞ、呼び捨てにするな!!」
スコティオスがカッとなった。
「うるさい!! こんな陰湿な呪いをかけるあなた達には、名前で十分よ」
遠慮なく捲し立てる私に、プロックスとスコティオスは度肝を抜いた様子だ。
「うわぁ~~、セレーナちゃん、初めてあった時よりも、随分と感情を爆発させて、怒ることができるようになったね」
リュークは感動した目で話に割って入ってきた。
「えっ、リュークさん。それって、嫌みですか?」
ギロリと私はリュークを睨む。
「違う、違う、君の心が随分と柔らかくなったということさ。健全な少女になったというか、情緒が豊かになってきている。今のは『怒る』のが普通なんだよ」
――言われてみれば、そんな気がする。前世と違う。怒りを我慢していない。言いたいを口にして言っている。でも、なんで今それ言うの? リュークのせいで、怒りが半減したじゃない。
《あれ、なんだ!? 上からなんか降ってくるぞ》
シルフリードの言葉で、視線を上空へ向けると、三つの眩い光が精霊界の地上へ降りてきた。
「――ふぅ~~、良かった。間に合った、間に合った」
「だって、ケラシスお姉さまが服選びに時間をかけるから……」
「おだまり、クロートー、あんたのお風呂が長かったせいでしょうが!!」
場違いな三人がここにいる。
「おや、珍しいですね、運命の三女神がこの精霊界へ足を運ぶとは」
ヘルメスが声をかけると、クロートー様の目がハートマークになった。
「だって、久しぶりにガイア女神様に会うしぃ~、それにヘルメス様にもお会いしたかったしぃ~」
「クロートー。その口を今は閉じておくれ。真面目なシーンなんだ」
アトロポス様がピシャリと言い放つ。
「さて、セレーナ。私たちはね、ガイア女神に頼まれてきたんだよ」
「頼まれて?」
ガイア女神は一呼吸すると、私に向かって話し始めた。
「セレーナ、いいえ、芹奈がいいかしら? あなたには、謝っても謝り切れないぐらいだわ。この二人の精霊の身勝手な行動で、何の落ち度のないあなたに【不遇夭折の呪い】という、極めて残酷な呪いをかけてしまいました。芹奈の人生も含め、6回も不遇な環境で育てられ、苦痛に満ちた人生を送り、不幸な死を遂げてしまった。しかも、余命をたくさん残して。わたくし、責任者としてあなたにお詫び申し上げます」
神々しいあのガイア女神が、直々に私に向かって頭を下げた。私はいたたまれず、慌てふためいた。
「お顔を上げてください、ガイア様。あなた様は悪くないじゃないですか。悪いのはエロスと、この二人なんだし」
「いいえ、わたくしの監督不行き届きだわ。厳正なる処分を下すつもりです。でも、その前にあなたに選択肢を与えたいと思います。エロス様の処遇に関しては、ゼウス様にお任せしてありますので」
「では、私に選択肢とは何ですか?」
ガイア女神はすっと姿勢を戻すと、三女神の方へ歩き出した。
アトロポス様は、空間の歪みに手を突っ込み、『人型の糸巻』を取り出した。そして、もう一つ、ちょうど水晶ぐらいの透明なガラス玉を手に持っていた。アトロポス様は、その二つをガイア女神に手渡した。
「今、あなたの肉体は仮死状態です。今なら、新たな人生がやり直せる」
意外な言葉に私は体がビクンと動いた。
「……新たな、人生ですか?」
アトロポス様が、私の所へやってきた。そして私の両手を握りしめる。
「いいかい、たった今、スコティオスの【不遇夭折の呪い】は、解除された。来世では呪いに怯えることはない。それどころか、溜まっていた「人生6回分の幸福」と使ってない余命を受け取る義務がある。いいかい、これは、私たちからのお詫びの印なんだ。セレーナの人生を終いにして、まっさらな魂に生まれ変わり、来世を幸せに暮らしなさい」
「えっ、でも、悪魔退治はどうなるの? クローデン星は、まだ悪魔に狙われるのでしょ?」
すると、クロートー様が、私に駆け寄ってきた。
「大丈夫よ、あなたの転生先は、悪魔の影響がでない地球だから。奴らは、ゼウス様が所有している八つの星が欲しいだけ。地球はね、いろんな神が祭られているから、どの星よりもガードが堅いの。奴らは地球には手を出さないから安心して」
ケラシス様も、私の所にやってきた。
「家庭運、友達運、恋愛運、金運、健康運、仕事運、助力運、交通運、悪運回避すべてそろえておくわ。だって、あなたはずっと幸運を受け取れていなかったんですもの。その分みんなに愛されて暮らせるわ。これ以上の幸福はないわよ」
「でも、私が死ぬと、シルフリードが消滅してしまう」
すると、後ろからゼフィロス様が、話に加わった。
「心配するな。【名付けの契約】はここで解除できるし、シルフリードは当分私が面倒を見る。だから偏見にもさらされないであろう」
「芹奈、これは、強制ではありません。あくまで選択です。あなたがお決めなさい」
ガイア女神は、慈愛に満ちた表情でこちらをじっと見つめてきた。




