第十九話 セレーナの暴走
頭の中に棘が刺さっている様に痛い。
苦しい、痛い、つらい、苦しい……。この感覚が延々とループしている。
その原因は……自分だけしか考えない、勝手な母親のせい。さんざん、私をいたぶったくせに、執拗に私を追いかけてくる。
でも、なんで? なんで、私の大切なものにまで手を出すの?
「なんで?……どうして、お兄ちゃんを……」
もう、ダメ。もう、許せない。絶対に無理。私以外の人にまで手を出すなんて。
私が憎いなら、私だけを叩けばいいのに……。
私のせいで、大切な人が傷つけられるなんて……。
今の幸せを今更ぶち壊しに来るなんて……。
それだけは、許されるわけないだろう……許されるわけがない。
《自分勝手なお前が、許されるわけないだろうが!!》
臍の中心にある魔力が暴れ出し、渦を巻きはじめた。体中が熱くなり、皮膚から一気に魔力があふれ出す。それは氷霧になり、辺り一帯をぼやかした。
目の前に、お母さんの皮を被った『真由美』がそこに立っている。
「セレーナ、大丈夫?」甘い声で近寄ってくる真由美。
《大丈夫なわけないだろう!!》
すると、お母さんの皮を被った真由美がゆっくりと手を伸ばしてきた。
《近寄ってくるんじゃない!!》
私の周りを冷気が取り囲んだ。足元には氷が張り、やがて空気中の水分が凍結し、それが細氷となった。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
――ああ、声までお母さんそっくりに似せている。
「私に触れるな!!!!!」
魔動波でお母さんの皮を被った『真由美』を吹き飛ばした。『真由美』は煽られよろけると、尻もちをついた。
私の周りに暴風が吹き荒れ、細氷が暴れ出す。私の心の中はぐちゃぐちゃだ。
空中にとどまる雪の結晶が少しずつ大きくなると、形を変え、白銀に光る氷の刃へと変化した。その刃があちらこちらに出現しはじめる。
「どうして、この世界に来てまで、私を苦しめる?」
「ちょっと、怖いわ。一体、なに言ってるの? よく分からないけど、私が、あなたを苦しめるなんて、あり得ないわ」
「……だったら、なぜお兄ちゃんを叩いた?」
「あのね、ルカを叩いたのは、妹を危ない目に遭わせてしまった罰なのよ?やりたくて、やったわけじゃないわ」
「嘘をつくんじゃない!!!」
一つ、氷の刃が『真由美』に向かって飛ばされた。
「きゃっ!!」
なぜか軌道を外して、お母さんの横で氷の刃は粉々に砕け散る。
「お前の場合、ただ暴力を振るう理由付けが欲しかっただけだろ? 本当は自己満足したいだけ。叩いたことで爽快感でも味わったか?」
しゃがみ込む『真由美』の顔色が青くなった。
私は、唖然とするルカに近づくと、赤く腫れ上がった頬を治した。
「ルカお兄ちゃんを殴ったことに関しては、絶対に許さない。大人の力で子供をねじ伏せるなんて、卑怯者がすることだ」
私は、憎き『真由美』を睨みつける。
すると、お母さんの皮を被った『真由美』が反論しだした。
「子供が間違いを犯したら、それを大人が罰して、正そうとするのはあたりまえでしょう?」
「いいや、お前の場合は違う。暴力を振るう建前として、『しつけ』と呼んでいるだけだろ? 自分のストレスを暴力に変換させていただけだ。そして、快感を得た」
「違う!!」
「違わない」
お母さんの皮を被った『真由美』が立ち上がる。
「あなた、急にどうしたの? いつものいい子のセレーナはどこ行ったの? まるで別人みたいだわ」
「いい子? 私はな、ずっと自分の感情を殺して生きていたんだ。毎日、難癖付けて殴られる毎日を生き延びるためにな。でも、今は違う。芹奈は死んだ。もうお前と関わることはないんだ。もう、縁は切れたからな」
空中には、周りの気温がさらに下がり、ますます氷霧が濃くなると、一寸先が見えなくなった。無数に浮かんでいる氷の刃も霧が深く視界から消えた。
「やめろ、セレーナ、落ち着け、一旦落ち着くんだ!!!」
シルフリードが叫んでいる。
「なんで、……どうして、お兄ちゃんをあんな風に殴った? まさか、私の心をズタズタにするために、わざと大切なものを壊そうとしたのか?」
「そ、そんな理由で叩いたわけじゃ……」
お母さんの皮を被った『真由美』がたじろぐ。
「はぁ……ヘルメスの言う通り、私はお前の復讐の道具として生まれてきたんだな。自分の復讐がうやむやになったから、腹いせに私を痛めつけ、ゴミのように踏みつける。なぁ、私はお前にとって、一体どんな存在なんだ?」
セレーナの魂に再び傷が入った。
「子供は、ただ何も言わずに、ひたすら親の言うことだけ聞いていたらいいのか? 人形のように、何も考えず、サンドバックみたいにひたすら殴られ続け、感情を捨てて、物みたいに生きれば、お前はそれで満たされるのか?」
『真由美』の周りは、氷霧にまぎれて、無数の氷の刃が取り囲む。
「なんで……なんで、そんな自分勝手な生き方ができる? なんで、自分のことしか頭にない? なんで生まれてきた命に責任を取らない? 何のために産んだんだ!! 一体、命をなんだと思っているんだ!!!!!」
感情の爆発と同時に、無数の刃が『真由美』に向かって攻撃をする。
「やめろ!! セレーナ、現世の大切な家族に刃を向ける気か!!」
シルフリードが叫ぶと、『真由美』の周りを円を描くように風が走った。周りの氷霧が一瞬吹き飛び、次々と氷の刃が【風の壁】に弾かれた。氷の刃があちらこちらに散乱し、割れる音が鳴り響く。
「セレーナ、いい加減にして!! お、お母さんはただ、あなた達がすごく心配で――」
「心配? 嘘つき!! 心配なら、なぜ殴る必要がある? しつけなら、他にも選択肢があったはず。言葉で諭すこともできただろう。でもお前は殴ることを選んだ。それがお前の本性なんだ。無抵抗な子供を殴って、お前の中にある劣等感を昇華したかっただけ」
すると、宙に浮いた無数の氷の刃が合体しはじめた。そして、巨大な氷の塊になると、豪速で『真由美』の頭上に落ちてきた。
シルフリードは、『真由美』の前に立つと、両手を天に突きだした。
「相殺回転斬り《スピンスラッシュ》」
襲いかかってきた巨大な氷の塊は、頭上ギリギリのところで勢いが弱まると、氷の塊が高速回転をはじめた。回転力でキラキラと氷が細かく削り取られ、あっという間に辺り一面、白銀のパウダースノーが山のように散らばった。
目の前にいる『真由美』はすでに戦意喪失しているように見えた。
「私は子供に暴力を振るって快感を得るような最低な大人にはならない。絶対に!!」
また、10分後に……




