第二十六話 この胸の痛みは
誤字脱字があったら、再編集で修正します。ご了承ください。
私は水を飲むのも忘れ、一人部屋に戻っては二段ベットに上り、頭から布団をかぶった。
頭の中でお母さんが言った言葉が繰り返し響いている。
『絶対に受け入れられない』
『あの子は私の子じゃない』
『ずっと騙していたのよ?』
「考えただけでも、気持ち悪い……か」
暗闇の中でダンゴムシのように小さく丸まり、涙を流した。
小さくなりたい。小さくなって、小さくなって、見えないぐらいに小さくなって、存在が分からないぐらいに小さくなって、塵のように風に飛ばされて、この場からいなくなりたい。
ふと我に返ると、布団の上をトントンと叩く感触があった。
そっと、布団の隙間から顔をのぞかせる。すると、そこにいたのは、大粒の涙を流したシルフリードだった。
その涙はそこだけうっすらと光っていて、空色の瞳は影を落としていた。
「一体何があった?」
「……言いたくない。今は」
「心が痛くてたまらないんだ」
シルフリードは、自身の胸をギュッと掴んだ。
「あっ……ごめん」
シルフリードと私は精神と魂が繋がっていて、気持ちが同化している。針で刺すような心の痛みは、シルフリードにも起こっているんだ。
「ごめんなさい、シルフリード。こんな気持ちになってごめんね。迷惑かけてごめん」
私は平謝りをした。
「泣きながら、謝ってほしくない。余計に苦しくなる。ただ何があったのか知りたいんだ。ここじゃなんだから、僕の部屋へ行こう」
シルフリードの風操作で私は宙に浮かぶと、ふわふわと勝手に移動していった。静かに子供部屋を出て、屋根裏部屋へ上がる。
屋根裏部屋は、綺麗に片付けられており、シルフリードの為に用意されていたベッドが一つ置かれていた。テーブルはないので、ワインの樽がテーブル代わりに置かれている。シルフリードは私をベッドへと下ろすと、聖なる明かりを唱えた。丸い光がぼんやりと部屋を照らす。
「いつの間に片づけたの?」
「俺にかかれば、片付けなんて5分もかからないさ」
ベットの側の窓をみれば、やっと山の向こうから下弦の月が昇りはじめていた。しばらくその月を眺めていると、シルフリードが横に座った。
「ところで一体、何があったんだ?」
だんまりを決めようと思っていたのに、シルフリードは真っ直ぐこちらを見つめてくる。続く沈黙に、私は観念した。
「化粧臭い真由美とは違ってね、今世のお母さんは良い匂いがしたの」
「えっ、どんな匂いなんだ?」
「洗濯に使う、ムクローラの実の香り。甘くてフルーティーなの。生まれたばかりの頃、まず最初にその香りがしたの」
あの頃のお母さんを思い出す。
「生まれて初めてお母さんを目にしたときは、女神だと思ったわ。エメラルドグリーンの穏やかで優しい眼差しを受けたのは、前世のおばあちゃんの時以来だった」
「……俺には母親なんていないから、そんなもの知らないが、その時はお前は幸せだったのか?」
その言葉に涙が出そうになった。
「ゔんっ……、しあわせだったなぁ。今までで一番幸せだった。赤ちゃんの時、お母さんが優しく頬にキスをしてくれて、笑いかけてくれるたびに心が温かくなった。できることなら、この人の側にずっといたいと、この人に絶対に嫌われたくないと、その綺麗な手を離したくないとそう思ったのに……」
私は涙が零れないように上を向いた。
「『あの子はセレーナじゃないわ。前世の魂のまま転生しただなんて。きっと、まっさらなセレーナの魂はどこかへ連れて行ったに違いないわ。そして、その芹奈って子がセレーナの体を乗っ取ったのよ』だってさ。こっそりお父さんとお母さんのケンカを聞いてしまったの」
シルフリードはいきなり私をきつく抱きしめた。
「ごめん。ごめんな。前世の魂のまま転生したのは俺のせいなのに。芹奈と俺が命の契約をしたから、こんな目に遭ったんだ」
シルフリードの声が涙声に変わった。
「お前が寝込んでいる時、前世の芹奈の事とか、知っていることすべて家族に話してしまったから……。俺、黙っておけばよかった。俺のせいだ。俺がセレーナの三年間の幸せを壊してしまったのも同然だ」
シルフリードの柔らかな髪を私の小さな手でそっと撫でる。ミントハーブの良い香りがする。
「悪くない。シルフリードははじめから悪くないから、自分を責めないでよ」
シルフリードの肩がピクンと動く。
「そもそも、私が暴走したのがきっかけなの。私の前世のトラウマがなければ、お母さんに嫌われることなんてなかった。だからシルフリードは悪くない。でもね――」
私は涙をぽろぽろ流しながら、シルフリードを見つめる。
「嫌われたくなかった。ずっと愛されたかった。お父さんは私を愛してくれているから、お母さんも大丈夫だと思ってしまったの。でも、あの会話を聞いたら、もう……ゔゔっ……」
――涙が止まらない。
「『私は絶対に受け入れられない。あの子は私の子じゃないわ。あの子は今まで、私たちに対して何食わぬ顔をしてずっと騙していたのよ』って」
「騙しただなんて、そんなこと――」
「『それなのに、なんであなたはあの子を受け入れられるのよ? なぜ、その子の言葉を信じ切れるの? 疑うのが普通じゃない。三歳のくせに中身は十五歳なんて考えただけでも、気持ち悪いわ』てさ」
「そんなこと――」
シルフリードはそっぽを向いた。
「ははっ、気持ち悪いって。お母さんは……ソフィーは、私に線を引いてしまったの。私は線の外に弾かれてしまった。私、ソフィーを騙したかったわけじゃない。今のソフィーは、騙した『芹奈』のことを恨んでいる。中身が十五歳だなんて気持ち悪いって。だから、『産み直す』って」
「産み直す?まるでお前を産んだことを間違いだったかのような……本当に、本当にそう言ったのか?」
「ねぇ、シルフリード。私は……、私は、また前世と同じように、ここでも『いらない子』なのかな?」
シルフリードは、私の両腕を強く掴んだ。
「俺、前にも言ったよな? お前を愛している人を信じろと。お前は……お前は、これからソフィーを信じるな。お前はこの家族に必要な存在なんだ」
――シルフリードの言葉を信じてもいいのだろうか。
「お前はエドガーやレオやルカを信じるんだ。そして俺も信じろ」
「ははっ、シルフリードの場合は【名付けの契約】をしているから、仕方なく私といるんでしょ? 私たちは一蓮托生じゃない」
「違う。仕方なくじゃない。契約だからじゃなくて。俺はこれからずっと、お前を愛すから、お前も俺を愛せ。そして俺を信じろ」
「俺を愛せって……。ねぇ、シルフリード。シルフリードも愛されたいの?」
私たちは気持ちが同化している。私が愛されたいように、シルフリードも愛されたいはずだ。
「シルフリード。愛されるということは、存在自体を受け入れてもらえて、認めてくれる。心から心配してもらえるし、愛する者のためなら時間も惜しまず、探してくれる」
「お父さんがしてくれたことを思い返しているのか?」
「そうだよ。たぶん私を親として、本気で愛してくれている」
シルフリードの頬にそっと触れた。
「そう考えてみれば、シルフリードはもう私に愛されているじゃない」
「えっ?」
「だって、いつ来るのか心配していたし、シルフリードにはもう、寂しい思いなんてしてほしくないし、それに私シルフリードの存在を案外受け入れているのよ? だから、シルフリードは愛されている」
「!!!」
シルフリードの白い耳が赤くなった。
「そばにいてくれてありがとうね。悲しい時に、慰めてくれて、励ましてくれてありがとうね。シルフリード。でもね……。ごめん。今日は泣かせて。たくさん泣きたい気分なの」
シルフリードは、私を胸に抱き寄せた。私はシルフリードの胸の中でたくさん泣いた。前世でもこんなに泣いたことない。どんどん、泉のように溢れてくる。
「たくさん、泣いていいよ。俺はずっとお前を抱いててやるから」
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私はいつの間にかシルフリードとベッドで寝ていた。起きようかと思ったが、朝にはまだ早く、真っ暗な屋根裏部屋はとても寒い。私は身震いをすると温かい布団に潜りこんだ。
シルフリードの体温の温かさに、私の孤独が救われた気がした。
また、この時間帯に投稿します。




