真のマンジュークの戦い その始まり
死傷者の山を築きながら三年間にわたって続いた膠着状態。
それがたった一日の戦いで決着がついたマンジューク防衛戦。
もちろんグワラニーの言葉を借りれば、それは「クアムートの戦い以前から何回も練り直された綿密な計画と、百日でも足りないくらいの入念かつ周到な準備」がされてきた結果なのだが、大部分の者はそれを知ることはなく、知った者の記憶からもその地味で退屈な部分はすべて抜け落ち、最後の仕上げでしか過ぎないその日の出来事だけが残る。
そして、その日はこう呼ばれ賞賛されることになる。
真のマンジュークの戦い。
そして、その真のマンジュークの戦いは魔族側にある、周辺を見渡すことができる山の頂から始まる。
その日の早朝。
この方面軍の新司令官アルディーシャ・グワラニーと、副司令官で腹心のアントゥール・バイア。
そして、グワラニー軍の魔術師長アンガス・コルペリーア、副魔術師長でアンガスの孫娘であるデルフィン・コルペリーアの姿がそこにあった。
「ありがたいことに非常に視界が良好です。見えるかどうか不安だったクペル城もはっきりと確認できます」
「それで、どうですか?」
グワラニーからやってきた問いは何を示すかもわからぬほど大幅に省略されたものだった。
だが、事前の打ち合わせによって計画のすべてを把握しているアンガス・コルペリーアにはそれで十分だった。
目を閉じ、一瞬の百倍ほど時間をかけたところでアンガス・コルペリーアが口を開く。
「アリターナ側の渓谷には四か所。フランベーニュ側の渓谷には八か所魔力反応が確認できる」
「渓谷の外は?」
「アリターナ側は入口付近、つまり有名なベンティーユだけだな。フランベーニュ側は入口付近のほかにクペル城にも」
「ということは、合計十五か所ということですか?」
「大まかに言えばそうなるな。どうだ?デルフィン。他にあるか?」
「いいえ」
そう。
グワラニーが尋ねたのは、アリターナ、フランベーニュ両軍の魔術師の位置。
相手から漏れ出す魔力を関知できる上級魔術師がその存在を知るだけであれば、その距離がどれほど離れていてもそう問題にはならない。
だが、大まかでも実際に肉眼で場所を確認できなければ、存在は確認できても居場所は特定できず、当然、視界の範囲内という枷のあるため魔法攻撃はできない。
四人が見晴らしのよい山にやってきたのはそのような理由となる。
「魔術師の狙い撃ちということはわかっているが、その順番はどうする?」
「フランベーニュ、アリターナの順で渓谷内の魔術師を掃討し、続いて、同じ順番で周辺の魔術師を消してください」
アンガス・コルペリーアの問いに対して答えたグワラニーのその言葉とともに実行役となるデルフィンは杖を顕現させる。
この世界では魔法の行使に対して魔法詠唱どころかその名前を口にすることも不要。
さらにいえば、基本的に依り代となる杖も不要となる。
ただし、自身にとって最高位の魔法または技術が必要な場合、杖を絶対に使用しなければならない。
もちろん自身を魔術師であることを誇示するために敢えて杖を顕現させている者もいるので、杖を所持しているからと言ってその魔法が術者の最高位のものということにはならないのだが、デルフィンに関してはそのような自己顕示欲がないので当然多くの場合、杖を使用しない。
だが、渓谷内のものはともかくクペル城は視界ギリギリという遠距離にある。
しかも、要求されているのは魔術師のみというピンポイント攻撃。
並の魔術師どころか魔族の国の最高の魔術師とされる彼女の祖父でもそこまでの遠距離でのピンポイント攻撃は不可能。
さらにいえば、前線では敵味方の魔術師の距離が近く、下手をすれば、味方を攻撃することになりかねない。
最高位の精密さが必要となるそのミッションを成功させるにはさすがのデルフィンも杖を顕現させる必要があったのだ。
いつもより時間をかけ呼吸を整えると、デルフィンは杖を前方に向ける。
そして、口を動かし音のない言葉を呟きながら、ゆっくりと何かを指し示すようにそれを振る。
十ドゥア後。
「すべて終わりました。渓谷の中、それから周辺から魔術師の痕跡が消えました」
「お見事です」
「……ですが、以前魔術師長がおこなったように魔法を使わず隠れていることはありませんか?」
それまで無言を通してきた四人目の人物からのやってきたその言葉。
それに応じたのは老魔術師だった。
「まあ、これだけのことをやれば、大概の魔術師は本能的に防御魔法を使ってしまうものだ。だが、たしかに豪胆な者がいるかもしれない。では、あぶりだしてみるか。デルフィン。アリターナ側の渓谷に特大の火球を」
一瞬後、アリターナ側の渓谷に大きな火球が現れる。
「さすがにこれを見ても魔術を使わない者はいない。火球に手だししないということは少なくてもアリターナ側にはいないと思っていいだろう。さて、目的も達したことだし落とすと……」
「いえ。それはそこではなく、フランベーニュ側の渓谷とクペル城に落としてください」
「……なるほど」
十瞬程の間があったところでグワラニーの言葉の意味を理解したアンガス・コルペリーアは黒い笑みを浮かべる。
「これだけ念入りに仕込まれたらこちらの仕事が終わる前に奴らがこちらの意図、そのすべてを解き明かすのは無理だな……」
そう言った祖父の視線とその場所を示す指先に無言のまま頷いた少女は杖を動かす。
そして……。
「すべて完了だ」
「では、今日の宴の主賓たちが待っている場所へ移動しましょうか」
「ああ」
まもなく、全員の姿が消える。
まるで、最初からそこには誰も存在しなかったかのように。




