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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第九章 マンジューク防衛戦 Ⅱ

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魔法無効化結界

 フランベーニュ側で惨劇が起こっていたほぼ同じ頃のアリターナ側の渓谷内。


 いうまでもなく、彼らのもとに同じ災難はやってきていた。

 その状況も全く同じ。

 そこにあらたな悲劇の種が姿を現わす。


「チュプラーノ様。火球です」

「クソッ。魔術師が全滅している今は防ぎようがない」


 兵たちとともにそれを見上げた将軍バルダッサレ・チュプラーノが呻く。


 さらに渓谷の最前線に近い場所にも別の火球が姿を現わしていた。

 ふたつ目となるそれを睨みつけたアドルフォ・ペトロイオがこう怒鳴り散らしていた。


「今の俺たちにはひとつで十分だろう。死ね。クソ魔族……」


 そこから知っているかぎりの罵詈雑言を火球に向けてぶちまける。

 もちろんそれを言ってどうにかなるものではないのはペトロイオだってわかっている。

 それでも叫ばずにはいられなかったのだ。


 だが……。


「弄ばすにさっさとやれ。魔族」


 緊張の糸が切れた兵士のひとりがそう叫んだとき、奇跡が起きる。

 なんと、ゆっくりと、だが、確実に火球が遠ざかっていったのだ。


「ペトロイオ様。か、火球が消えました。ふたつとも」

「ああ。俺も見ていた。まあ、事実は消えたというよりも飛んでいったというのが正しいのだが」


 安堵から半分涙声の兵士の言葉に応えながらペトロイオは心の中で呟く。


「……あの方向はフランベーニュ側の渓谷とクペル城。なるほど。フランベーニュにはあれをお見舞いし、俺たちと同じ思いをさせるわけか」


 事実を言ってしまえば、ペトロイオのこの言葉は半分だけが正しい。

 なぜなら、フランベーニュもすでに第一撃を食らって魔術師を失っており、その火球はさらなる一撃となるのだから。


 フランベーニュの事情など知るはずがないペトロイオは、部下の手前、口には出せない上品とは対極となる言葉を心の中で大量に吐き出すし終わると口を開く。


「魔族どもが何を考えているかは知らないが、とりあえず火球は消えた。再びあれの仲間がやってこないうちに前線に救援にいくぞ」


 ペトロイオはそう言うと自らが率いる第二陣とともに最前線に向かう。


 勇ましい掛け声とはまったく逆の言葉を心の中で呟きながら。

 だが……。


「何?」


 前線に到着したペトロイオはその様子を見て思わず声を上げる。

 一方的な攻撃を受けているはずの自軍は何事もなかったかのように戦っているのだ。

 もちろんペトロイオは知らないが、それは別の場所でフランベーニュの将軍ポアティアたちが見たものと同じ光景だった。

 ただし、有能な剣士であったことから、フランベーニュの将軍たちよりも少しだけ見る目があったペトロイオはすぐにそれに気づく。


 ……もちろん我が軍も魔族も真剣だ。だが……。

 ……どう見ても十分有効な一撃となっているにもかかわらず相手は倒れない。

 ……いや。相手だけではなく、こちらの兵士も普段なら致命傷になるものを食らっても平気で戦い続けている。

 ……どういうことだ?


 乱戦の中、味方兵士をかき分けて、戦況を把握しやすいように用意された脚立の上から渋い表情で戦況を眺める前線指揮官のひとりバルドィヴィーノ・モイアーノの元に辿り着いたポアティアは大声で自らの疑問を口にすると、同じくそれに気づいていたモイアーノは苦笑いしながら、こう答えた。


「先ほどからずっとこうだ。もちろん兵士の損害が出ないので悪くは言わないが、相手も倒せない。なぜこんな茶番になっているのかさっぱりわからん」

「なるほど。実は……」


 そこでペトロイオはモイアーノに後方で起きた出来事を話す。


「……まあ、それがこの状況の遠因であることは間違いないだろうが……」


 そう言ってモイアーノの笑みは苦みを帯びる。


「まあ、本来であれば、一方的にやられている我々にとっては今の状況はありがたいことではあるのだが、問題はこれがいつまで続くかということだな」

「そういうことだ。当然この奇跡が消えたらそれこそ茶番劇が惨劇に早変わりだ」

「できれば、そんなものに立ち会いたくもないな」

「だが、そうかと言ってこの状況で撤退もできまい」


 そう。

 お互いに押しあい、膠着状態になっているため、大幅な後退は下手をすれば、戦線が崩壊する。

 それがこの渓谷内の戦いの現状なのである。


 このおかしな状況をつくりだしているのは魔族であることまではわかったものの、それがどのような意図によるものかまではわからない。

 これから何か仕掛けてくるのもわかっているのだが、それがどういうものかも思いつかない。

 そうかといって戦いをやめれば押し込まれるだけなのでやめられない。

 ペトロイオたちのもとにやってきた意味不明なだけの八方ふさがり的状況は その茶番の幕引きをおこなうためアリターナ軍と戦う魔族軍前線に四人の男女が姿を現わすまで続くことになる。


 ひとりは人間種の若い男。

 もうひとりは同じく人間種の少女。

 三人目となる者は、剣を差している人間種、いや人間の男。

 最後のひとりだけはザ・魔族という風貌であるが、剣を差していないので魔術師である老人。


 それがその四人となる。


 それを出迎えるのは三人の男。

 ジルベルト・アライランジアとアデマール・ジャタイー。

 それから、アウグスト・ベメンテウ。


 前者はこの日の戦いを指揮する将軍とその配下にある魔術師長。

 後者は先ほど現れた老人の高弟にあたる人物である。

 ついでにいっておけば、ジャタイーも老魔術師からみれば、三人ほど間に入るが弟子のひとりではある。


「状況は?」


 出迎えを受けた四人のうちのひとりである若い男からの問いに、アライランジアはこう答える。


「予定通り」

「まあ、奴らの中にも異変に気づいた者もいるでしょうが、まさか我々が自分たちの方に防御魔法をかけているとはアリターナ軍の誰も思いますまい」


 アライランジアの短い返答に続いたその言葉を口にしたのは黒い笑みを浮かべたベメンテウ。


「時間がない。そろそろ始めるべきだろう。グワラニー殿」

「そうですね。では、お願いします」

「うむ」


 自らの催促に応じたグワラニーという名のその若い男の言葉に応えた老魔術師は大袈裟に指を動かす。

 だが、実際には……。

 その隣に立つ少女が音のない言葉を口にする。


 ……魔法無効化結界。


 実を言えば、ここでおこなわれる壮大な儀式の肝がこれであった。


 それは簡単に言ってしまえば、術者が指定した空間内は術者を含むいかなる者も他の魔法は行使できないというものである。

 そして、それは魔法効果を帯びた者は結界内に入ることはできないという縛りもある。

 ただし、そうでない者は自由に出入りできることが通常の結界とは違うところである。

 つまり、これは対魔法に特化した結界。


 グワラニーはこの魔法の特性を最大限に利用した。


 まず、通常では絶対にない対物理攻撃用の防御魔法を敵方となるアリターナ軍兵士に施した。

 これによって、アリターナ軍の兵士は、一時的ではあるが剣を使った攻撃によるダメージを一切受けない無敵の体を手に入れた。

 ただし、老魔術師がグラワニーと出会った当初、口にしたとおり、「自らは完璧な防御をしたうえで、相手に対して完璧な攻撃をおこなうことはできない」というこの世界の防御魔法の鉄則がある。

 当然アリターナ人兵士は手に入れたものと同じ対価を支払う。


 そう。

 これが「お互いにどれだけ斬られてもまったく無傷」というペトロイオたちの言う茶番の原因である。


 続いて、肝中の肝となる魔法無効化結界を自陣内に通りを封鎖するように壁状に張り巡らせた。


「まさか、彼我を分離するためだけにこの大魔法を使用するとは……」


 そう。

 ベメンテウが呻いたとおり、グワラニーは文字通り見えない壁としてこの魔法を利用したのである。


 すべての準備が終わると、魔族軍の兵士たちは次々と撤退を始める。

 当然のようにアリターナ軍はその背を追う。

 だが……。


「進めない」

「見えない壁がある」

「これが結界とかいうものか」

「だが、なぜ魔族どもはすり抜けられるのだ?」

「知らん。それこそ何かの魔法ではないのか」


 まさか自分たちこそが知らぬうちに防御魔法が施されているなどという奇怪なことが起こっているなどとは思いもしないアリターナ兵士たちは騒ぎ立てる。


「……締め出しを食ったアリターナ人は大騒ぎだ」

「これはなかなか面白い光景だな」


 見えない壁の反対側の向こうで右往左往するアリターナ人に手を振りながらその様子を眺め、魔族軍の幹部たちはそう談笑する。


「さて、兵士たちはすべて引き上げたことだし、そろそろ通常の結界に切り替えようか」

「そうですね。あの魔法は相当魔力をするとのことですので」

「では……」


 一応、術者ということになっている老人は孫娘に目配せする。

 続いて、老人が弟子たちに声をかける。


「ベメンテウ。そして、ジャタイー。おまえたちは兵士たちを連れて一足先に帰っていろ」

「アライランジア将軍もご苦労様でした」


 幕引き役である四人を残してすべて転移していったのを確認したところで、その若い男がもう一度口を開く。


「では、仕上げを始めましょうか」


「タルファ将軍。お願いします」

「承知しました」


 グワラニーの言葉にそう応じた元ノルディア王国軍の将軍で、現在は魔族軍の将軍格という肩書が与えられているノルディア人が前に出て口を開く。


「……アリターナ人に告ぐ」

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