第四十四話 命がけの救命
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背中から黒い大剣を刺され、うつ伏せに倒れているお父さんを目の前にして、思考が停止してしまった。
「セレーナ、しっかりしろ!! 弱いがまだ心臓は動いている」
「シルフリード、お願い。カノンさんを早くここへ!!」
(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!! お父さんが死んじゃう)
お父さんは目を閉じたまま動かない。黒い大剣はピクピクと脈を打ち、まるでお父さんの魔力を吸い取っているように見えた。
(この剣を抜いて助けるには、あの方法しか思いつかない)
シルフリードがカノンさんを連れてきた。倒れているお父さんを見て、カノンは、静かに私に言った。
「君のお父さんは、立派な英雄だった」
「違う!!! まだ死んでいない。カノンさん、早く私を治癒してください。急いで!!」
「へぇ!?」
カノンさんは訳も分からず、私の背中に手を充てた。
「医神アスクレーピオスの加護の下より、純然たる光の力で傷ついたこの者を回復へと導き給え、自然治癒」
背中から温かいものが全身を包み込む。私の臍の辺りにある固くなっていた魔力臓器が少し柔らかくなった気がする。でも、まだ足りない。マナも足りない。
「カノンさん。もっと強い治癒はないですか?」
「僕は冒険者です。軽い切り傷や、かすり傷、打撲がほとんどで、僕がよく使う治療がこれなんです。でしたら、ポーションも一緒に飲みますか?」
「持っているなら、お願いします」
「おい、セレーナ!! 目の前にお前の親父が死にそうなのに、何で先に自分を治療してるんだ!!」
「シルフリードは黙ってて!! 私がお父さんの命を助けるから」
私は、カノンさんに渡されたポーションを飲みほした。ぬるくて飲みにくいが仕方ない。ポーションを飲み干したらマナが二割ほど回復し、重かった体が少しマシになってきた。
「お父さんの治療しますから、カノンさんはそのまま私を治療し続けてください。今から、剣に刺さった所を治療するために領域展開して、その部分だけ時間を巻き戻す。かなり高度の技で試したことないけど、今はそれに賭けるしかない」
私は黒い大剣が刺さっている背中に両手を重ねた。
「聖なる光よ、剣を取り除くため、時間の神の許しを得て、領域のみの回帰を許し給え《剣傷領域回帰》」
私の小さな手のひらが蛍のように弱弱しく光る。
「やっぱり、ポーションだけだとだめだ。体の防御反応で私の魔力が出にくくなっていると思う。マナも足りない。さっき、団長が言っていた、『リミッター外し』をやらなくては、お父さんは救えない」
「無茶ですよ。たった今、君をスコープしたら、魔力腺がすごく腫れあがっていたぞ。それにマナもまだ少ない。無理したらかえって君が危険だ」
「でも、リミッター外しを試してみる」
「無茶だ、末端の魔力腺が壊れる。やめた方が良い!!」
――私の中の銀河に集中する。光の属性、氷の属性が停滞しつつもゆっくり渦を巻いている。私は深呼吸をして、自分の意思で魔力をかき混ぜ、回転を速めるイメージをする。
――イメージが魔力を動かす。回る、回る、回る、ぐるぐる回る。動く、動く、どんどん動く。加速する。早く加速する。膨張する。増える。どんどん溢れ出る。
私はもう一度、黒い大剣が刺さった部分に両手を広げた。
「聖なる光よ、剣を取り除くため、時間の神の許しを得て、創傷領域のみの時間回帰を許し給え‼《剣傷領域回帰》」
私のお腹、胸、腕へと繋がった魔力腺の中を魔力が勢いよく駆け抜ける。末端の魔力腺が詰まっているのを、無理やりこじ開け、押し広げながら、どんどん魔力を放出させた。
(我慢!! 治療に魔力を注げ、私の中の光属性すべてを)
「おお、手のひらの光が強くなってきたぞ」
カノンさんが感嘆する。
「……お父さん!!」
眩しく輝く光の領域が、黒い大剣とお父さんの背中を覆うように囲んだ。
両手が千本の針でいっぺんに刺されたような酷い痛みに耐えつつ、ひたすら光属性だけを注入していく。
光の領域の中だけ、時が逆再生したかのように遡る。背中の血がどんどん体の中へ戻っていき、黒い大剣から奪われた魔力も、お父さんの体内へと戻っていく様子が目で見てはっきり分かった。
――あと少し、もう少しだけ……。
そして背中に刺さっていた大剣がゆっくりと上へ動いていく。そして、切っ先が背中から離れると、背中は跡形もなく元通りになった。
《ガシャン》
シルフリードが黒い大剣を吹き飛ばした。
私は剣傷領域回帰を解除した。
両腕が大きく腫れあがり、魔力腺が浮き出て、葉脈のような網の目になった。指先がだんだん凍りつくと、徐々に手や腕に氷の塊が侵食し始めた。
「君、体内に魔力が漏れ出している!! 放出するはずの魔力が壊れた魔力腺から漏れ出し、血液や神経、肉体までも凍らせている。早くしないと、君は自分の魔力で凍死してしまう――」
ドドドドドドドドド―――
心臓の鼓動が異常に早い。これは、やばいやつだ。
シルフリードが心配そうに顔を覗き込む。しかし、その姿は幽体よりも更に半透明になっていた。
――まさか、そのまま死ぬの?
「だから言ったじゃん。そんな無茶したら死んじゃうよって」
シルフリードのすぐ横にヘルメスとリュークが現れた。カノンにはヘルメス達が見えていない。
「ごめんね、ネイコスの奴がいたから、むやみに君の手助けができなかった。もう奴は、いなくなったから、大丈夫だよ」
(――手助け? 助けてくれようとしたの?)
リュークが心配そうな顔で私を見つめてくる。
「セレーナちゃん。今、苦しい?」
「うん……くる…しい」
「君さ、この子に治療されながら、お父さんを助けたよね? 逆になんで君がこんなに苦しんでいるの?」
(こんな時でもヘルメスは好奇心むき出しだ)
「……リミッター……外したからですよ…。そうでもしないと、お父さんは助けられなかった」
「馬鹿だね。戦いのとき、無駄な魔力の使い方をしたからだよ。それに精霊使いが魔法を使えば、消費が激しくなるのは、当たり前なのに……」
倒れている私にヘルメスは正直で容赦ない。
「……満足…でしたか?」
「えっ!?」
ヘルメスが珍しく驚きの声をあげた。
「はぁ、はぁ……小さい人間が死ぬ気で戦っても、お父さんが刺されても、村に犠牲者が出たとしても、天界にとっては、ただの娯楽でしかないんでしょ? これで満足……はぁ、はぁ……」
「満足って……」
ヘルメスはついに口ごもってしまった。
「……へルメス様、私、賢くなくて当たり前です。……未知の悪魔と戦うのだから……ペース配分なんて……分かるわけが……」
「話はいいから、そこをどけ。今すぐ治療しないと、本当に死ぬ」
朦朧とする意識の中、銀色の髪を垂らした男がこちらを見ている。
「さっき、ヘルメスがね、君のおじいさんをここに連れてきたんだ。これでなんとか治療してもらえると思うよ」
リュークが泣いている様に笑いかけた。
……これで戦いは終わった。
呼吸がつらい、苦しい。力が入らない。足先から指先まで感覚がない。あの時のようにまた死ぬかもしれない。……二度目の死が。もしかして、シルフリードは……。
考えることを放棄した私は、瞼を閉じた。
――再び世界は暗転した。
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《ネイコス視点・時間を少し遡る》
俺は、ベルゼブブの奴が燃え盛る炎の中で、残り最後の魔力で【魔喰いの剣】を人間の背中に飛ばしたところまでを見届けた。
「あぁ~あ。やっぱりアイツ死んじまったな。さっさと報告と退散だ」
俺は椅子から立ち上がって、さっさと魔喰いの剣を拾いに行こうと思った。
「魔喰いの剣を今度は誰に渡そうかな……」
すると、俺の目の前にヘルメスが立ちはだかった。
「今回は俺らの負けね。次回を楽しみにな」
「次回はない方がこちらとしては嬉しいのですが……」
「邪神様は、お前らが見つけ出した八つの星を欲している。お前らが素直に邪神様に星をくれたら、仕事は早く片付く」
「まさか、ネイコス様がダジャレですか? 星を欲している。ほしをほっしている」
「馬鹿か、俺は今から報告書を書かなきゃいけないんだ。そんなつまらん遊びはせん」
俺が動こうとすると、ヘルメスが俺の行く手を邪魔した。
「どういうつもりだ? 今から俺とここで殺し合いでも始めたいのか?」
「いいえ、まさか。もしかして、【魔喰いの剣】を回収しに行くつもりで?」
ヘルメスが冷たい目つきでニヤリと笑う。コイツから珍しく殺気が漏れている。
「珍しいな。お前に殺気なんてあったんだな。どんだけ人間びいきなんだよ」
「ええ、人間は非常に面白い生き物です。その人間の信仰心で我々は成り立っていますし、あなた方も人間の醜悪な心があるから成り立っているんですよね? 互いに人間という生き物が不可欠なんですよ」
「だからどうした?」
「つまりは、星の人間たちを全滅させたら、お前らの存在も消えることがなんで分からないのかな。頭悪すぎるんですけど?」
小馬鹿にするような表情で俺を挑発してきた。
「はぁ!? 馬鹿はお前らだ。俺らが人間を全滅させるわけがない。ある程度残すに決まっているだろ? 人間は利用するためにあるのだからな」
「きっと、それは地獄絵図でしょうね」
ヘルメスは深いため息をついた。
「お前らは何でもかんでも正当化してくるが、お前ら神々の方が悪魔よりも、質が悪い。あのちび助を監視し、天界の神々は酒を飲みながら、ちび助が必死で走り回るのを面白おかしく笑い者にしているじゃないか。どっかの変態な貴族と一緒だな。それにお前に至っては、それで金儲けをしている。天界の神々は善人面して、外道っぷりは俺らより上だ」
ヘルメスは、珍しく怒っている。奴の周りに鋭い風が渦巻いている。うっかり近づくと、血まみれになるかもしれない。
「俺は【魔喰いの剣】を回収したいんだ。そこどいてもらえるかい?」
俺は指を鳴らした。
ヘルメスの周りに吹いた風がぴたりと止まる。
「何をしたんだい?」
「さあな」
すると、地上から【魔喰いの剣】を持ったアフロ神がやってきた。
「これやるから、すぐにここから出て行けよ!!」
「何やっているんだ、リューク!! ソイツを渡すな」
ヘルメスがまたまた珍しく声を荒げる。
「聞き分けのよい神もいたもんだな。本当に助かったよ」
俺はアフロ神から【魔喰いの剣】を受け取った。ちらりと目をやると、ヘルメスが悔しそうに舌を鳴らす。
「いい気味だ。じゃあな、善人面のヘルメス君」
俺は邪神様の元へ向かった。
次はいよいよ第四章です。明日の22時10分に投稿します。




