表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第八章 マンジューク防衛戦 Ⅰ
81/374

招かざる客たち Ⅱ

 それから、それほど時間が過ぎていない同じ場所。


「怒り心頭でしたね。将軍たちは」

「ああ」


 最低限の打ち合わせだけを済ませると、早々に駐屯地に引き返すためにアルタミアたちが部屋を出ていくと、グワラニーが異世界から持ち込み、直訳気味の魔族語で生み出した「怒り心頭」を使用したバイアがその単語の創造主に声をかけると、相手からは好意の要素がない短い肯定の言葉だけが戻ってくる。


「足取りが重そうですね」

「仕方がないだろう。転移魔法で上まで送るという魔術師長の好意を断ったのだから。おおかた歩きながら今後の打ち合わせでもしたいのだろう」


 バイアは少しだけ香辛料を振りかけてさらに言葉を続けると、今度は先ほどよりは長いものが返ってきたものの、相変わらず好意的要素は皆無だった。

 もちろん断った理由はそのようなものではないことはあきらか。

 そして、それを知りながら、敢えてそのような言葉を使ったグワラニーの心情、というか怒りのほどは、手に取るようにわかる。

 バイアは後者に寄り添うようにほぼ同類の皮肉を披露する。


「そういうことであれば、十分な時間になりそうです」

「アルタミアの短気につき合わされた者にとっては迷惑なことではあるのだろうが、それは運が悪かったと思って諦めてもらうしかない」


 相手の行為の意図を盛大に捻じ曲げて解釈したグワラニーはこれから部下になる者たちをバッサリと切り捨てると、最後に大事な言葉を口にした。


「ということで、こちらも打ち合わせをするか」


 先ほどとはまったく違う和やかさが漂うグワラニーたちの会議の冒頭、アーネスト・タルファはグワラニーに謝罪の言葉を述べる。

 もちろんその謝罪とは先ほどのグワラニーとアルタミアとの諍いについて。

 だが、このようなことは十分に予想されたことであり、それを承知でグワラニーはアリシアを連れてきたのだから、謝罪など不要。

 それが全員一致の思い。

 それどころか、グワラニーなどは嫌な思いをさせたことをアリシアに謝罪しなければならないと考えていたくらいである。

 グワラニーは心の中で苦笑いする。


 ……まあ、この辺が義理堅いタルファ将軍というところか。

 ……だが、この謝罪は受け取れない。

 ……というより、ハッキリと拒絶しなければならない。


 グワラニーはまず右手でまだ続きそうなタルファの言葉を制し、それから口を開く。


「謝罪は不要だ。タルファ将軍」


「ですが……」

「タルファ将軍の妻であるアリシアさんは私に、というより我が部隊にとって絶対に必要な方。夫人を失うくらいなら、項垂れて山に帰っていた者たち全員がいなくなった方が百倍マシだ」


「まったくだ。万が一、奴らの要求を呑んで夫人をクアムートに返してみろ。我が軍の士気はガタ落ちで、結果今回の策は失敗に終わる。そもそも今回の策に奴らは不要。今回の件でそれがわかりやすくなっただけだ。何も問題はない」

「というより、夫人をクアムートに返したと知ったら兵たちの反乱が起き、我々は生きていないかもしれない。命にかけて守ることを約束するので、夫人にはこのまま残っていただきたい」

「そのとおり。もちろん身の安全のために奥方をクアムートに返したいタルファ殿の思いは十分理解できるが、アリシア殿の残留については格別の配慮をしていただきたい。我々の食のために」

「そのとおり」


 グワラニーに続いてプライーヤ、ペパス、そして、驚くべきことに普段はこのようなことに関わりの持たない魔術師長アンガス・コルペリーアまで加わり、硬軟取り混ぜてアリシアを引き留めにかかる。

 そして……。


「皆さま、ありがとうございます」


「私自身この場所に行くことになった時点でこのようなことはあると思っていましたし、覚悟していました。ですから、心配は無用。命令がないかぎり私がこの場を離れることはありません」


「そもそも私はすでにこの部隊の一員。グワラニー様の命令なしに部隊を離れることはできないはずです。違いますか?」


 完全なる正論によって間接的に夫の反論を封じたアリシア自身の言葉で問題は終了となる。


「まあ、アルタミアが同じ場にいたデルフィン嬢には一切触れることなく、ひたすら夫人の存在に異議を唱えていたことには違和感はありましたが」


 一安心したところでバイアが口にしたこの小さな疑問。

 それに答えたのはペパスだった。


「あれは彼らなりの配慮だろう」

「隣に座る偉大なる魔術師長への?」

「いや。子供を相手に怒鳴り散らすということに、だ。まあ、奴らもそれくらいの誇りと矜持は持っているということだろう」

「なるほど」


 その短い相槌で最後に会話に加わったグワラニーが言葉を加える。


「さて、余談は終わりにして、そろそろ事前に伝えていた観察結果を発表してもらおうか?」


 グワラニーが口にしたその場にいる者たちに課していた宿題。

 それが何かといえば……。


 各人が観察した各将軍の為人。

 それから、我々の役に立ちそうな人物がいるかどうかの確認。


「では、最初にクレメンテ・アルタミア」

「ダメだな」

「ああ。まったくダメだな。奴は」


 暫定ではあるが、現地の責任者を務める男の名をグワラニーが挙げると、まずペパス、続いてプライーヤがそれに続いた。


「……一応、あの小うるさい将軍たちのまとめ役をやっているわけですから、それなりの能力があるのではないのですか?」


 バイアからやってきた問いは、あきらかに一般論を装っただけのもので、バイア自身がそれを信じているのかは別の話。

 その思いが芳醇に香るその問いに応じたのは、その人物をよく知るペペスだった。


「奴は自身の武功でここまで上がったわけではない。どちらといえば副官が似合う者。つまり、バイア殿の言うとおり、今回のような小さなことに対応するためのまとめ役には向いているが、大きなことを決める、または将軍として兵を率いることができるかといえば、否と言える」


「つまり、一応前任者の残した言葉、それから臨時とはいえ現在の上官という手前、奴を立ててはいるようだが、他の将軍があの男を評価しているかといえば……」

「違う?」

「そうなるだろう。そして、あの男が向いている副官は、奴より数段上の男が我々のなかにすでにいるのだから、わざわざ奴を呼びこむことはないでしょう」

「……なるほど」


 笑顔とともに相槌を打ち、それから、まずバイアを、続いて他の出席者を見渡すものの、意見がないことを確認すると、グワラニーはその男に対する評価を確定し先に進める。


「見た目上、最初に靡きそうだったが、使い物にならないのであれば仕方がない。では、エンネスト・ケイマーダ将軍は?」


 実をいえば、グワラニーはこの男のことはよく知っていた。

 そして、彼を密かにこう呼んで軽蔑していた。


 突撃馬鹿。


 そして、グワラニーがつけたそのあだ名どおり、将軍たちの評価も芳しいものではなかった。

 ケイマーダが誇る数々の負の功績を披露し終わったところで、ペパスはトドメの一撃を繰り出す。


「奴が早々に戦死していれば、助かる命は山ほどあった」


 当然失格。

 それに続くのは、ベルネディーノ・ウルアラー。


「私はこの男についてはよく知らないが、長いこと前線に張り付いているようですね」


 グワラニーの言葉にペパスが応じる。


「まあ、この男はいわゆる戦闘狂ですね」

「戦闘狂?いくさ好きということですか?」

「戦争が好きというより、剣を振り回すのが好きというほうが正しいでしょう。ですから、おそらくアルタミアのような者とはそりが合わない」


「個人の武勇を誇る者ということですか?」

「そう。ですから、言いにくいことではありますが、自ら剣を振るうことはないグワラニー殿やバイア殿のことも嫌っているでしょうね。彼は」

「なるほど」


「つまり、個人の好みの問題か。そういえば、先ほどアルタミアが夫人の問題を持ちだしていたとき、露骨に嫌な顔をしていた。しかも、その視線は我々というよりはアルタミアに向いていた」


「……まあ、必ずしも失格というわけではなさそうだ。とりあえず保留だな」


 ウルアラーに対する内なる採点を終えたグワラニーが次に名を上げたのは、アディマール・ゴイアスだった。


「この男の才はそれなり評価できるものはあります」

「プライーヤ将軍は知っているのですか?」


 バイアからの問いに頷いたプライーヤはそこから説明を加える。


「若いですが兵を動かすことに長けた男という印象があり、どちらといえば、効率的に勝つことを信条としているようでした」

「ほう」


「ですが、この男はとにかく使いづらい」

「と言いますと?」

「協調性がない。そして、自分の勝利のためなら、平気で味方を囮に使う」

「ともに戦ったことがあるのですか?」

「一時期、クアムートにいました。すぐに追い出しましたが」

「プライーヤ将軍がそう言うのであれば、余程なのでしょうね」

「まあ、それは保証しましょう。そして……」


「使いにくいと思ったのは私だけではなくガスリン総司令官もそうだったらしく、クアムートから王都に戻ってすぐここに飛ばされたと聞いています」

「総司令官の性格ならそうなるでしょうね」


 ……癖があるのは構わないが、味方を囮に使うというところが引っ掛かる。

 ……黒三角というところか。


「あと数人いましたが?」

「あまり見覚えのない者だったので評価となると……」

「私も顔を合わせた程度の者だけだったのでなんとも……」

「そうですか。では……」


「グワラニー様。よろしいでしょうか?」


 将軍品評会。

 閉じかけた幕も押さえたのは女性の声だった。


「気になった人物がいましたか?アリシア殿」


 やってきた声に少しだけ驚いたものの、グワラニーが言葉をかけたのはアリシア・タルファ。

 もちろん彼女はやってきた全員と初めて顔を合わせた。

 その人柄や経歴というものは知らない。


 ……それにも関わらず発言を求めるということは引っ掛かる何かがあったということですか。

 ……前歴に惑わされることがない分、かえって有益なものが得られるかもしれない。

 ……それに、なによりタルファ夫人の言葉だ。

 ……十分に聞く価値があるだろう。


「どうぞ」


 発言を促すグワラニーの言葉に頷いたアリシアが口を開く。


「列の右から二番目の方……」

「デニウソン・バルサス将軍です」

「それから一番左の方……」

「そちらはジルベルト・アライランジア将軍。このふたりがどうかしましたか?」


 アリシアが指名したふたりの名を素早く答えたバイアの問いにアリシアは応じる、


「ふたりの視線は他の方に比べてグワラニー様に好意的のように見えました」

「ほう」


「気がつかなかった」

「あの場では何も発言しなかったので私もわからなかったな」

「まったくです」


 ペパスとプライーヤの言葉に同意するように相槌を打ったものの、グワラニーが本当に同意したのはアリシアの言葉だった。

 自らが二十日もせずに渓谷内から敵を追いだすつもりだと話をしたとき、他の将軍たちは嘲笑によってそれに応じたのに対し、そのふたりだけは同じように笑みを浮かべたものの、その笑みは少々違う種類のものだったことをグワラニーも気づいていたのである。


 ……あれを見逃さなかったとは、さすがアリシアさん。


 グワラニーは心の中でそう呟いた。


「ということで、引き抜き候補はそのふたりということにしておこうか」


「少々興味が引かれる意見だが、両将軍も知らない人物ということなら、引き入れるという判断をするのは早計だろう。前線の指揮をするためこの場にやってこなかった三人の将軍を含めてもう少し情報を集めてからどうするか決めることにしよう」


 それがグワラニーの公的に下した決定だった。

 

 さて、一方のねぐらに帰る将軍たちであるが、当然ながら不穏な空気を漂わせながら坂道を登っていた。


 まさに、不機嫌な山登りである。


「おい。アルタミア」


 突然やってきた先頭を歩くアルタミアの背中越しに届く声には、あきらかに負の要素を含まれていた。

 もちろんその声の主であるウルアラーからの続く言葉はすぐにやってくる。


「これからどうするつもりだ?」


 これからどうするつもりだ?

 表面上は今後の方針を問う言葉であるが、言った者の意図がその程度で留まるものではないことあきらか。


 新しい司令官との諍いを起こした責任をどう取るのか。


 これがウルアラーの言葉の正しい意味。


 そして、もちろんこれに対してはアルタミアにも言い分はある。

 おまえたちだってグワラニーに反感を持っていただろう。

 それなのに、自分が完敗したとたんに、手のひら返しとはどういうことだ。

 多くの者の前でグワラニーに一方的にやり込められた腹立たしさもありアルタミアはそれを堂々と口にする。


 だが、元々気が長い方ではないウルアラーがそう言い返されて黙っているはずがなく、当然ように反論する。

 事前の打ち合わせ中に、懲戒権を有しているグワラニーには慎重に対処すべきということになったではないか。

 それなのに、売られたならともかく、こちらから喧嘩を仕掛けるとはどういうことだ。

 しかも、そこで勝ったのはならまだいいがボロ負けした挙句、本人だけではなく、同行した我々全員まで巻き添えになった。

 当然それなりの責任は取るべきだろうと。


 もともと仲が良かったわけではない。

 理由さえあれば、一瞬で袂を分かつくらいに。


「……では、一応聞こうか。おまえの要望を」


 しばらくおこなわれた言葉の応酬後、やや優勢となったアルタミアからやってきたその言葉にニヤリと笑ったウルアラーはこう応じる。


「そうだな」


「とりあえずあれはアルタミア、おまえひとりが勝手に言ったことだとグワラニーに言ってこい。そして、奴の前で自刎しろ」

「なんだと」

「できないのであれば……」


「その辺にしておけ。ふたりとも」


 このまま放置しておけば、言葉では勝てないウルアラーが剣を抜きアルタミアの首が飛ぶかもしれない。

 そう思ったケイマーダが仲裁を買って出る。

 ガスリンの側近として知られているうえ、年長者でもあるケイマーダの経歴はこういう場面では有効であることはすぐに証明される。

 まずはアルタミアが、続いてウルアラーが形だけではあるものの、謝罪の言葉を口にする。

 だが、とりあえず矛は収めたものの、ウルアラーがすべてを納得したわけではない。


「だが、このままでは何も変わらぬ。ケイマーダにはこの状況を打開できる何かいい案はあるのか?」


 当然のようにやってきたウルアラーの言葉にケイマーダは渋い表情のままで口を開く。


「なくはない」

「聞こう」

「不本意ではあるが、とりあえず現状を維持するしかあるまい」

「現状を維持する?」

「ああ」


 やや不明確なケイマーダの言葉にその理由を問おうと口を開きかけたウルアラーを右手で制したケイマーダはさらに言葉を続ける。


「グワラニーは、二十日以内に人間どもを渓谷内から追い出すと宣言したのだ。当然それだけのことを言ったのだから、失敗したときは責任を取ることになる」

「まあ、そうだろうな」

「だが、そのときに我々が妨害したとか、指示に従わなかったなどという事実があれば、奴は当然責任を我々に擦り付けてくるだろう」


「つまり?」

「奴の指示通りに動く。そのうえで失敗すればそれは奴だけの問題だ」

「なるほど。どうせ奴の言葉が実現するはずがない。それに巻き添えをくわないように黙って従っていれば奴ひとりが勝手に消えていくということか」

「そうだ」


「……しばらくは今まで通り迎撃戦をおこなえということだったな。グワラニーの命令は」

「ああ。だが、そんなことは言われなくてもやる」


「それだけではなく、なんだかよくわけのわからない命令があっただろう……」


 破綻寸前からなんとか話がまとまりかけたところで、静かになりかけた湖面に小石を投げ込むように一同の中に話題を放り込んだのはゴイアスだった。

 その言葉に応じたのはウルアラーだった。


「明日から工事をおこなうので邪魔をしないようにとのことだったな」

「それこそ、妨害したり、工事現場を破損させたりしたら身分に関わらず厳罰に処すだけではなく、その上司に当たる者にも同様の処分を下すと言っていたな」

「何をつくるつもりなのだ?」

「おおかた砦だろう」

「だが、あの周辺から渓谷は広がる。迎撃戦には不向きだと思うが」

「というよりも、現在の前線から四十から五十アクトはあるぞ」

「そこまで前線を下げて失敗したら更迭だけでは済まぬぞ」

「間違いなく斬首だ」

「それこそ巻き添えを食ったら俺たちの首も落ちる」

「そうならないためにもまず命令には従う。そして、策をおこなうと決まったときに諫言し、その後退戦には参加しない。そうすれば、首を落とされることはないだろう」

「そうだな」

「私もその意見に賛成だ」


 だが……。


 ……愚かな奴らだ。


 ふたり分の心の声が響く。


 ……そんなことはグワラニー司令官もわかっている。

 ……つまり、一見暴挙にさえ思えるそれだけのことをおこなうということは、勝算があるということだ。それもかなりの。

 ……だが、それはどのような策なのだ?

 ……まったく想像がつかない。


 ……これは見ものだ。


 山登りをしながらの密談。

 その参加者の大部分はグワラニーが失敗することを見越してサボタージュなしで協力することで団結することにした。

 ただし……。


 ……申しわけないが、そんなものに付き合うわけにはいかないな。


 ……なにしろ新しい司令官はこのつまらぬ戦いを終わらせると豪語しているのだ。

 ……是非とも参加させてもらおう。


 ……楽しみだ。


 再びふたり分の心の声が流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ