第十四話 シルフリードとの和解
読んでいただき、ありがとうございます。
時間帯が変わりましたが、よろしくお願いいたします。
シルフリードの声が洞窟内で響いた。
(心配してくれたのかな?……でも)
「セレーナ!! いたら返事をしろ!!」
声がだんだん近づいてきた。
戸惑うなか、エールはセレーナに衣服を渡した。
「濡れた服はシルフリードを呼んで、乾かしてもらいなさい」
すると、突然目の前にシルフリードが現れた。
「あっ、いた!!」
「うわっ!!」
私は、咄嗟に濡れた服をシルフリードに投げつけた。
「シルフリード! これ乾かして!!」
「はぁ? 俺がどんだけお前のことを探したと――」
「いいから!! 向こう向いてて。私、裸なんだからね!!」
私は、急いで湯船に飛び込んだ。
「はっ、俺に幼児趣味はねえよ。3歳児のくせに、なにを女の子ぶっているんだよ」
「いいから、早く服を乾かしなさい!!」
思わず声を荒げた。
「はっ、命令か?」
「命令よ!! 乾かすぐらい簡単でしょ?」
シルフリードは、面白くないと言わんばかりにさっと私の服を乾かした。
私は、シルフリードが後ろを向いている隙に温泉から上がった。
「私も乾かして!! こっち見ないで乾かして!!」
「はいはい、わがままなお嬢様。仰せのとおりに」
シルフリードがいきなり冷たい風で私の体を乾かすものだから、思わず大きなくしゃみが出た。
(クシャン!!)
それを見ていたフルーランが堪忍袋の緒が切れた。
「あんたね、契約者に意地悪するのも大概にしなよ? この子が風引いたらどうするんだよ」
フルーランは自分の手を突き出すと、シルフリードの顔に冷たい水をかけた。
「つめてーじゃねぇーか!! 何すんだよ!! っていうか、お前誰だよ?」
「そんなことより、どうしてあんたがいるのに、あの子は冷たい川へ落ちなきゃいけなかったんだよ!!」
フルーランが真剣に怒っていると、シルフリードがたじろいだ。
すると、エールが温泉から立ち上った。
シルフリードは、目のやり場に困り、頬を染めて視線を外す。
「私が助けてあげたよ。この子はね、川へ落ちたときに水魔に襲われて、川底へ引きずられようとしていたのよ。それを私が助けたの。大量に川の水を飲んでいて、危うく死にかけたわ」
シルフリードの顔色が青ざめる。
「だからか、とても息苦しくて、おかしくなりそうな気持ちになったのは……」
フルーランはセレーナをかばうように立ちはだかった。
「私、最初から見てたわよ。この子は、あんたに何をお願いした? 川の真ん中で助けを求めている子リスを助けてって言ったんでしょ? そんな難しい任務だった?」
シルフリードは、顔を赤くした。
「そんなわけないだろ!!」
「じゃあなんで契約者の命令に従わなかったの? 風の精霊って仕事ができない無能な精霊なんだ? ダサっ」
シルフリードは、カッとしてフルーランに風攻撃をしようとした。
すると横で見ていたエールが両手をかざしてシルフリードを急速に水で包みこんだ。
シルフリードは、風の力で水をはねのけようとするが、そこはエールの水流と水圧が勝っていた。
大きな水の玉の中でシルフリードは口から酸素を、ゴボゴボと吐き出し、とうとう身動きが取れなくなった。
「風は空気がなければ、動けないからね……水の力を甘く見ちゃだめよ」
「セレーナ?……セレーナ!! どうしたの、ねぇ、どうしちゃったのよ!!!」
フルーランが慌てて、私の周りをウロウロする。
(苦しい、……息が!!……シルフリードの苦しい思いが……伝わる)
私は、地面にうずくまり、エールの顔をみては、首を横に振った。
「あなたたち……痛みも繋がっているのね。厄介だわ」
バシャンと水が地面に落ちると、シルフリードはゲホゲホと咳をしながら、地面に転がった。
「はぁ、はあ、……ねぇ、死ぬ寸前って苦しいでしょ? 私も苦しいし、怖かった。……もしも私が死んだら、あなたも、消滅するんだよ?」
私は、肩で息を切らせて、座り込んだシルフリードを真正面からじっと見つめた。綺麗な空色の瞳は耐えきれずに、私から視線を背を向けた。
「シルフリード。そこにある可愛い彼女はね、あなたの仲間になる人なの。フルーランていうの。これからよろしくね」
すると、シルフリードが険しい顔をした。
「ははっ、俺になんの相談もなしに契約するのかよ」
そういうときほど、私は特に冷静だ。
「……シルフリード、ろくに助けてくれなかったあなたに、なんで許可を取らなければいけないの?」
シルフリードの目が開いた。
「私は契約者よ。 なんでいちいちあなたの顔色を伺わなきゃいけない? それにね、フルーランがいてくれたら、今度水魔に殺されそうになっても助けてくれる。誰かさんと違ってね」
「チッ!」
シルフリードは面白くないと言わんばかりに、舌打ちをした。
天界でのシルフリードを、思い起こす。
(『お前、オレと友だちになれ!』)
「シルフリードは私の友達でしょ? 友達は助け合うものよ。でも、今日のシルフリードは私をちっとも助けてくれなかった。それどころか、自分の力で何とかしろってそればっかり。フォローをすると言っておいてしてくれなかったじゃない。久しぶりに会ったのになんでこんな仕打ちをしたの?」
シルフリードは俯いて答えた。
「……友達っていっても、どうせお前は、生まれてから、三年も俺のことを気にも留めていなかったんだろ?」
「そんなことないわよ。逆にいつ来るか待ってたぐらいなのに‼」
「だったら、なんで呼んでくれなかったんだよ‼ 本当は俺の事なんてすっかり記憶から消されていたんだ。存在すらなかったみたいにな‼」
「ちょっと、聞いてよ‼ 私は――」
「俺は、三年間、雨の日も、雪の日も、名前を呼ばれるのをずっと待ちわびていた。だからこの村からどこへも行かなかった‼」
私は耳を疑った。あの自由でいたいと言っていたシルフリードが呼ばれるのを待っててくれた?
「……久しぶりに会えたのに、自分が困っているときだけ呼ばれてさ。なんか俺自分が惨めに感じてさ。お前が言う友達ってのは、だだの都合のいい便利屋なんだろ? だから意地悪をしたくなったんだ」
私は愕然とした。シルフリードの視点から見れば、私はシルフリードのことを『都合のいい友だち』扱いをしたことになるのか。彼にずっと寂しい思いをさせていたのは、私の方だったというのか?
突如、頭の中にシルフリードが私の家の周りをうろうろして窓から様子を見ている映像が頭の中に飛び込んできた。そのシルフリードの表情はなんとも切なく寂しそうな顔をしていた。
精神と魂が繋がっているからだろうか。シルフリードの寂しさがダイレクトに伝わると胸が苦しくなってきた。
「……あっ、これ似てる」
《回想》
――あれは、私が小学三年生のとき。マンションに帰るのがつらくて、こっそりおばあちゃんの家へ見に行ったことがあった。でも、その家には、すでに知らない家族がそこに住んでいた。
外から洩れる包丁を切る音、テレビの音、笑い声、お母さんが子供を注意する声……。
塀の内側には、私の知らない家庭がそこにあった。塀の外にいる私は、ただ、それを眺めるだけで、胸が痛くなるばかり……。
(切ない、悲しい、寂しい。そういえば、私、いつ笑ったんだろう……)
❇❇❇❇❇
「……はぁ、あなたにも同じ経験をさせてしまったのね」
私の様子にシルフリードが動揺する。
「……呼ばなかったことは、謝る。私の勝手な思い込みで、あなたを放置してたみたい。信じないかもしれないけど、これでもシルフリードから来るのを待っていたんだよ」
「嘘つけ!!」
「嘘じゃない! それに、私呼ばないから自由にしていいって、契約前に2人で話し合っていたし、あなたも『俺は自由を愛する精霊だからな』って言っていたから、あなたの自由の邪魔をしてはいけないと。用がない限り、呼んではいけないと考えたの」
シルフリードは、突如はっとした表情になる。
シルフリードは思い出したかのか、自分から自由を望んでいたことをすっかり忘れていたみたいだった。
「そうだ‼ ……なんで今まで忘れていたんだろう。俺、契約前は自由でいたい、縛られたくないって言ってたな……。あれ? まさか、名付けの契約からきっと気持ちに変化が……」
「もしかして、精神と魂が繋がって、気持ちが同化してくるっていうアレ?
「きっとそうだ。セレーナと俺の気持ちが同化したことで、お前が俺を待つように、俺もお前を待っていたんだ。契約前はそんなの意識したことなかったのに」
シルフリードの言葉に私は唖然とした。
「じゃあ、契約前と契約後の考え方が変わったということ?」
「精霊の俺が、お前のように、人間ぽい考え方をするようになったってこと!」
シルフリードの空色の瞳が潤い、表情に明るさが戻ってきた。
「俺はちっとも呼ばれないから、無視されて嫌われているかと思ってしまった。そうか、俺が自由を愛する精霊と言ってしまったから、お前は呼ばないことで俺に自由な時間をくれていたんだな」
シルフリードは私に近づいた。そして、視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「どうして、契約前の事を忘れていたんだろう。冷たい態度を取ってしまってごめん。意地を張って、危険な目に遭わせて悪かった」
シルフリードが私の頭に触れ、優しく撫でてくれた。近づいて顔を見上げると、反省しているようにも見えた。
「ごめん、俺から会いに行けばよかった」
シルフリードは私の小さな手をぎゅと握りしめた。
「私も、気を使って遠慮しなければ良かった。話せば解決していたのに……」
(もう、シルフリードにあんな寂しそうな表情はさせたくない。それがつらいのは知っているから)
「はいはい、お互いに誤解が解けたようで、良かったわね。そろそろ暗くなるから、早いうちに山を下らないといけないよ」
エールの周りにたくさんの水の精霊たちが飛び跳ねた。まるで仲直りを喜んでいるかのようだった。
私たちは、エールにお礼を言うと、シルフリードと手を繋いで洞窟を出た。
「じゃあね、ご主人様! こいつのことでまた困ったことがあったら呼んでね!」
フルーランは、そう言い残すと、バシャンと水が弾ける音と共に姿を消した。
「もうすぐ日が暮れそうだ。村ではお前が消えたことで大騒ぎしているぞ」
シルフリードの言葉に、胃が痛くなりそうになった。
10分後に投稿します。
少し加筆と訂正を加えました。ご了承下さい。