射撃訓練、取引
アルから贈られた服はロックと同じブラックスーツだ。
いつ採寸したのか分からないが、今の体格にピッタリ。
ボロボロで血もついてる、長年ニール印刷所で使ってきたビジネススーツとはお別れか、置いといてもな、何日間も着ていたから正直臭い。
惜しみつつゴミ箱に突っ込んだ。
鏡越しに見える、ソファで長い脚を組んで寛いでる兎男を睨む。
「似合ってるぜ相棒」
「お前とお揃いなんてな、最悪だ」
楽し気に笑い声を出してやがる。こいつは何を言っても効きやしない。
「スーツはいいさ、それより大事なのはやっぱり武器だな」
ロックは金属製のケースをテーブルに勢いよく置き、金具を外して中身を広げる。
スポンジの中に、照明で輝いてるように見えるシルバーの拳銃が収まっていた。
弾が出る部品の側面に刻印された『ヴォルグ-P01』
「相棒のデカい手でも握りやすいようグリップが改良してある。滑り止め加工に、グリップサイズも大きめ、指だって太いからな、トリガーガードも広くしてある。ヴォルグP01、大口径の弾……これで撃たれたら無事じゃ済まねぇぜ」
グリップ側を俺に向けて、差し出す。
ロックの言う通り、俺の手で丁度よく握ることができた。
想像以上に軽い。
「さて、練習がてら整備工場に行こうか」
「整備工場?」
「町から少し離れた国道の荒野沿いにベンチ整備工場ってのがある。随分前に薬物取引でしょっぴかれてね、無人になってる。まともな奴なら近寄らない良い場所だぜ」
なんでそんなところを射撃練習場に選んだのか……——。
――町のはずれ、森林公園とは反対側にある南方の砂地が目立つ道路沿いに建っている工場にやってきた。
『ベンチ整備工場』
四角い看板の縁で黒ずんだ豆電球が名前を囲んでくっついてる。営業してた頃は目立っただろうな。
太陽は上を通り過ぎた辺り、つまり、まだまだ明るい。
こんな時間帯に、兎男と狼男がうろついてんだから、一般人が見たら卒倒してしまう。
ロックは愛車の窓から外を覗き、工場を見回す。
「よぉし、貸し切りだな」
「後で誰か来たらどうすんだよ」
「こんな明るい時間なら来ないさ」
「最悪の場合を考えろってんだ!」
「その時は気絶させて、どっかに転がしとけばいい」
なんでも暴力で押し通しやがって……犯罪組織の人間ってのは、なんだって荒々しいんだ。
ロックの愛車を工場の裏に寄せて駐車。
ベンチ整備工場の中は、泥土で形成したのかってくらい錆びた車が2台、放置してある。
手すり、工具、車体を持ち上げるレーンさえも錆び臭い。鼻の中が痺れた感じになってしまう。
転がってる空瓶と空き缶を拾ったロックは、錆びた車の上に並べる。
「早速、射撃訓練と行こうか。並べた缶と瓶に向かって撃ってくれ」
「いきなりかよ……弾込めたのと、装填、引き金を押さえる以外のレクチャーはねぇのか?」
「反動がデカいだろうから、重心を前に傾けるといい。足を肩幅に広げて、姿勢を安定させる。あとは、ゆっくりトリガーを引くぐらいか。とにかく、前後のサイトを一直線にして狙ってみるんだ」
腕を組み、顎で的を指す。
銃の扱いはロックの方が絶対詳しい。言う通りに姿勢を意識して、拳銃を構えた。
ゆっくり引き金に指を宛がい、沈んでいくのを感じ取りながら、押さえる。
目の前で爆発でも起きたみたいに、激しい破裂音が響いた。
指先から暴れまくる反動が、全身にまで伝わってくる。痛みの痺れに食いしばって耐えた。
的は、残念ながらどこにも当たっちゃいない。足元で空薬莢が寂しく転がる。
「まぁ最初から当たるわけないさ、ほら相棒、当たるまで撃とうぜ、じゃなきゃ殺されちまう」
くそ、死にたくねぇし、殺したくもねぇ……——。
——気持ちと相反するなか練習を続け、やっと当たるようになった。真ん中とはいかないが、端っこに触れる。
気付けば日が落ちて、すっかり暗くなっていた。
「まぁ、大口径なら急所以外に当たってもかなりのダメージになるさ。さて、頼まれごとをしますか」
「あぁ? 頼まれごと?」
ロックがしゃがんで車の下を指す。
なんだと思って近づいて覗いてみると――ぐるぐるとテープで巻いたビニールの包み、硬い何かが入っている――錆びた車のちょうど裏側にくっつけて隠してあった。
「なんじゃこりゃ」
「今若者たちが欲しがってるハッパさ」
「ハッパぁ? そりゃ、つまり、薬物か……」
息子を思い出す。たかが大学の試験に落ちただけで、この世の終わりと嘆いていた。いつの間にか薬物に手を出し、挙句に妻が、「どうしてもっと話を聞いてあげなかったの」だと。嫌なことを思い出してしまった。
「正解。ドクターに頼まれたのさ、痛み止めを使い切ったから持ってこいってね。それと、金もな」
「あぁー、金?」
「せっかく来たんだ、取引現場を襲って金を貰おう」
「クソっ、そのためにここを選んだのかよ! てか最初から言いやがれってんだ!」
「言ったらなんだ、アンタ反対するだろ。暴力はんたーいって、まだ一般人気分が抜けてないオッサンがよ」
「なんだと? 俺は今もサラリーマンだ! 宝石を手に入れて、借金返して仕事に戻る! 人殺しなんかしたくねぇんだよ!」
頭に血が上り、感情の抑制が効かず大声を出す。
ロックは全く動じる気配がない。むしろ笑って揶揄ってきやがる。
「おぉーこわ、相棒、残念だがサラリーマンなんか戻れないね、アンタは家族を見捨て、自分勝手に借金して獣人になったクソ野郎さ」
「てめぇ!」
ロックの襟に掴みかかろうとした瞬間、車のライトと激しく唸るエンジン音が響いた――。
続く。




