第二十三話 日常に忍び寄る影
魔力暴走から8日目。私は、ベッドから降りて、普通にチョロチョロと動けるようになった。しかし、お母さんが子供部屋に来ることは一度もなく、代わりにお父さんが私の話相手になった。
お父さんは明るい笑顔で大丈夫だからと笑って答えるが、少しやつれているようにも見えた。お父さんには、私の前世の話や、女神さまから付与された能力のことも包み隠さず話した。
(お父さんには、隠し事はしたくなかった。唯一受け入れてくれた人だから、せめて正直でありたい)
ただ、悪魔の事に関しては話さなかった。
しばらく個別で食事をしていたが、みんなの所で食べたくて、晴れてダイニングに戻った。ドキドキしながら、キッチンに向かったら、ここにいるはずのないシルフリードが当たり前のようにダイニングテーブルの席に腰をかけている。
「えっ、シルフリード? どうしてここに?」
「俺、今日からここに住むことになったんだ」
「本当に?」
白いシャツに、茶色のズボンとサスペンダーをしたその姿は、村の子供にしか見えない。ただ、違和感があるといえば、ミントグリーンの綺麗な髪や整った顔立ちだろうか。空色の瞳はキラキラすぎて田舎臭くない。
顔だけなら、王子顔のルカお兄ちゃんといい勝負だと思う。ルカお兄ちゃんは麗しいし、お父さんだって、かなりイケてるおじさんだし。この家はイケメン率が高い。レオだってあと何年かしたら、お父さんそっくりなイケメンになるはずだ。
ちなみに今日の朝ごはんは肉野菜スープと卵焼き、黒パンのチーズ乗せ、そして、採れたてのブルーベリーだ。
「熱いから、舌をやけどしないようにね」
ソフィーがシルフリードを気にかける。
(……いつもの優しいお母さんだ)
私は少し、ほっとした。
ゆっくりと、シルフリードはスプーンを口に入れる。
「はふっ……、こんなに温かくて、幸せなスープは初めてです」
「ふふふ、いやだ~、お上手ね。幸せなじゃなくて美味しいスープでしょ?」
お母さんは金髪美人で、バラが咲くように、ふんわりと笑みをこぼす。村の男性もお母さんにはとても親切だ。もしかして、お父さんよりも、さらに上のイケメンが狙えたんじゃないかと思うぐらいに。
私とお母さんの目が合った。一瞬固い表情をしたお母さんはすぐに私から視線をそらした。あれから、お母さんと話していない。
――私の心がチクリとする。
「……これが、『美味しい』っていうんだな。食べるってなんて幸せなんだろう。これが毎日続くなんて……」
スープを眺めながら、しんみりするシルフリード。ずっと幽体だったから、実体になって食べるのは初体験か。
しかし、実体ともなると、お腹もすくし、トイレにもいきたくなるし、汗もかく。実体化はやることが多いと言っていたが、どうだろう。
「そこにあるパンをスープにつけて食べても美味しいよ」
私は、視線をシルフリードに向けると、黒パンをちぎってスープにつけて食べてみせた。シルフリードも、見よう見まねで試してみる。
「確かに、美味いな。固いパンに味が染み込んで食べやすい」
「そう、良かった。ところで、シルフリードは、なんで、ここに住めることになったの?」
「エドガーが配慮してくれたんだ。それに、これを食費の代わりにあげた」
シルフリードが空間収納袋から出してきたのは、ピンク色の鉱石だ。
「それは何?」
「これは、アースドラゴンの巣から拝借したものだ。桃樹結晶という。通称、万能魔石。これはどの属性とも、相性が良く魔力をため込むことができる、とてもレアな鉱石さ。これ一つで、屋敷が一軒建つと言われている」
「えっ!! これをお父さんが受け取ったの?」
「いいや、違うよ」
シルフリードはちらりとお母さんを見た。
お母さんが咳払いをして席を立つ。横目で私の事をちらりと見る視線を感じた。そして、何も言わずに玄関へ向った。
《バタン!!》
「まさか、お母さんがこの魔石を受け取ったの?」
「そうだよ。お前のお母さん、魔道具を作るのが好きなんだろ?それにこの魔石を使いたいみたいだ。しかし、お前のお父さんは随分とお母さんに弱いようだな」
すると、レオが話に割り込んできた。
「お父さんは、お母さんを好きすぎて、結婚をするために、実家と縁を切って、この田舎まできたらしいよ。前は王都に住んでいて、青色騎士団の団長をしていたんだけど、お母さんのために辞めたんだ。どんだけ、惚れてんだって話だよ」
レオがやれやれとした表情をする。
「レオ。そんなの自慢にもならないし、べらべらと家の内情をよそ様に話すんじゃない」
ルカお兄ちゃんが一喝する。
レオがシュンとすると、ふっと機転をきかせて話題を変えた。切り替えの早い所がレオのいいところだ。
「ねぇ、そういえば、幽霊のはなし聞いた? 『脳みそお化け』の話」
レオは、学校の怪談とか、恐怖体験とかそういうのに興味があるらしい。
「雪解月の15日、満月の晩にローレンスさんとアンダーソンさんの家畜小屋が何者かに襲われたんだ。それも、合わせて20頭。ねぇ、多くない? 子ヤギや子牛の頭に穴が開いていて、死んでいたんだって。頭に丸い穴が開いていたんだってよ? とっても不気味だよね~」
シルフリードと私は顔を見合わせた。
「それって、私が失踪したって騒いでいたあの日の前の出来事なのよね?」
「そうだよ。それでね、頭にその穴が開いているって言ったでしょ? なんと、脳みそと目玉だけがなくなっていたんだって!! ねぇ、こわくない~?」
レオは面白おかしく体を震わせる真似をする。
(ぶふっ!!!)
「ごほっ、ごほっ……、もう~~レオってば!!笑わせないで。鼻にスープがはいったじゃん」
私はルカお兄ちゃんに、タオルを取ってもらって、顔を拭く。
「しかし、脳みそと目玉を食べるのか? 気持ち悪いな」
シルフリードの顔が渋い顔をしている。
「なんでも、最初は春待月(3月)の満月の日に森の動物が襲われたらしいよ。ただし、目撃者はいなくて、死骸だけ残されていたみたいだけどな。それも全部子供の動物だったらしい」
ルカお兄ちゃんが、話に参加してきた。
「村の学校で、子供は夕方には家に居ること、もちろん夜の外出は禁止だって、先生が言ってたな。それと、これは聞いた話だが、今、第ニ共同牧場に仮設の家畜小屋を作っているらしいよ。来る満月の日に備えて、全部の子牛や子ヤギ、子馬もかき集めて、酪農家の男達全員で見張るそうだ。万が一に備えて自衛団も参加するらしい。もちろんお父さんもだけどね」
私はお父さんが心配になってきた。
「お父さん、大丈夫かな」
「「大丈夫だよ!!」」
ルカお兄ちゃんとレオの声が、珍しく揃う。
「俺、お父さんから、剣術を習っているけど、昔ソードマスターと呼ばれていたんだって。ヴィルヘルム王国の剣術武道大会で準優勝したんだぜ」
レオが、自慢するかのように早口になる。
「それで、優勝したのは誰?」
「セレーナ、そこじゃないでしょ? お父さんがどれだけ強いかを話しているんだ」
ルカお兄ちゃんが、私にツッコミを入れた。ルカお兄ちゃんの滅多にないツッコミだ。
「業火の不死鳥って呼び名があったらしいよ」
「業火の不死鳥? そうか、お父さんの属性が火だから、その魔力を剣にのせているんだね」
「そうだよ。俺なんかの修行より、ルカお兄ちゃんの修行の方がもっと厳しいんだぞ」
シルフリードは、ルカお兄ちゃんを一瞥する。
「お前、魔力が相当強いのに、なんで剣術なんか習っているんだ? どうせなら、お前は剣術よりも魔法攻撃を習った方が今よりも強くなれると思うんだけど?」
ルカお兄ちゃんは、ぎょっとした顔をしてシルフリードを睨み返す。
「おっ、お前には関係ないだろ? お父さんに剣術を教えてもらって何が悪いんだ」
部屋の空気が一気に険悪なムードに……。
「えっ~~と、優先順位でいくと、牧場へ行かないといけないね。シルフリード、私と一緒についてきて」
シルフリードは私の顔を見るなり、不安そうな表情をした。
「お前、やっぱり、今お母さんと話をする方が――」
私は首を横に振った。
「いいの。たぶん落ち着くまで時間が必要みたいだし、それよりも、魔物情報を収集するのが先でしょ? アンダーソンさんの家畜小屋へ行こう!」
朝ごはんを食べた私とシルフリードは、外へと出かけた。




