物資提供
猪の獣人は、麻酔薬を注入されて眠っている。
さっきまで鏡に突進を繰り返していたせいで、トイレの洗面台がぶっ壊れてる。
鏡が裂け、壁にまで亀裂と牙の穴が開いちまった。
タイルの床には色んな破片が飛び散り、一歩足を動かす度に靴底から硬く擦れる音が響く。
「少年を探すつもりが、まさかの収穫だぜ」
階段の下で煙草を吸うロックは、楽観的なことを言う。
「どこがだよ、呪いの被害者が増えただけじゃねぇか」
男を肩に乗せて運び、『ハーブ青果』オフィス外階段に凭れさせた。
人が来てないか気にしつつ、便利屋のダニエラ・ブルネッタを待つ。
「少なくとも呪いの宝石を知ってる、こいつがどこでどう宝石の情報を手にしたのか、調べる必要があるぜ」
「話してくれると思うか? さっきまで俺達を『化け物』って叫びながら突進して、さらに鏡で自分を見て『化け物』、まともじゃない」
「そこはアル坊がなんとかしてくれるさ」
全知全能の神とでも思ってるのか、こいつは……——。
――10分後、ダニエラ・ブルネッタが中型トラックに乗ってやってきた。
オーバーオールとキャップ帽、首にかけたゴーグルが目印の少女。
「ハァイ、ミスターハーゼ、ミスターリカントロポ?」
「あー、その呼び方やめてくれ、フリトだ」
ダニエラは余裕の微笑を浮かべて揶揄ってくる。
娘と近い年頃の子と話すのはどうも苦手だな。
「冗談よミスターフリト。ほら、ジャンク品を運ぶの手伝って」
「あぁ」
言われた通り、デカいコピー機を荷台に運ぶ。
「それと、ミスターハーゼ、随分大きなブツを手に入れたのね。仲間?」
「アル坊へプレゼントさ、残念だったなシニョリーナ」
「生き物はお断り。はい、バトラーさんに連絡したいならどうぞ」
ダニエラはそう言うとポケットから携帯電話を取り出す。
背面に黄色いテープを貼って、その上に黒いペンで『便利屋』と書いてあった。
「いや、車で運ぶさ。また報酬から引かれちゃ困るんでね」
「あら残念」
ニヤリと、悪戯っぽく微笑むダニエラは軽いノートPCを何台か束ねて荷台に運んだ。
いくつかオフィス用のジャンク品を運び終えたあと、品を確認しだす。
「今回は結構良い部品だから、報酬も高いかも。店長次第だけど」
「ははっ、そこは信頼してるぜ」
じゃあね、とダニエラは軽く手を挙げて、中型トラックで颯爽と出ていく。
「さて、長居は余計な目を集める。さっさとアル坊の事務所へ運ぼう」
ベージュカラーで全体的に丸みを帯びた小さな2ドアの乗用車、ロックの愛車。
シートを倒して、後部座席に男を放り込む。こいつが宝石の手がかりになることを願うしかない。
助手席の道案内に従い、バトラー法人事務所に向かった――。
「ここだ」
1階がガレージになってる事務所を指す。
バトラー法人事務所――綺麗な看板とホワイト一色の建物。
ガレージに入れば、警備員が車内を睨みつけてくる。
助手席から軽く手を振るロックを見て、「あぁ」と納得した顔で誘導する。
指定された場所に駐車。
「どうもロックさん、それと、あーご友人ですか?」
俺を見る目は訝しめで、警戒している。
「そうとも。見た目は肉食だが今のところ喰ったりしないから安心してくれ。で、ドクターいるかい?」
一言余計なんだよ。
警備員のベルトにはテーザーとは違う、実弾を発砲できる拳銃が吊るしてある。
ニュースかポスターぐらいでしか見たことがなかったのにな。
「えぇ、地下の医務室にいますよ」
「どうも。じゃあ相棒、そいつを運んでいこうぜ」
警備員がB1階行きのボタンを押して待ってくれる。
後部座席から男を引きずり出し、肩で担ぐ。
顔を引き攣らせた警備員は、詮索せずに帽子の鍔を軽く摘まんだ。
エレベーターで地下1階に向かうが、他のオフィスと差もない通路。
「普通の事務所っぽいな」
「そりゃ普通に法人をやってるからさ」
「裏じゃ犯罪組織なんだろ?」
「副業さ、副業。ちなみに俺は用務員なんだぜ」
スーツの内ポケットから社員カードを取り出し、ひらひらと見せつけてきた。
写真付きだが、肝心の顔はマジックペンで塗りつぶしてある。
「お前のどこが用務員だよ! つーか塗りつぶすなよ!」
「まぁ人生いろいろあるのさ。それに用務員としてちゃんと接遇から掃除まで色々するぜ」
荒々しい所作しか見たことがねぇよ……。
お気楽なロックは、医務室へノックもせずに入っていく。
『喫煙禁止!』
これまたデカい張り紙に目がいく。こりゃ多分、ロックに向けたやつだな。
モニターと睨めっこをしているメガネをかけた白衣の男は、押しかけてきた俺達を見ても驚くことなく立ち上がる。見た目、俺より年上で50代以上に見える。
「獣人がこんなに、とうとう町がおかしくなったか? 今何時だと思ってる」
卑屈を匂わす抑えた声で、俺達を睨む。
時刻は既に深夜1時を回ってるが、こういう法人にいるドクターも深夜残業あんのか?
「悪いねドクター、紹介してる暇がない、急患さ」
「ベッドに寝かせろ。簡潔に言え」
診察用のベッドに横たわらせる。
「便利屋に頼まれてジャンク探しに行ったらこいつがいたのさ。アルコール中毒、痛み止めを注入したから眠ってるってところだな」
空の注射器を見せると、ドクターは顔を歪めた。
「あの鎮痛剤を全部使ったのか? 呼吸はできてるようだが……全く、もう少し慎重に使え」
「そりゃ失礼」
「目が覚めたら問診を行う。状態が落ち着き次第ボスに知らせる。それでいいな」
「おうとも」
医務室を出て、今度はエレベーターで3階へ。
「どこ行くんだ?」
「アル坊のところさ」
3階端の理事長室をノックする。
『どうぞ』
年齢より幼く思える、ややハスキーな声が返ってきた。
「失礼するぜアル坊」
紺のスーツを着たアルが、爽やかな表情で迎える。
理事長室の中は綺麗で、シックで統一した感じだ。
特に目立つのは、壁にたくさん貼り付けられた画用紙。色んなクレヨンで子供達が描いた家族のイラストみたいだが、どの親の顔も笑っていない。ムスッとしていたり、無表情だったりしてる。なんとも他人事じゃない痛い話だ……。
「コインランドリーの件、運よくバレンシアに注目が集まってるけど、爆破はやり過ぎだよ」
「まぁその件はあとでちゃんと報告するさ。それよりアル坊、宝石に関する情報が手に入りそうなんだ」
楽し気にロックが事の経緯を説明すると、アルは目を見開いた。
「うーん呪いを解く方法が分からないのに、困ったね」
落ち着いた口調のせいか、困ってるようには見えない。
ふぅ、と一息吐いて続ける。
「例の獣人から宝石の情報を聞けるまでは、目立つことをしないでね。いいかい、ロック」
「ふーむ、派手はロック様の代名詞だぜ?」
「はぁ……フリトさん、申し訳ありません。こんな彼ですが、もうしばらく付き合ってあげてください」
「あーまぁ、今のところは平気だ。まだ慣れねぇけど」
ありがとうございます、と会釈したアルは、デスクの下から紙袋と金属製のケースを取り出した。
「今日のどこかで渡そうと思って用意していたんです。ご協力頂いているのに物資を提供していませんでしたから、是非使ってください。中身は服と銃です」
「じゅ、銃だって? おいおい俺は素人だ、扱ったこともないのに、無理だっての」
服は助かるけど、人を簡単に殺せちまう凶器なんか使いたくねぇ。
「いつどうなるか分かりませんし、ロックと二手に分かれることがあれば危険です。護身としてお使いください。ロック、扱い方をちゃんと教えてあげてね」
「仰せのままに、ボス」
続く。




