第十六話 探してもらえた喜び
三話連続です。
森の入り口でお父さんの同僚のジークさんにばったり出会った。ジークさんは目を丸くして驚いた。
「セレーナちゃん!? よかった〜〜、生きていたぁ〜」
ジークさんは力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「君のお父さん、ものすごく必死で探しているよ。みんな川で溺れたと思って、川下の方を探していたんだ。ずいぶん遠くまで探しに行ったんだぞ」
「……ごめんなさい。心配かけて……」
私は本当に申し訳なくて、小さい体がより小さくなった。
すると、ジークさんは私の頭を撫でた。
「無事でよかったよ。早くお父さんに知らせてやらなくてはな。ところで……」
ジークさんはちらりとシルフリードの方を見た。シルフリードは、聖なる明かりを片手に無愛想にしている。
「あの、この人は助けてくれたの。私、ルカお兄ちゃんがいなくなったあと、この人に助けてもらって……ついでに春キノコが生えているところまで教えてくれたの」
ジークさんはセレーナのポケットに春キノコが入っているのを確認した。セレーナのポケットは小さすぎて、少ししか入っていないけれど……。
「これって貴重なものなんだよね?売ったらいくらぐらいになるのかな?」
ジークさんは、大きくため息をついた。
「確かに、春キノコはあまり採れないし、貴重なものだ。だけどな、それ以上に君が生きていることがお父さんにとっては嬉しいんじゃないかな」
ジークさんはリュックから通信機を取り出した。
「……おう、ジンか。ジークだが、セレーナちゃんと男の子を無事保護した。これからそちらへ向かう」
私は、木箱型の通信機をじっと見つめた。
(この世界にも電話?トランシーバーみたいなものがあるんだな……)
「ふふふっ、珍しいか? これは高かったんだからな。滅多に手に入らない。春キノコを山程採らないと買えないぞ」
ジークさんはにやりと笑うと、私を抱っこした。
お父さんの仕事の仲間、ジークさんはとても優しい。ここの村の人はとても温かくて、互いに助け合って、声かけ合って生きている。
前世の大人たちとは、えらい違いだ。
ふと、視線を上げると、日も沈み、空には一番星が輝いている。東の山々から大きな月の頭が見える。
「子どもだけで森を歩くと危険だぞ。最近じゃ、怖い『脳みそお化け』が出るらしいからな」
ジークさんが舌を出して変顔をしてくる。
「ハハハッ、そんなお化けいるわけないよ!」
私が笑っていると、シルフリードは表情を曇らせた。
「セレーナ、大丈夫だよ。そんな奴がいたら、俺がやっつけてやる。今度は、ちゃんとするから……」
ジークさんは、横目でシルフリードをじっ〜と見る。
「この子のお父さんは娘を目に入れても痛くないぐらい愛しているからな。嫁にしたけりゃ、前歯がなくなる覚悟で挑めよ〜」
「えっ?」
シルフリードが、きょとんとした顔をする。
「セレーナ、セレーナ〜!!」
遠くからエドガーの声が聞こえてくる。
薄暗いなか、遠くからエドガーが必死に走ってくるのを見て、鼓動が激しくなり、胸が熱くなった。
「……お父さん」
夢のようだった。信じられなかった。
私はジークさんから飛び降りて、お父さんに向かって走っていった。
(お父さんが、私を探してくれた!! 本当に?)
「お父さ〜ん!! お父さ〜〜ん!!」
私は全速力で走り出す。今なら、成人男性と同じぐらいの速さで走れる。
すぐさまエドガーに抱きしめられると、怪我をしていないか、体を確かめられた。そして、熱くて汗かいた大きな手で私の手を握りしめた。
「お前が川の真ん中でいなくなったっていうから、父さんは、てっきり溺れてしまったんじゃないかって、ものすごく心配したんだぞ!!」
間近でみたエドガーの顔が聖なる明かりに照らされ、蜂蜜色の瞳に涙を浮かべている。走りながら泣いたのだろうか。頬にははっきりと涙の跡が残っていた。
私はエドガーに心配させた申し訳なさと同時に、自分を必死に探してくれた喜びで胸が熱くなっていた。
「……おとうさん。んぐっ、ゔぅぅ……」
「ほら、セレーナ。泣きたいときは、我慢しなくてもいいんだぞ。思い切り大きい声だして泣いてしまえ!!」
エドガーは優しい手で背中をさすってくれた。その手のぬくもりが涙腺崩壊の引き金になった。
「お、おとうさっ……ゔぅわぁぁぁぁん~~!!」
私は、勇気を出して、お父さんに抱きついた。今世では、はじめてのことだった。いや、こんな気持ちは、前世のおばあちゃん以来かもしれない。
今まで抱きしめられることはあっても、自分から抱きつくことなど、生まれてから一度もなかった。今世では、失敗したくなかった。だから、手のかからない、いい子でいようと思った。
私は自分から甘えようとはしてこなかった。困らせたくはなかったから。嫌われたくなかったから。
正直に言えば、大人に対して、どう甘えていいのかすっかり忘れてしまっていたのだ。
*****
――いつも心のどこかで、私を愛してくれる大人なんているはずがないと諦めていた。
人から愛されること自体が自分には似合わないのだと、そう勝手に思い込むことで、脆い心にバリアを張っていた。大人に対して、期待すればするほど、裏切られることを知ってたから。
あのマンションで不安や孤独に呑み込まれながらも、ただひたすらに真由美からの暴力に耐えて我慢をした。まるで出口のないトンネルを進んでいるような終わりのない不安感でいっぱいだった。
真由美の暴力を知っていた家政婦の山本さんは、言葉こそ優しかったが、所詮は赤の他人で、助けを求めて近づこうとする私に、山本さんは目を背けて一線を引いた。
実の父親である和弘も、殴りはしないが、必ず傍観者の立ち位置にいた。ただ、お金だけを渡して、必要以上に関わるなと、私の前に強く線を引いた。
先生たちもそうだった。打撲痕があるのを知っているくせに、面倒事に目を背ける。同級生に虐められていることも知っているくせに、知らないフリをして、私の前に線を引く。あたかも私が存在していないかのように。
線の外側で私は口を閉じて、いつも孤独を抱えていた。
しかし、エドガーは、……お父さんは、私が無意識に引いていた線の向こうでじっと私が来るのを待っていてくれたのだ。無理意地せず、ずっと。
*****
「あぁ、お前から俺を抱きしめてくれる日が来るなんて……どんなにこの日を待っていたか」
お父さんは私を愛おしそうに強く抱きしめた。
今は全然違う。前世とは違うこの世界で、私を愛してくれる大人が目の前に現れた。汗を搔きながら私を必死で探し、私を見つけてくれて、抱きしめてくれる。
私の涙を拭く大きな手。
私を受け止めてくれる温かな胸。
私を包み込んでくれる逞しい腕。
あぁ、もう、それだけで幸せだ。
きっと、私はずっと前から、誰かに甘えたかったのだ。
私の全てを受け止めてくれるお父さん。私を必要としてくれるお父さん。私が今まで欲しかったものがここにはあった。
「セレーナ。可愛い、大切な俺の一人娘。よくぞ無事だった!!」
お父さんが私に頬ずりをする。伸びかけの髭がちくちくして頬が痛い。でも嬉しい。
「うっ、……お父さん、ごめんなさい。心配かけてごめんなさい……」
「良かったな、エド。これで安心して家に帰れるぜ」
ジークさんは、お父さんの肩を叩いて労った。
「ジーク、俺の娘を見つけてくれてありがとう。心から礼を言うよ」
ジークさんは頭を掻いて照れくさそうに笑った。
「そういえば、セレーナちゃんがお前に渡したいものがあるってさ」
私はポケットに手を突っ込んで、お父さん達にそれを見せた。
入っていたものは、春キノコだ。中型サイズが2つに小さいのが1つ。
この春キノコは年々数が減っており、地球で言う松茸以上の価値のあるキノコなのだ。特に、クリアポーション(状態異常を回復する薬)の材料に使われると聞いたことがある。
「この、春キノコお前が見つけたのか?」
「うん、そうだよ。滝の方で見つけた。これを売ったら、いい値段するかなって。そしたら――」
「ちょっと待って、その前に聞きたいことがある」
お父さんの横から、ルカお兄ちゃんが顔を出した。
「セレーナは川の中央にいたのにどうやって助かったんだ?」
すると、飄々とした表情で、ルカお兄ちゃんの前に出てきた。
「僕が助けてあげたんだよ。そのあとキノコ狩りをした」
聖なる明かりを指でクルクル回して、風操作をして余裕な態度をしているシルフリード。
「どうやって?」
ルカお兄ちゃんが語気を強めに質問すると、シルフリードは初対面のお父さんに気軽に挨拶をした。
「その前に……初めまして、セレーナと契約をしている風の精霊シルフリードです。よろしくね」
軽く会釈をして、挨拶をするシルフリード。
ルカお兄ちゃんとお父さんは、口を半開きにして唖然とした表情をした。




