第十七話 兄の心、妹知らず(ルカ視点)
僕達は、エール川付近に集まっていた村の人たちに謝りに行ってきた。
セレーナは、三歳児とは思えないほど、深々と頭を下げて、村のみんなに丁寧に謝った。あまりに三歳児らしくない謝り方に、村の男たちは、戸惑ってはいたけれど。
これはセレーナを目を離した隙に起った事故なんだから、当然僕も謝った。
大人たちは、セレーナの顔を見て、安堵の表情をし、お父さんのお金で酒をごちそうすることで、今回の大騒動は水に流してくれるそうだ。
この村の大人たちはみんな、温かな色を醸し出して心地がいい。この村の住人で良かったと心から思っている。
「お前ら、三人先に帰っていろ。もう、すっかり夜だが、風の精霊様がついているから、大丈夫だよな?」
(お父さんは、本当にコイツのことを信用しているのだろうか?)
「はい、セレーナは俺が守りますので、安心してください」
お父さんはシルフリードの肩を軽く叩いた。
「俺の大切な娘なんだ。よろしく頼むよ」
「はい、ちゃんと家まで無事送り届けます」
シルフリードはにこやかな笑顔で返事をした。
僕はこの瞬間、シルフリードが嫌いになった。
家までの帰り道。砂利道を三人で手を繋いで歩いている。真ん中を歩くセレーナは機嫌が良さそうだが、僕の心はぐちゃぐちゃだ。
僕の大事なセレーナが川の中央で立ち往生したときは、心臓が止まるかと思った。今でも、川の真ん中で不安そうな顔をするセレーナが脳裏から離れない。
《回想》
『何をやってる!! 大人しくしておけとあれほど言ったじゃないか!! どうやってそこまで行ったんだ?』
『え~と、ジャンプした』
『嘘だろ⁉ まったく、君って奴は!!』
****
セレーナが無謀にもあの岩までジャンプするわけがない。僕は、あの子が慎重な性格だということも知っている。きっと、コイツが絡んでいるに違いない。
僕は、いかにも無責任そうな顔をしているコイツを睨みつけた。
それに気づいたのか、シルフリードも負けじと、にこりと微笑む。
ふと、コイツから赤く煌めいた色が見えた。
(煽っているのか?)
僕は横目でセレーナを見る。僕がどんな気持ちで山道を駆け下りたか、セレーナはちっとも分かっていない。
走りながら、胸が張り裂けそうになり、怖くて何度も足の力が抜けそうになった。冷や汗を流し、息が止まりそうになりながら、村の中央まで走ったことを覚えている。
(それをコイツは……)
《回想》
『どうしたんですか? お困りごとですか?』
『僕が、村の人に助けを呼びますので、しばらくの間あの子を見ていてくれませんか? 僕の妹なんです』
『……本当に見るだけで、いいのですか?』
『はい、見るだけでいいので、お願いします』
『了解しました。どうぞ、村の人へ助けを呼んでください』
*****
冷静に考えてみると、コイツの顔が一瞬いたずらを楽しんでいる黄と黒の二色に見えた覚えがある。まさかすべて、コイツの計画だったのではないか?
きっと慌てふためく僕の様子を見て、コイツは笑ったに違いない。
「……お父さんに良い顔しても、僕は君を信用しちゃいないよ。君は僕をだましたんだからな」
分かりやすく、シルフリードにけん制してみる。
「へぇ~。お前は器が小さいんだな」
シルフリードは鼻で笑った。
「君が風の精霊で、セレーナが契約者ならば、きっとセレーナは、君の助けを求めただろう。川の真ん中にいた子リスを助けるなんて造作もないことだろうな」
シルフリードの肩がビクンと動く。
「だが、僕が見たときは、セレーナは川の真ん中に立っていた。なぜ君は、わざわざセレーナを危険な川の真ん中に移動させたんだ? まさか、本当にセレーナがジャンプしたというのか?」
セレーナとシルフリードは目が合うと、互いに黙り込んでしまった。
「君、セレーナを簡単に助けられるくせに、わざと僕を騙しただろ? それで楽しかったかい? 顔色を変えて村へ走っていく僕を見て面白かったかい? 心配している気持ちが分からずに、人をからかうなんて君はまるでピクシーと一緒だな」
「あんな、下衆な妖精と一緒にするな!!」
シルフリードがムッとする。
「黙っているセレーナも共犯だ」
「共犯?」
「セレーナは、ずっと僕らに風の精霊と契約していることをずっと黙っていたんだからな。しかも生まれる前に契約してたなんて、……セレーナまで僕たちを騙そうと?」
「騙すなんて……。シルフリードは天界で契約をしたの。今日久しぶりに会ったのよ」
「セレーナ。村の人達は、昨夜の恐ろしい事件があって戦々恐々としているのに、君たちは多くの人に迷惑をかけて、君のためにどれだけの人が動いたと思っているんだ? 僕だって、セレーナが突然いなくなって、生きた心地がしなかったっていうのに!!」
堰を切ったように言葉があふれ出した。
「……ごめんなさい」
あぁ、セレーナに、僕の気持ちが本当に伝わっているのだろうか。なんだか、情けない気持ちになってくる。
❇❇❇❇❇
「はぁ、疲れた〜。お母さん、レオ、ただいま!」
セレーナは走り出した。
ソフィーがセレーナと抱きしめ合い、無事を確かめている。
僕は、ソフィーをお母さんとは思っていない。それは、僕がソフィーに愛されていないからだ。
表向きには『お母さん』と呼んでいる。表情だけは、笑顔で上手にやっていかないと、この家を追い出されてしまったら大変だ。
「もう、心配させちゃって! この子ってば、全く悪い子なんだから!!」
「お母さん、心配かけてごめんなさい」
「もう、二度と危ないことはしないと約束してくれる?」
「はい、約束します! ごめんなさい」
お母さんは、僕以外の子には優しい。実に優しい色合いを辺りに振りまく。こんなとき、僕はソフィーを冷めた目で眺めることにしている。
ソフィーが立ち上がると、セレーナの頭を優しく撫でた。そして僕の真正面にソフィーが立った。
「ルカ、分かるよね? 歯を食いしばりなさい」
(……なんだろう、この感覚。いつもと違う)
僕はソフィーに、右頬を殴られた。
「!!!」
一瞬だが、ソフィーの瞳の奥に赤黒い色が見えた。
そして、左頬を裏拳で力強く殴られ、僕は勢いよく地面に倒れた。
「ぐっ……!!」
(……あの色は、憎しみの色)
すると、セレーナに異変が起きた。
「ゔゔっ〜〜!! いやだ、やめて!!」
セレーナが体を小さく丸めて、肩を震わせている。
(セレーナ?)
すると、精霊の奴も、具合を悪くしているみたいにしゃがみ込んでいる。どうも様子がおかしい。
(一体何が起きたんだ?)
すると、セレーナの方から冷たい冷気が流れ込んだ。
「なんで……?どうして、お兄ちゃんを……」
――そうつぶやくと、可愛い僕の妹は豹変した。
10分後、投稿します……




