第十五話 求められる喜び(父エドガーからの視点)
時刻は18時を回った。村中の男達が、松明を手にエール川の下流を中心にセレーナの捜索をしてくれていた。
俺もこの辺り一帯を必死に探す。ルカは俺の後ろで小さくなって震えていた。責任感の強いルカだが、今は自分を責めている場合ではない。
「どうやら辺りにはいないようだな……」
自警団のリーダー、ハドソンが俺の肩を叩いた。
「それに、もうすぐ日が暮れる。そうなったら、探すのは難しくなりそうだ。それに森から魔物達が出てくるかもしれない。昨夜の厄介な事件もある事だしな。そろそろ引き上げよう」
リーダーの言うとおりだ。
昨夜の厄介な事件とは、動物の子供ばかりを狙ってた悪質なものだ。頭に穴を開け、脳みそと目玉だけが抜き取られているという実に気味の悪いものだった。
――事件の始まりはまだ雪積もる、春待月の満月の夜。魔物による最初の被害は、森の動物達だった。子ウサギや、子狐、小鹿など。皆、後頭部に穴が開いていたのだ。森の猟師はとても気味悪がっていた。
その翌月の満月。つまり昨日。アンダーソンと隣のローレンスの家畜小屋二棟で、子牛、子羊、子ヤギ合わせて、20頭が脳みそと目玉だけ取られ、小屋の中で死んでいた。幸い大人の牛やヤギは無事だったらしい。どうやらその魔物は、子ばかりを狙っているようだ。
村の連中はこれを、『脳みそお化け』の仕業と騒いでいる。満月の夜にしか襲撃しないことを踏まえて、第ニ共同牧場に仮の家畜小屋を建てて、村中の子牛や子ヤギ、子羊、子馬を一か所に集め、次の襲撃に向け、村の酪農家たちと自警団が一緒に見張ることを決定したばかりだ。
なんせ、この村は人口よりも動物の数が多い。人手が足りないのだ。だから、狙われそうな子を一か所に集めて守る必要があった。
正体を突き止めなければ、今後の対応に支障が出る。それに、新たな魔物が出現したなら、商業ギルドや冒険者ギルドにも報告しなくてはならないし、やがてギルドが領主にも報告するであろう。
今まで、脳みそと目玉だけを抜き取る魔物など、聞いたことがないだけに、不安だけが広がっている。
「みんな、本当にすまん。あんな事件があったばかりなのに……」
村の人に深々と頭を下げる。
「エドガーよ、馬鹿言うんじゃね~よ!! セレーナちゃんが行方不明なのにのんびりしてられるか!!」
時間が経つにつれ、心がざわつき、居ても立っても居られない。なんでもいいから、手掛かりを探し回るしかない。
(家で待っているソフィーやレオになんて説明したらいいんだ。もしも、このまま見つからなかったら、きっとあの感情的なソフィーのことだ、尋常ではいられないだろう……)
「もしかして、エール川に住んでいる水魔にやられたか……」
靴屋の老人が呟く。
「はっ、水魔って本当に⁉ 俺は、この村に生まれてこの方30年暮らしてるが、そんな話聞いたことないぜ」
若者は年寄りを馬鹿にするように鼻で笑った。
「バカモン、当り前じゃ。奴らは、警戒心が強く、滅多に人前には姿を見せない。隙を見て水遊びをしている幼い子供や、小動物など主に狙う、狡猾な奴らじゃ」
「どうせまた、お得意の作り話だろ? いい加減に古靴でも直してろよ!!」
「なんじゃと⁉ 年寄りの話を聞け、この青二才めが!!」
若者と老人が唾を飛ばしながらの口喧嘩が始まると、皆一斉に騒がしくなった。
「おーい! ガーロン山の入り口でセレーナが見つかったらしいぞ!! 魔法通話で知らせがあった」
仲間のジンの声だ。ジンは魔銅石と雷魔石がはめ込まれた木箱型の通信機器を持っている。
「今、ジークがセレーナと男の子を保護した。ガーロン山の入り口にいるらしいぞ」
俺は、それを聞くとすぐさま山の方へ全力で駆け出した。
すっかり夕日が沈み、薄明の空に一番星が光っている。辺りはすっかり薄暗くなり、足元が暗くて見えづらい。
「うわっ!!」
《ドッザザザァァーー》
砂利道の小さな窪みに足を取られ、大の大人がみっともなく派手に転んだ。
「痛っ、くそがぁ~!!」
擦りむいた膝をはたいて、もう一度立ち上がり、俺は走りだした。
(ああ、神様、お願いだ!! セレーナが無事だと言ってくれ!! 頼む)
心臓の鼓動はうるさく暴れ出し、汗を掻き、息を切らせながら、神に祈りつつ走り続ける。顔は涙なのか汗なのか分からないぐらいにぐちゃぐちゃになっていた。
「はぁ、はあ、……お、父さん、僕も行きます!!」
ルカが俺のあとをついてきた。
すると、遠くの方で小さな丸い明かりが一つ。こちらへ向かっている様子が確認できた。自警団のジークと男の子とセレーナの三人だ。
(あの丸い光はなんだ? 光魔法か?)
俺は、大きな声で叫んでみる。
「セレーナ、セレーナ!!」
「お父さ~ん!! お父さ~ん!!」
目を細めてよく見てみると、セレーナがこっちに向かって走ってきた!!
俺も全力でセレーナに駆け寄る。
「はぁ、はぁ、……セレーナ、……セレーナ、……良かった」
セレーナの走る姿がとても可愛らしくて、つい涙腺が緩んでしまった。顔を両手で塞ぎ、思わず天を仰ぐ。
(あぁ、幸運の女神フォルティナ様、感謝致します!!)
セレーナの前で崩れるように膝をつき、走って息の上がった小さな体を強く抱きしめた。みっともないぐらいに手の震えが止まらない。
今、どこか怪我がないかセレーナの体を一通り確かめる。俺はセレーナの小さな手を握りしめた。
「お前が川の真ん中でいなくなったっていうから、父さんは、てっきり溺れてしまったんじゃないかって、ものすごく心配してたんだぞ!!」
つい大きな声で言ってしまった。言い方が強すぎただろうか……。
「……おとうさん。んぐっ、ゔぅぅ……」
「ほら、セレーナ。泣きたいときは、我慢しなくてもいいんだぞ。思い切り大きい声だして泣いてしまえ!!」
俺は、セレーナの背中を慰めるようにさすってやる。
「お、おとうさっ……ゔぅわぁぁぁぁん~~!!」
「!!!」
今まで甘えてこなかったセレーナが、いきなり俺に抱きついてきた。はじめての出来事に、俺は感極まった。
今まで、セレーナはわがままを言うことなく、俺やソフィーの言うことをよく聞いていた。聞き分けが良すぎるぐらいに。
レオのように、分かりやすいぐらいがちょうどいいのに、年に似合わず大人びたセレーナが少し心配でもあった。俺らはこの子に我慢をさせているのではないか、この子の望みが何なのか、正直分からなかった。
でも、今は分かる。この子は、きっと心を開きたかったに違いない。ずっと、甘えたかったんだ。心を許したかのように、俺の胸の中にいる。それがとても嬉しかった。
「あぁ、お前から俺を抱きしめてくれる日が来るなんて……どんなにこの日を待っていたか」
俺はセレーナを愛おしく抱きしめた。
「セレーナ。可愛い、大切な俺の一人娘。よくぞ無事だった!!」
セレーナの小さく柔らかな頬に俺の頬を擦りつける。
(……甘く、優しい匂いがする。俺の娘……俺の宝物)




