第四十三話 ただ見守るしかない
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私とシルフリード、それに治癒師のカノンさんと自警団の団長ハドソンさんとジークさんの5人で倒木した木の陰に隠れて、お父さんたちの戦いを見守ることにした。ここは、お父さんがいる位置よりも高い傾斜なので、離れていても見えやすい。
「今動いたら、邪魔になる。タイミングを見極めるんだ」
ハドソンさんが奥歯を噛みしめているのが分かる。本当なら今すぐ加勢したい。でもそれがかえって邪魔になることもある。
「あんな、気迫のあるエドさんみたことないぜ。いつもは、余裕な感じなのに」
ジークさんが真剣な顔で見入っている。
ベルゼブブが、空間から禍々しい黒い剣を取り出すのが見えた。
お父さんが剣とバックルで身構えている。
「アイツ、剣も使うんだな。格闘タイプだと思ったのに」
シルフリードが呟いた。
ベルゼブブが大きな剣を振り回し、お父さんに飛び掛かる。しかし、お父さんはさらりと躱し、難なくベルゼブブの右腕を斬った。
「アイツの悲鳴が聞こえる。あれ? あんなにあっさり斬られて……。しかも、斬れたところから火が吹いているし。もっと強くなかったっけ?」
シルフリードは、ため息をついて私を見た。
「お前が、命がけで奴の戦闘能力を半減させたんだ。上半身凍らせたんだろ? 多分、奴の両手は使い物にならない。あの技も使えないはず」
「本当にあの技が使えないならいいんだけど」
お父さんの剣から炎が一直線に噴き出したかと思えば、大蛇のような動きで、ベルゼブブに迫った。
「おっ、エドさん、あんな技持っているのか!! そういえば、魔物退治のときだって火の攻撃なんか見たことなかったな。なんで、今まで隠していたんだろう」
ジークさんが、不思議そうに自分のあごひげを触る。考える時の癖だろうか。
「さあな、エドガーたちは夜逃げでもしたかのように、この村にやって来てたもんな。事情があるんだろう。俺も深くは詮索しなかった。でもな、俺は今で二回目だ。昔、王都の武道大会でエドガーが火の大蛇みたいな攻撃をしたのを見て度肝を抜いたぜ」
団長は、お父さんの事をこの村に来る前から知っていたのか。
「見ろよ、あの大技が出なくて、アイツたじろいでいるぞ」
シルフリードはにやりと笑った。
ベルゼブブがまたあの黒いオーラを出して、火の大蛇を潰しにかかった。
「あぁ、まただ。あの黒いオーラ。あいつを追い詰めたときも、あの黒いオーラが火を包み込んだ」
「ねえ、シルフリード。あの黒いオーラも光属性が苦手なのよ。火の属性だけじゃ、倒せない」
「今度、黒いオーラが邪魔するときは、ここから光の攻撃を仕掛けよう」
私たちは互いに頷いた。
「本当に君たちは凄いですね。僕もわずかながら光属性持ちなのですが、桁が違いすぎます。本当に凄すぎます」
治癒師のカノンさんは、キラキラな目でこちらを見ている。
「でも、私、もうほとんど戦力にならないから、もしもの時は治療をお願いしますね」
「おい、おい、セレーナちゃん。お父さんの本気を見なよ。あれは、滅多にみられるもんじゃないぞ」
ジークさんに言われ視線を戻すと、お父さんを中心に炎の魔動波が波紋のように一気に広がった。熱が発生しているせいで、周りが赤いオーラで揺らめいているのが分かる。左手に赤黒い剣がゆっくりと現れた。それを一振りすると、熱波で周りの牧草が燃えだした。
「何あれ、いつものお父さんじゃない。別人みたい」
「リミッター外しだ」
ハドソンさんがぼそりと答える。
「リミッター外しって何ですか?」
「普通、人の体は魔素を吸って、それを魔力に変換する。魔法として魔力を外に出す以外にも、魔力は生命活動を活性化するために、体の『元気の素』として代謝されている。だから、体の隅々にまで魔力腺が張りめぐらされているんだ。しかし、戦いなどで魔力を過剰に外へ出し過ぎると、今度は体の防御反応がでる。体内に少しでも魔力を残そうと、魔力臓器は活動低下し、末端の魔力腺が収縮する。それが、リミッターだ。それを強靭な精神力でコントロールし、取り除くのが『リミッター外し』だ」
「知らなかった。そんなことできるんですか?」
「つまり、自分の限界を突破するため、体の防御力を捨て、全部攻撃力につぎ込むんだ。自分の生命力、全てを攻撃に回す。だが長丁場には向いていない。やりすぎたら命に関わるから、もろ刃の剣だけどな」
「つまり、お父さんは早く決着をつけたいんだよね」
私は思わず、両手を組んで、お父さんに勝つように祈った。
炎がいくつも上がり、ベルゼブブを囲んで赤々と燃え上がっている。ベルゼブブは苛立つように炎に蹴りを入れている。
「ははははっ、お前のお父さん、凄いかっこいいな。見ろよ。あいつ、焦ってやがる」
「シルフリード、声を落として! まだ、分からないじゃない。見守るの!」
暫く戦いの様子を見ていたが、ベルゼブブは足の攻撃に転じたようで、その威力は衰えていなかった。それどころか、ベルゼブブがどす黒いオーラを放ち、地面を踏み鳴らすと、土ぼこりが一斉に舞い上がった。その直後に地震が起きたかのように地面が波を打つ。私は思わずシルフリードにしがみついた。
隠れ蓑にしていた大木は傾斜を転がり、離れてしまった。
「くそ、なんてこった!!!」
「とりあえず、みんながいる家畜小屋へ戻るんだ。シルフリードとセレーナちゃんも早く!!」
ハドソンさんが叫ぶ。
「私、シルフリードと、ここに残る!! 団長さんは、みんなの様子を見に行って!!」
ハドソンさんとジークさんは顔を見合わせた。
「僕も残りますから、お二人は家畜小屋へ!!」
カノンさんも残ると宣言する。
「いいか、無茶はするなよ」
ハドソンさんとジークさんは家畜小屋へと走っていった。
「なんで、お前までいるんだよ。向こうで村人が怪我をしているかもしれないだろ?」
シルフリードは、面白くなさそうな顔をしてカノンを睨む。
「シルフリードさんでしたっけ。大丈夫ですよ。何かあれば、呼びに来るでしょうから」
綺麗な牧草地が土の隆起で波打つようにボコボコになってしまっている。
お父さんの所は土煙で視界が悪かったが、しばらく視界がよくなると、ベルゼブブが連続足蹴りをお父さんに向けて放っていた。
「うわぁーー、お父さんが押されている。今、助けに行った方が――」
「まぁ、待て。もう少し様子を見てからでも遅くはない。でも、あいつ。わざと足場を悪くしたんだな。エドガーが苦戦している」
ベルゼブブの足攻撃にお父さんはうまく双剣で躱している。しかし油断したのか、回し蹴りを食らって、牧場の外へ吹き飛ばされてしまった。
「きゃっ、シルフリード!! 早く行こう、今お父さんを助けに行かなきゃ。怪我しているかも。カノンさんお願い!!!」
私は立ち上がり、シルフリードの袖を強く引っ張った。だが、シルフリードは動かない。
「待て!! よく見ろ」
シルフリードは低い声で私を諫めた。
「お前が朝、防御魔法をかけたんだろ。エドガーはまだ動けている。ギリギリまで待つんだ」
すると、カノンがまた、キラキラした目で私を見てきた。
「どんな魔法をお父さんにかけたのですか?」
「四大防御だよ」
そういうと、しばらくカノンは黙ったままになった。
私が再び振り返ると、お父さんは立ち上がり双剣を手に走っていた。まだ、心は折れてはいない。胸が熱くなり泣きそうになった。ベルゼブブは上空でお父さんを睨みつける。
――ベルゼブブが大技を繰り出し、お父さんに襲い掛かった。
「お父さん!!」
シルフリードの腕を振り払い、その場で立ち尽くした。
しかし、ベルゼブブの足攻撃に辛抱強く堪えたお父さんが、ついにベルゼブブの足首を斬り落とし、ベルゼブブが大きな奇声を上げた。それから、お父さんの猛攻撃が始まった。
群青色の空の下、炎と黒いオーラの攻防が何度もあった。べルゼブブが押されている。お父さんの流れるような剣舞に、本当に私のお父さんなのだろうかと疑いたくなるぐらい、その姿は見惚れるほどだった。
しばらくすると、ベルゼブブの体が全て黒いオーラに包まれた。
「シルフリード!! 攻撃するなら今だよ!!」
シルフリードは、右腕を前に突き出して、呪文を唱えた。
「一陣の風よ、聖なる光をのせて――」
シルフリードの周りに葉っぱが舞い、つむじ風が吹く。シルフリードが突き出した右手に光が一気に集まった。
「悪の気を取り払え。光の突風」
シルフリードは強烈な光で姿が見えなくなり、辺りは強風が渦巻いた。シルフリードが光の突風を放った瞬間、私は足に力が入らなくなって、思わず、しりもちをついた。
(たぶん、マナも残り少ないんだ。私。)
力尽きた私はシルフリードに抱っこされた。私は、お父さんの無事を確認するために遠くに目を凝らした。
すると、大きな炎が赤々と燃え、お父さんが1人立ち尽くしていた。
「終わったな」
「……うそ。……本当にやった。お父さんが勝った。お父さんが勝ったぁぁぁーーー!!!」
私はシルフリードをギュッと抱きしめると、早くお父さんの所へ連れていってとお願いをした。
シルフリードに抱っこされ、上空からの移動中、私はありったけの声でお父さんを呼んだ。
「お父さん!!」
お父さんはこちらに気付き、手を大きく振った。
「おい、エドガー、後ろだ!!」
シルフリードが叫んだ。
先程の黒の剣が燃え盛る炎から飛び出して、エドガーの背中を貫いた。
エドガーは自分の胸を見ては、その場で崩れ倒れた。
「お、おとうさん……、嘘でしょ!? えっ、お、お父さん!!」
私は、シルフリードから腕を解いてジャンプした。よろけながらも、急いでお父さんの元へ駆け寄った。
炎の中。蚊の鳴くような声が聞こえる。
「……ははは、……ざまあみろ……」
シルフリードがすぐさま「真空斬り」で燃えているベルゼブブの最後の命を刈り取った。
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