始まった惨劇
「敵に動き。各隊の距離を極端に狭めて、陣地の縮小をおこなっている模様」
「ロバウ殿ならあれをどう読む?」
「通常であれば、本陣の守備を厚くしているようにしか見えないが、そうでないとすれば……」
「防御魔法の効果範囲を狭めているということになるのでは?」
「まあ、間違いなくそうだろうな」
その言葉とともに、ボナールはニヤリと笑う。
そして、勝ち誇った表情で口を開く。
「つまり、あれはこちらの隙を狙い攻撃をおこなうための準備。まさに予定通り」
「もちろんこちらも予定通り。急速反転させた一隊が突入する」
「さすがに最初の一撃は受けてしまうことになるだろうが、ルルディーオたちの防御魔法で効果の大部分は消える。そして、その間に結界を突破し乱戦に持ち込めれば、第二撃はない」
「つまり、我々の勝ちだ」
完勝を確信するボナール。
そのボナールを眺めるロバウの内側では言い知れぬ不安が芽生え、急速に大きくなっていく。
……たしかにボナール殿の言葉は筋が通っている。
……目に見える光景もその言葉どおりで否定する要素は見当たらない。
……だが、それはそのように見えるだけで、実は罠に嵌められているのはこちらということはないのか?
……なにしろ相手は想像もしない戦い方で我が軍を渓谷から叩き出した者。策だけではなく、相手の意図を読み解く洞察力を兼ね備えていると思われる。
……そのような者であれば、すでにこちらの意図を読んでいる可能性は十分にあるだろう。
……それにもかかわらず、これだけ見透かされた策を用いてくるのか?
……大きな失敗をする者は、自説に拘り、見たいものだけを見て、自らの説にとって都合の悪い多くの予兆を見逃すことが多い。
……今のボナール殿はそのような状態に陥っているのではないのか?
……もちろんこれが私の杞憂であればいいのだが。
一方、同じ光景を見ながら、ボナールと違い困惑の表情を浮かべていたのは、貴族軍陣地内でフランベーニュ軍全体の魔法防御を担っていたオーバン・ルルディーオとエクトル・ネラックのふたりだった。
「ネラック。おまえは魔族のあの動きをどう読む」
主語は変わるものの、ボナールと同じ問いを口にしたルルディーオに対して、ネラックはすぐには答えない。
……あれはまちがいなく防御魔法の効力を強化するためのもの。
……だが、本当にそれだけなのか?
……おそらく魔術師長もそのことを言っているのだろう。
「魔術師長はどのように考えますか?」
自らは答えず、逆に返したネラックの問いにルルディーオも唸る。
「魔族は良からぬことを考えて動いているようにしか思えない」
ネラックの言葉にルルディーオが頷く。
「まあ、考えられるのは一点集中の渾身の一撃を狙うということだろう。そして、その狙う先は……」
「我々?」
「それ以外にはないな。そして、我々を消し去ってから残りを葬る算段だろう。だが、我らふたりが自身の防御に集中させればどれほどの攻撃魔法は十分に防げる」
「そのとおり」
「だが、そんなことは相手だってわかっているはず。それなのになぜそれをおこなうのだ?」
だが、ルルディーオがその言葉を言い終えた直後、状況は激変する。
魔族軍の中央であらたな魔力の塊が生まれ、急激に成長し始めたのだ。
そして……。
「魔術師がもうひとりいる」
「しかも、とんでもない魔力。いかん。これは……」
それがふたりの魔術師がこの世で口にした最後の言葉だった。
ボナール軍が、いや、フランベーニュが誇るふたりの魔術師はその反応に気づいた瞬間火に包まれた。
いや。
そう見えただけで実際は少々違う。
実は、危機を察したふたりは瞬時に他のすべての防御魔法を解除し、自分たちだけを守るためにその力を集中させていた。
それだけでもこのふたりがいかに有能な魔術師かがわかる。
だが、やってきた魔法があまりにも大きすぎた。
これまで見たことないのはもちろん、そのようなものがあることすら想像できないほどの強力なその魔法は防御魔法を簡単に粉砕しふたりに家族への言葉を残す時間をすら与えず一瞬でその身を灰にした。
もちろんそれをおこなった魔族の少女がターゲットにしたのはふたりの魔術師だったのだが、攻撃は杖を使わないどころか指ひとつ動かさなかったため、その威力は申し分なかったものの細密さはやや欠けるものがあった。
そのため、周辺にいたふたりの弟子となる魔術師たちと彼らの護衛や伝令兵まで巻き添えとなる。
だが、それはまだ始まりの始まりでしかなかった。
正面に展開する貴族軍の一角で上がる炎を眺めながら、グワラニーは小さく頷き、それから短いこの言葉を口にする。
「では、続きを……」
祖父である魔術師長の視線に少女は小さく頷くと、今度は杖を顕現させる。
目標はクペル城。
たとえば、クペル城全体を炎上させる程度のことであれば、少女の力をもってすれば極めて容易いことであり、杖など不要なのだが、城内にいる魔術師のみを攻撃目標とするのであれば、さすがにそうはいかない。
「先ほどはあのように言いましたが、目標の第一はクペル城にいる魔術師の排除。そのためなら、ボナール将軍が巻き添えになろうが、城が盛大に破壊されようが問題ありません。よろしくお願いします」
「わかりました」
グワラニーの言葉は、自分のハードルへの下げるためだけに言ったものであり、本心ではないことは少女には痛いほどわかる。
もちろん、彼女が目指すのはグワラニーの望みを完璧に果たすこと。
少女は精神を集中させ、心の目で魔術師の位置を探す。
……魔力を確認できるのは四か所。
城内に分散している魔術師の位置を把握すると、次は使用魔法となる。
……炎?風?
……いいえ。ここはやはり……。
……雷系魔法。
ちなみに、この世界の攻撃魔法は大きく分けて四つに分類される。
その中のひとつ雷系魔法は、炎系と氷系に比べて難易度が上とされる。
特に繊細なピンポイント攻撃には不向きとされているのだが、それをここで使用することを躊躇わないところがデルフィンの魔術師としてのレベルの高さを示すものといえるだろう。
そこにつけ加えれば、風系魔法の難易度はすべての点において最上位とされている。
……グワラニー様の話では敵将はこちらをずっと観察しているという。
……ということは、塔の最上段にいる三人の魔術師の近くにその人物がいるということになります。
……そこだけは特別な注意が必要です。
……残りは……。
……さすがに室内にいる者たちを単独で攻撃するのは難しいのですが……。
……幸いにも距離が近いので、昨日よりも精度は高いはず。
……まずは敵将のいる場所……。
少女が目を開け、視線とともに杖をクペル城の最も高い場所へ向ける。
直後、雷鳴が響いた。




