第五十話 氷の大精霊 クリスタル
誤字脱字がありましたら、随時修正して、再編集します。誤字脱字報告も受け付けています。
★今回約6000文字と長めです。
急に辺りが真っ白になり、視界が悪くなった。叩きつける吹雪が私たちを襲う。すぐさま、ゼフィロス様が私たちの前に【風防御】を張り巡らせた。
「ひいおばあちゃんですか? 私です。セレーナ・クレメントです!! どうか姿をみせてくれませんか?」
すると、嘘のようにぴたりと吹雪がやんだ。
「……セレーナ? 私のリリア? 本当にあなたなのね?」
辺り一面、真っ白な新雪の中、少し離れた場所に、銀糸をさらりとなびかせたような長髪の美しい女性が、そこに佇んでいた。純白のドレスに銀糸のレース編みのストールを肩に巻いている。儚げな表情、アイスブルーに輝く瞳。
その姿を見て、自然と涙があふれた。すると突然、全身に強い電気が走り、あまりの痛さに、思わず膝をついた。
―――私の頭の中に、とある映像が流れ込んできた。
****
《リリアの記憶》
――ここは、薄暗い石畳の牢屋。汚れていて、カビ臭く、ネズミが出てきそうな不衛生な牢屋。そこに、小枝のようにやせ細った小さな女の子が木箱の台に登って、小さな鉄格子から外をじっと見つめていた。
その女の子の服はボロ雑巾のように薄汚れていて、折角の綺麗な白銀の髪もボサボサだ。奴隷の子だろうか。ふくらはぎには何度も叩かれたようなミミズ腫れの傷がある。ここで虐待でもされているのか?
女の子の視線の先が気になって、私も一緒に覗いてみる。
外は地面すれすれの世界。ここの牢屋は半地下にあるのか。その先にバラ園があり、ヨーロッパ風の東屋のようなところで、複数の侍女たちとクリスタルが座っていた。にこやかに笑うクリスタルは、とても美しくて、眩しすぎるほどだ。まるで天界の女神のよう。
向かい合って座っているのが、その場に相応しくない、黒い服を着た地味な女性。お茶会でもしているのだろうか。
「リリアは、元気にしているかしら?」
「ええ、それはもちろん。お元気にすくすくとお過ごしになられていますよ」
「わたくし、一目でもリリアに会いたいのだけど……」
「いいえ、クリスタル王子妃様、また躾がなっておりませぬ。幼児の躾は私、プロでございます。きちんとしたテーブルマナーや、礼儀作法を身につけた上で、お会いすることができます。しばしの我慢をお許しください」
「そうなの……」
「リリアお嬢様は、とても利発で、心優しいお子様でございます。わたくしも教えがいがあるというものでございます。奥様に似て、大変愛くるしいお子様でございますね」
「ふふふっ、この間、私が作ったクッキーは喜んで食べてくれたかしら? 侍女と一緒に作ったのよ!」
「はい、リリアお嬢様は、それは大喜びでクッキーをおやつにいただきましたよ。お母さまが大好きとおっしゃっておりました」
「うそつき、わたし、もらってない。あのひと、うそつき」
その奴隷の子はそう呟いて、涙を浮かべていた。
「でも、いいんだ。きょうは、とくべつにきれいなおかあさまが、みれたから。また、いつみれるかわからないから、しっかり、みておかなきゃ」
(お母さま? クリスタルがお母さまってことは、この子がリリア?)
「いつ、あえるかなぁ~。もしもあえたら、なにをはなそうか……。はやく、おかあさまにあいたいなぁ~。あのきれいなおててにさわりたい。あのてで、ギュッとしてほしい……。でも、わたし、きたないから、いやっていわれたら、どうしよう。でも……」
リリアは鉄格子の間から、小さな手を伸ばした。
暗い牢屋の中からそっと差し出す小さな手を、クリスタルは気づくはずもない。クリスタルが遠くに感じる。
「おかあさま……」
「……大丈夫、きっと、いつか会える日が来るから」
私の声はリリアには届かない。
――場面は変わって、子供部屋とは思えない簡素な部屋に、テーブルとイスのみ。そこに、リリアがちょこんと座っていた。
すると、ドアのむこうから、黒い服の女が入ってきた。後ろには若い侍女が慣れない手つきで配膳ワゴンを押してきた。
ワゴンには、木の実のクッキーが沢山盛られた皿と一杯の水が運ばれてきた。
「クリスタル王子妃様から、リリアお嬢様へプレゼントだそうですよ」
黒い服の女はにやりと笑った。
「あなた、うそつき、しんじられない!!」
「本当ですよ。なんだったら、わたくしが食べて見ましょうか?」
黒い服の女はクッキーを一つ摘まむと、サクサクと音を立てて美味しそうに食べた。
「ほら、早く、お食べにならないと、わたくしが全部食べますよ」
リリアは、お腹が空いていた。昨日から水しか与えられていなかった。
「これ、ほんとうに、おかあさまから?」
「ええ、本当ですよ」
リリアは手を伸ばして、クッキーをかじった。甘かったのだろか。リリアは狂ったように、クッキーを食べ続けた。
4つ目のクッキーを取ろうとしたとき、リリアに異変が起こった。
顔が青ざめ、口に入れたクッキーを吐いた。そして、喉を抑えて、ばたんと床に倒れてしまった。
「ごほっ……、ごほっ、……ごぼっん!!!」
リリアが吐血をした。何も知らない若い侍女は大きな悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞いて、宮廷警備の兵士が駆けつける。
黒い服の女は堂々と言い放った。
「この侍女がリリア様に毒を盛ったわ、この女を早く切り捨てなさい!!!」
「いやあぁぁぁぁーーーーー!!!!」
言われた通りに、宮廷警備の兵士は若い侍女をばさりと斬り殺した。
リリアは床に倒れたまま、ギロリと黒服の女を睨んだ。
「うそ……つ……き……」
****
気が付けば、私は、ヘルメスの腕の中にいた。私の周りは、大精霊様たちに囲まれていた。
「君、大丈夫かい? とても苦痛に満ちた顔をしているよ。すでに君は幽体だから、痛覚はないはずなんだが……」
「……これは、記憶の痛みです。リリアの記憶の映像が頭の中に飛び込んできました。倒れてどのぐらい時間が経ちましたか?」
「いや、倒れて、5分も経っていないが……」
私は視線をクリスタル様に目を向けた。忘れないうちに伝えなくては。
「リリアは暗くて冷たい牢屋の中で、あなたと会えるのをずっと楽しみにしていました」
クリスタル様の表情が一気に青ざめる。
私はヘルメスに支えられて立ち上がった。
「わたくし、ヘルメスから事情を聴きました。リリアが虐待されていたそうですね。後からその話を聞いて、とても胸が苦しくて、苦しくて。あの乳母を殺したくても、とっくに死んでしまっているし。冥府で裁判にかけられ、罰を受けただろうけど、この怒りと悲しみをどこへぶつければいいのか……」
顔を伏せるクリスタル様に私は尚更、このことを伝えないといけないと思った。
「私のなかにリリアの記憶が流れ込んできました。東屋でお茶会をしているあなたを、半地下の牢屋の小さな鉄格子から、リリアはじっと見つめていました。あなたに会ったら、なんて話しかけたらいいのか、綺麗なその手に触れたい、その手で抱きしめられたいと。でも自分は汚いから、近寄るなと言われたらどうしようとか、独り言をつぶやいていました」
それを聞いた、クリスタル様は力が抜け、膝から崩れ落ちた。両手で顔を隠し、悲痛な声で嗚咽を漏らした。
「リリアは、あなたの美しい姿を片時も忘れないように、じっと見つめていました。いつかあなたに会えることが、リリアの希望だったのです」
クリスタル様の嗚咽が少し治まると、私の方をちらりと見た。
「わたくしが、希望? リリアは会いに来ないわたくしを恨んではいなかったの?」
私は頷いた。
「リリアの体は、小さく小枝のように痩せ細り、粗末な衣服を身に着け、手足には痛々しい傷が多かった。それでも、リリアがあの乳母に抗い、瞳に僅かな生気を宿していたのは、ずっと、あなたに会える希望を捨てていなかったからだと思います」
「実は、私、あの子の葬式に立ち会えなかったの。あの子が死んだのは、私の監督不行き届きだとか言われて、国王に罵倒されたのよ。その時も、王子は私を助けてくれず、ずっと側妃の側に寄り添っていた。私一人、地獄に突き落とされた気分だったわ。あの子に会えないまま、お墓にも行けずじまいで」
クリスタル様は拳を震わせ、自分の太ももを強く叩いた。
「同じ城にいたはずなのに、親であるわたくしが、我が子の危機に気づけないなんて……。それなのに呑気にお茶なんか飲んだりして……。あんな乳母の言うことなんて聞かないで、自分から早く会いに行けば、こんなことにはならなかったのに……。わたくしは、リリアに謝っても、謝りきれないわ……こんなお母様をどうか許して……どうか……」
クリスタル様は、自分の体を抱きしめた。アイスブルーの瞳から涙がどんどん溢れ出る。その涙は、すぐに結晶へと変わり、サラリと風に飛んでいった。
他の5人の大精霊も悲痛な面持ちで、クリスタルを見守っている。
「リリアは、あなたに悲しんでほしくないと思います。あなたはリリアにとって心の光になっていたのですから。それだけでも十分です。あの、もし、できれば……私をリリアの代わりに抱きしめてくれませんか?」
私は両手を広げた。それを見たクリスタル様は、はっとした様子だった。しかし、すぐに目を伏せる。
「……わたくし、今更あなたに顔向けできませんわ。わたくしのせいで今までの人生、すべて酷い目に遭い続けたのですから……」
その悲しい声が、私の胸を締め付けていた。
「それは、あなたのせいではありません。あなたは全く非がないんですから。全ての元凶は、あの森で下手くそな矢を放ったエロス様なのです」
プロックスとスコティオス以外の大精霊5人は目を丸くして、息を呑んだ。
「エロス様って……じゃあ、あの時、あなたから王子様に一目ぼれしたわけじゃなかったのね!?」
アスピリア様は、クリスタル様に問いかけた。
クリスタル様は目を擦り、立ち上がった。
「ヘルメスから、その真実を聞いて衝撃を受けたわ。でもね、たとえ事故で出会ったとしても、出会った瞬間、一番幸せだったの。愛するということをはじめて知ったのだから」
クリスタル様は、遠くで憂いた目で、私を見つめている。
「あなたが、三歳でこの世を去ったのは、心にぽっかり大きな穴が空いたようで、とてもショックだったわ。何をしても、生まれたばかりのリリアを思い出すばかり。城にずっと居たって、つらいだけだった。だから何も言わずに出て行ったの」
光の縄で縛られているスコティオスは膝が崩れ落ち、そして深いため息をついた。罪悪感なのだろうか。だったら、呪いなんかかけなければ、よかったのに。プロックスの言われるまま動いた罰だ。
「でも、それはすべてエロス様とそこにいる二人のせいだと聞いて、少しほっとした部分もあったのよ」
「なぜ、ほっとしたんだ? 意味が分からない」
ゲオテルス様が、腕組みをして難しい顔をした。
「エロス様の矢のせいで彼に嫌われたのなら、それは彼自身が決めたことではないじゃない? もしかしてずっと、わたくしのことを愛してくれていたのかもしれない。そう思うとね、ずっと抱えていた心の重石が半分取れた気がしたの。ただ、私が気にしていることは一つだけ――」
クリスタルがパッと両手を天に掲げると、クリスタルの体から猛烈な吹雪が一気に吹き出した。その吹雪は渦を巻き、次第に竜巻となって、どんどん巨大化していった。辺りは真っ白になり、視界が悪い。クリスタルの姿がまったく見えなくなった。
「うわっ!!」
私は、吹雪に煽られ、しりもちをついた。
「セレーナちゃん、大丈夫!!」
リュークが私を支え起こしてくれた。
「まったく、面倒な」
ゼフィロス様が 小さく愚痴ると【風の結界】を展開させた。ドーム型の結界は吹雪の脅威から私たちを守ってくれた。
《――そこの二人。誰の思い付きで私の娘にこんな呪いをかけた?》
上空から響くような声で、はっきりと聞こえた。怒りのオーラが辺りに満ち溢れている。雪雲は更に厚みを増し、黒くなりはじめた。上空には無数の巨大結晶が現れた。
《セレーナが魔力暴走の時に見せたやつと同じだ!》
シルフリードが叫んだ。
「やばいわよ、セレーナちゃん。クリスタルは滅多に怒らない子なんだけど、怒らしたら、物凄く恐ろしい子なのよ」
さっきまで、おっとりとしたアスピリア様が、早口で喋ってる。ハイドリア様は、怖がってアスピリア様に掴まっていた。
「やばいって、あれ、本気だってばよ!!」
ブロンテ様が、ゲオテルス様の後ろへ隠れた。
「おい、ブロンテ。俺の背中にくっつくなよ。それより、こいつを前に突き出そう」
ゲオテルス様は、縛られているプロックスの首根っこを捕まえて、風結界の外へ放り投げた。
「この陰湿な奴も忘れるな」
ゼフィロス様が、スコティオスを風操作で風結界の外へ追いやる。
すると、二人が立っている場所で地響きが起った。積雪がせり上がり、巨大な氷の柱が現れた。二人は氷の柱の上に取り残される。
複数の超巨大結晶から氷の剣がずるりと姿を現した。縛られた二人は、たちまち氷の剣に囲まれた。
「早く言え、この外道なことを思いついたのは一体誰だ!! さもなくば氷の剣の餌食にしてやるわ!!」
クリスタル様の、怒りの声が腹の底に響くぐらい、恐ろしかった。
「……実際、呪いをかけたのは俺だ。だが、さっさと殺そうと言ったのはプロックスだ。だが、精霊は私的な理由で特定の人を殺してはいけない決まりがある。定めに則った自然災害か、あるいは契約者に命令されるなら、簡単に人を殺せるがな。それなら、いっそ呪いのほうがいいだろうという話になった」
衝撃的なスコティオスの告白に、他の五人の大精霊たちは黙り込んだ。
「先に殺そうと言ったのは、プロックスなんだな?」
「ああ、そうだ」
ヘルメスが話に割り込んできた。
「よく聞いて下さい。スコッティオス様がかけた呪いは転生後、何度も繰り返し、今もなお続いている。今日は呪いの解除をするために、セレーナをここまで連れてきたんだ」
「クリスタル。許して欲しいなんて、言わないから、せめて呪いを解かせてくれ。この呪いはクリスタルにかけたから、クリスタルがいないと解除できないんだ」
必死に懇願するスコティオス。対してプロックスは平然とした顔をしてそこに立っているだけだった。
「おい、プロックスも何か言えよ。謝罪する気あるのか?」
ゲオテルス様が、声をかける。
「俺はよ、ただ人間の遺伝子が入った子供をクリスタルの側に置いてはいけないと思ったから、殺そうと考えた。俺なりの優しさだったんだ。俺は人間が嫌いなだけで、クリスタルが憎くてやったのではないことを分かって欲しい」
その言葉を聞いたクリスタル様の表情が一変した。
「また、あんたなのね。プロックス。昔から、私に嫌な事ばかりしかけてきて。私のすることにいちいち口出しをしては、干渉してくる。俺なりの優しさ? 私の愛しい子供を呪い殺して、ふざけるのも大概にしなさいよ」
《ザンッ!!!》
無数の鋭い氷の剣がプロックスとスコティオスを一気に貫いた。光の縄に縛られた二人は力を発揮することができない。複数の剣に串刺しにされた二人の身体は血まみれになり、二人とも膝をついた。真っ白な氷の柱に真っ赤な血が大量に飛び散って、凄惨な状況だ。
あまりに酷い惨状に、私は怖くなって目を背けた。
スコティオスは、うめき声をあげている。
「はははははっ……俺は、俺はお前に殺されるなら、本望だ」
プロックスはなぜか笑っていた。その笑い方はなぜか悲痛な叫びにしか聞こえなかった。
「あのバカ、本当にどこまで不器用なのかしら」
アスピリア様が、悲しい顔で呟いた。
明日の夜、22時10分に投稿します。




