出撃命令 Ⅲ
そして、翌日。
クアムート城の一室には女性ふたりを含むグワラニーの部隊の幹部たちが勢ぞろいしていた。
そうして始まった会議。
冒頭、グワラニーから王の言葉を間接的に伝えられると、どよめきに似た声があがる。
「ようやくか。待っていたぞ。このときを」
厳しい、というか細かすぎるグワラニーのリクエストに応える訓練に癖癖していたディオゴ・ビニェイロスの口から漏れ出した言葉どおり、戦闘工兵の代表者たちがその報を喜んだ一番手だったものの、その他の者もすべて同類といえた。
もちろんこれから彼らが向かうのは戦場。
しかも、そこは血で血を洗うという表現がこれ以上ふさわしい場所はないのではないかと思われる地獄のような渓谷地帯であることは皆承知している。
だが、彼らは誰一人として死ぬ気などない。
というより、死ぬ可能性すら微塵も考慮に入れていない。
つまり、自分たちの進む先にあるのは勝利と凱旋だけ。
もちろんこれを自信過剰、または鈍感と言ってしまえばそれまでである。
だが、当然ではあるが彼らにはそれを口にするだけの根拠があった。
これまでの実績。
それから自分たちの司令官が用意した完璧な計画。
そして、なによりもそれを完璧におこなうだけの準備。
つまり、彼らは乗りや勢いだけでそれを口にしているわけではなかったのである。
「多くの情報から激しい戦いになるのはわかっていた。だが、あの戦いにおいて戦死する者は余程運がない、いや、この部隊に属する者が持つ悪癖に従えば、日頃のおこないが悪い者しかいない、という雰囲気は戦いが始まる前から流れていた。まあ、あれだけの綿密な計画。そして、人間たちによる大攻勢の緒戦を除けば、これは準備にもっとも長い時間をかけられた策であることを考えれば、兵たちがそう思うのも無理がないところではある。そして、実をいえば、そう思っていたひとりがこの私だ」
これはもっとも危険かつ困難な部分を担うタルファがこの戦いの後に述懐した言葉。
そして、同じ席でその理由の一端を語ったグワラニーの副官兼副司令官兼後方部隊を仕切るアントゥール・バイアの言葉がこれ。
「実際のところ、その利点に気づいていながら大々的に救護員を用意して戦いに臨んだ部隊がこれまでなかったのにはそれを担うことになる魔術師の数に余裕がなかったという切実な理由があった。その点我々には治癒魔法を専門におこなう魔術師を多数抱えているうえ、即死しなければ必ず助かるという切り札まであった。これは剣を振るう者の心の支えとなっていたのは間違いない」
アゴスティーノ・プライーヤは呻くようにその言葉を口にしたのは、目の前で起こっていたその戦いの終末に差し掛かった時。
「……もちろん毎晩おこなわれた図上演習とやらでは勝利したのだが、それはあくまで机上の出来事。だが、こうして、それとまったく同じことが実際に起きているのを見ると、戦う前の準備がどれほど重要なのかがわかる」
だが、このときの彼の言葉でもっとも印象的な部分は、この後に呟いたものとなる。
それは……。
「……今日ほど自分がこの部隊の所属していた、いや、あの方の下であったことに感謝したことはない」
彼の言葉はそこで終わっているので、感謝の先にあるものが、勝利者側にいることへの喜びなのか、それとも、グワラニーが敵側にいなかったことへの安堵なのかははっきりしない。
しかし、それが敵方の剣士たちが戦闘に関して素人とともいえる戦闘工兵たちによってなすすべもなく倒されていく様子を目にしながら口にしたものであることを考えれば、それが後者であった可能性が高いと思われる。
そして、最後が、敵味方双方を唸らせたその驚くべき策を考え、実行までこぎつけたそのグワラニーの言葉となる。
「これは、カタログスペックですべてが決まり、その結果が気に入らなければ何度でもリセットできるゲームとは違う。しかも、その対価として支払うものは命だ。失敗は許されない。だから、計画と準備は完璧になるまでおこなうことは絶対に必要なのだ」
「完璧な成功。それは完全な目的完遂。ではない。こちらの損害がゼロなうえでの完全な目的完遂だ。だが、相手も殺す気で戦っているのだから、常に損害ゼロは望めないのはわかっている。わかっているが、それに近づける。それが多くの命を預かる指揮官の務めのひとつでもある」
だが、グワラニーのこの言葉はそこでは終わらなかった。
彼は会議が終わり、誰もいなくなったところで口にしたそれには、さらに続きがあった。
「もっとも、魔族である我々が勝つということは、多くの人間が死ぬということだ。それを元人間である私が望んでいるのかといえば微妙なところではある。だが、始まった戦いはそう簡単には終わらない。そして、残念ながら勝負をつけるために我々は人間を殺し続けなければならない。だから……」
「せめて勝敗に関係のないところでの人殺しは減らしたいものだ」
「相手と同時に、というのが理想だが、やはり、こういうものは弱腰に見えてもこちらからやっていくしかない。そうすれば、いつかは相手も応えてくれる」
「そして、それが停戦の第一歩になる」