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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第八章 マンジューク防衛戦 Ⅰ
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コンラド・アウディア失踪事件

 その場所にやってきたアリシア・タルファと彼女の直属部隊は元々駐屯していた部隊の指揮官、その大部分からの冷たい視線に晒される。

 言うまでもない。

 そもそも彼らは彼女の上官となるグワラニー自体に対して良い感情を持っていないうえに、女性、しかも人間の女性を戦場にやってきたことに反感を持っていたのである。


 当然上官の感情は部下たちにもほどよく伝染する。


 もっとも、下級兵士は食事を通して別の病にかかっていたため、その効果はほとんどなかったので、それをおこなっていたのは騎士以上の階級を有する者となるのだが、彼らは彼女の姿が見えると「よく聞こえる独り言」を口にする。

 だが、アリシアはまったく相手にしない。

 というよりも、忙しくてそのようなものに構っていられないというのが正しかったのだが、逆恨みに近いものではあったものの、とにかくそれが彼らの感情を逆なでする結果となる。


 そして、ある日、ガスリンの子飼いの将軍アドン・オリンダの部下のひとりで騎士という階級を持つコンラド・アウディアが彼女に対して実力行使をおこなおうと襲いかかろうとする。

 だが、彼女の護衛アレイショ・パウダウコとジルベルト・ドノルテ、さらに偶然近くにいたガスペル・アグロヴェアが立ちはだかる。

 数が多いとはいえ、四級戦士と騎士では剣技はもちろん雲泥の差。

 到底勝ち目はない。

 しかし、ありがたいことにこのような場所で味方に対して剣を抜くには相応の理由が必要となる。

 つまり、剣抜きでの戦い。

 とは言っても、体術でも十分過ぎる差はあり、まともにやれば勝てない。

 当然すぐに劣勢となる三人。


 だが、結局三人はアウディアの目論見を見事に阻止し、ついでに右手も砕く戦果を挙げる。

 そして……。


「次はないぞ。ゲス野郎」


 この言葉とともに、三人はアウディアを蹴り飛ばす。


 だが、アウディアからその話を聞いたオリンダは激怒し、グワラニーの陣に多くの部下たちと乗り込んでくる。

 三人の不届き者の引き渡しと、自分とアウディアに対して上官であるグワラニーが謝罪するように要求するために。


 だが……。


 すでにアリシアと三人からすべてを聞き終えたグワラニーと側近たちは万全の態勢で待ち構えていた。


 やってきたオリンダを眺めながら、グワラニーが口を開く。


「オリンダ将軍。あなたはアウディアがおこなおうとしたことを知っているのか」


 グワラニーの氷でできたような声に一瞬怯んだオリンダだったが、虚勢の力を借りて盛り返す。


「もちろんその人間の女に躾をしてやろうとしたのだろう」

「躾?」

「もちろんついでに情けをかけてやろうとしたのだろう。だが、それは我々の権利だ。それにその女もそのつもりで、というよりも、それを望んでここに来ているのだから、取り立てて問題はないだろう」


 もちろんオリンダもアリシアはグワラニーが将軍格で遇しているタルファの妻であることを知っている。

 知ったうえでのその言葉は当然のように殺気を呼び込む。

 その天幕の内と外からやってきた多数の殺気がオリンダを包むが、グワラニーがそれらすべてを制するように言葉を続ける。


「なるほど。それで、彼がその躾とやらができなかったことに対して、彼の上官である将軍が文句を言いにわざわざやって来たというわけですか?それはご苦労なことです」


 最上級の嫌味と皮肉。

 周辺から湧き上がる失笑で顔を真っ赤にしたオリンダは当然のように怒鳴り返す。


「馬鹿を言え。俺が言っているのは貴様の部下である下っ端兵士が騎士に対して錘を振るった働いた件だ」


「ここで味方に対して武器を振るったら死罪と決まっている。そもそも四級戦士ごときが騎士に対して歯向かうなど……」


 オリンダの言葉が止まる。

 首筋にあてられた剣によって。


「オリンダ。私はおまえと同じ将軍だ。これなら文句はあるまい」


 剣の主ペパスの言葉は続く。


「さきほどその話を聞いた私は三人に対してよくそこで我慢したものだと褒めてきた。もし、私がその場にいたらアウディアの首を叩き落としているところだからな。それから、ついでに言っておけば……」


「彼女はグワラニー司令官の幕僚のひとり。その幕僚に狼藉を働こうとしたのだ。護衛が武器を使うのに問題などない。いや、その時点で罰を受けるのはアウディアである。もちろん今の言葉でオリンダ。おまえも同様の処分があると思え。なんならもう少しこの剣を動かしてやってもいいのだぞ」

「なんだと。貴様……」

「ペペス将軍」


 短い言葉と右手でそれを制したグワラニーの口が再び開く。


「オリンダ将軍。あなたの暴言については部下を思ってのこととして今回の戦いでの功績によって帳消しにできることにしよう。だが、アウディアについてはそのままというわけにはいかない。将軍の手で彼を私の前に連れてきてもらいたい」

「……連れてきたアウディアをどうする」

「いうまでもないこと」


「今後このようなことが起きないように公開処刑とする。それが嫌な自らの手でアウディアを斬れ」


 だが、結局そのどちらも実行されることなく終わる。

 自らの陣に戻ったオリンダがアウディアを逃がしたのだ。

 本来なら転移魔法で一気に王都に帰したいところだったのだが、張り巡らされた転移避け魔法のため、やむを得ず物理的な逃亡をおこなわせる。

 だが……。


 陣を離れたところで、自分の身に何が起こったのかわからぬままアウディアの身体はふたつに切り裂かれる。


「……毎回こんな仕事ばかりですいませんね」

「いいえ」


「……アリシアさんに無礼を働こうとしたことには私も怒りを覚えていました。それに、グワラニー様の命令従わず逃げたのですから、これくらいの罰を受けるのは当然です」


 オリンダ軍の下級兵士から届いた、少ないとは言えない数の密告によりその逃走ルートを把握し、待ち伏せていたふたりの男女。

 少しだけ離れた場所からその様子を確認後、自らに謝罪する若い男に、その男が命名した「かまいたち」という名の強力な風魔法でアウディアの身体を半分にした少女はさらに言葉を加える。


「それよりも、汚らわしいあれは炭にしたほうがいいのではないでしょうか?」


「……証拠隠滅ということですか」


「では、元は人間だったとは思えないくらいにお願いします」

「わかりました」


 その言葉とともに少女が視線を向けた瞬間、強い炎が上がる。


「ありがとうございます。では、戻りましょうか」

「……はい」


 そして、ふたりは静かに闇のなかに姿を消した。


 ひとりは申しわけなさそうな表情で。

 それから、もうひとりは嬉しさが零れんばかりの表情で。


 翌日の朝、アウディアは逃亡したなどと白々しく報告にやってきたオリンダにグワラニーが鷹揚に応えた。


「逃げてしまったのであれば仕方がない。今は忙しいので探すのは後日にするしかありませんね」


 グワラニーの言葉を聞きながら、心の中でグワラニーを嘲る言葉を呟きながらオリンダが黒い笑みを浮かべた。

 この時点でアウディアはすでにこの世の住人ではなく、さらにその痕跡すらなくなっているなどとは欠片も思わずに。


 そして、当然ではあるが、それ以降アウディアは所在は不明、いわゆる行方不明となる。


 アウディアは戦場から逃げ出した者として処理をされ、アウディア家に対して相応の処分が下されたところで、ほぼすべての者の記憶からアウディアの存在は消える。


 これがのちに「コンラド・アウディア失踪事件」として、のちに魔族軍の黒歴史をまとめベストセラーになる「神聖なる魔族軍の真実」で紹介される話とその顛末となる。

 


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