第二十二話 兄妹の他愛もない会話
昨夜、シルフリードと夜の散歩から帰ってきた私は高熱を出した。魔力暴走をして一番迷惑をかけたお母さんに謝りたかったのに、それができないでいる。
ただ、昨日の1日だけで、いろいろな事がありすぎた。
シルフリードとケンカして、川で溺れて、エール様に助けられたと思いきや、プロテウス様に悪魔退治の天命を知らされる。水の精霊と契約をして、無事に家路に戻ったら、魔力暴走を起こす……。
(そりゃあ熱も出るよな……)
一日中、高熱でうなされ、苦い薬を飲み、苦しい一日を過ごした。それから、また泥のように眠り続け、次に目を覚ましたのは、なんと二日後の朝だった。私が目覚めると、ルカお兄ちゃんとレオは泣きそうになりながら喜んだ。
「……み、みずが……ほしい」
慌てるように、ルカお兄ちゃんが吸い飲みに水を入れると、ゆっくりと飲ませてくれた。喉がくっついたように乾いていたので、生き返るような気持だった。
レオが私の額に手を触れる。
「昨日みたいにひどい熱はないから、もう大丈夫じゃないか?」
髪の色も顔立ちもお父さんそっくりなレオが、顔を近づけて、心配な表情をした。
(でも、瞳の色だけはお母さんと一緒でエメラルドグリーンみたいなんだよね……)
「でも、油断したら、またぶり返すかもしれないから、セレーナはベッドから出ないようにね」
ルカお兄ちゃんが、小うるさく注意する。
「分かったよ。でも、トイレに行きたいときは?」
すると、ルカお兄ちゃんがニコリと微笑んだ。
「僕が連れてってあげるから大丈夫だよ。さすがに尿瓶じゃ恥ずかしいだろ?」
(尿瓶って……)
「……二人ともありがとう。ねぇ、お母さんは?」
二人は顔を互いに見合わせると、なんとなく気まずい表情をしていた。
「実はセレーナが熱を出して倒れた時から、お母さんの様子がおかしいんだ。昨日だってお父さんと言い争いをしたんだ」
「……お母さんには迷惑かけちゃった」
私は、深いため息をつくと、レオが頭を撫でた。
「ため息なんかつくなよ。幸運が逃げるだろ? さぁ、吐いた分、吸い込め」
そういうと、深呼吸の真似をする。レオは、おかしなことを真剣に言うので思わず笑ってしまった。
「あぁ、セレーナはやっぱり笑った顔のほうが可愛いよ」
「ルカ兄ちゃん、俺は?」
レオがルカお兄ちゃんの真正面に顔を出す。
「まさか……レオは、可愛いって言ってもらいたいのかい?」
すると、レオは顔を真っ赤にした。
「違うよ!! 俺には、かっこいいって言ってよ!」
私とルカお兄ちゃんが笑うと、二人でカッコいいと呆れながらも、頭を撫でて、レオを褒める。
「2人はバカにするけど、これでもクラスの中じゃ、モテる方なんだぞ!」
レオが自慢げに胸を叩く。
「だったら去年の豊年祭では、女の子から花冠をいくつもらったの?」
「3つ、いや、4つだ!!」
レオは鼻を鳴らした。
「ルカお兄ちゃんは?」私が尋ねると、
「……僕は、1つだ」ルカお兄ちゃんは、小声になる。
「違うでしょ?ルカお兄ちゃん。1箱でしょ?」
私は、ニヤリとレオを見て言い放つ。
「だぁぁぁ〜〜!!!なんだよ!!それぇ、聞いてないぞ!!」
レオは頭を抱えて、のけ反った。
「いや、レオがショックを受けると思って言わなかったんだ。ごめん」
ルカお兄ちゃんは、頭をかきながら苦笑いをする。
「いいか、ルカお兄ちゃん、そんな気遣いをしたら、余計にへこむからやめろよな!!」
レオは腕を組んでそっぽを向いた。
「そんなことより、セレーナはお腹空いただろ? 今スープを入れてきてやるからな」
ルカお兄ちゃんが、そそくさと部屋を出て行った。
レオと2人。いきなり子供部屋が静かになる。
「……セレーナ。いろいろシルフリードからたくさんのことを聞いたよ」
レオが、急に真面目な顔つきになった。
「まりょくぼうそうって言ったっけな。俺、本当にお前が別人になったようで怖かったんだ」
レオの拳が震えているのが目についた。
「セレーナは前世の魂のまま、この世界に生まれてきたんだってな。前世の母親から暴力を受けていて辛かった記憶が蘇った話をシルフリードから聞いたよ。その、……きつかったな」
私は布団を頭まで被って隠れた。
「……レオ、私、気持ち悪い?」
すると、布団を乱暴にはぎとられた。
「そんなわけないだろ!! 俺はお前が羨ましいだけだ!」
意外過ぎる答えに私はぽかんと口を開けた。
「だってさ、よく考えてみろよ!! 前世の記憶があるってことは、死んだ後の記憶があるってことだろ? そんなの誰も教えてくれないことをお前は知っているんだぜ。それってすごい貴重なことだろ? それにシルフリードだって、天界で契約したっていうじゃないか! 天界について色々聞かせてくれよ」
「へぇ? 気になるのは、そこなの?」
レオの顔を見ると、好奇心の目をキラキラさせながら、興奮している。
木のドアをノックした音が聞こえた。
「こらこら、レオ。セレーナは起きたばっかりなんだ。無理させるんじゃない。その話はセレーナが元気になってからでもゆっくり聞けるだろ?」
ルカお兄ちゃんが、スープを持ってきてくれた。
「ポテラのポタージュだよ。赤ちゃんの時はよく好んで食べていたよ。覚えているかい?」
「うん、覚えているよ。とても美味しかったから、必ずおかわりをしていたっけ」
ルカお兄ちゃんは、目を丸くした。
「へぇ~、赤ちゃんの頃の記憶もやっぱり覚えているんだね」
「……前世では12歳で亡くなったからね。それから、すぐに転生したの」
「そうか、大変だったな」ルカお兄ちゃんが呟く。
ルカお兄ちゃんは、組み立て式の小さなテーブルを私のベッド上に置いた。そこにスープと水を置く。
「うん。生まれてから3年経っているから今の魂年齢は15歳かな」
レオとルカお兄ちゃんは、またしても互いに顔を見合わせた。
「体は3歳で、中身がもう15歳なのか? 道理で言葉と年齢が合わないわけだ」
その反応に手をもじもじさせていると、二人の手が重なった。
「お前の中身がどうであれ、僕たちは間違いなく兄弟なんだ。それだけは変わらない」
ルカお兄ちゃんが優しく言ってくれた。
「うん、そうだね。お母さんとお父さんの血を受け継いで生まれたもの。兄弟であることは、ずっと変わらないよね」
「そうだぞ、お前の顔に鼻くそがついていても、俺たちは永遠に兄弟なんだからな」
レオがにやりと笑った。
「レオが、禿げて、デブになっても兄弟だもんね~」
私も負けずに言い返す。
「なんだと、こいつ~!!」
レオは問答無用に私の髪をモジャモジャかき乱した。
ルカお兄ちゃんが、レオにチョップをして、ツッコミを入れる。
「僕たち二人はどんなことがあってもお前のことが大好きなんだ。それだけは覚えていておくれ」
ルカお兄ちゃんの言葉が身に染みて嬉しい。シルフリードが言っていた、『自分を愛してくれる人を信じればいいんだ』とは、このことだろうか。
「嬉しいよ。私、お兄ちゃんたちが兄弟で本当に、本当に良かった!!」
「分かったから、早くスープを飲め。冷めるぞ」
レオは言葉は生意気だけど、凄く優しい。大きくなったら、お父さんそっくりになるに違いない。
「レオは、お父さんに似てかっこよくなるよ」
「へへっ、そうか?」
気を良くしたレオがヘラヘラ笑う。
「じゃあ、剣術の時間をもっと増やさないとな」
ルカお兄ちゃんがニヤリと笑った。
2人の兄のやりとりを見て、心が温かくなってくる。
――お兄ちゃんがいてくれて良かった。
また、この時間に投稿します。




