出陣命令 Ⅰ
マンジューク防衛戦。
その戦いが決着する三十六日前。
ガスリンからマンジュークを防衛し、フランベーニュとアリターナを渓谷内から叩き出すための計画書が上奏される。
それを読み終わった魔族の王はガスリンを眺める。
「……意外だな」
「と言いますと?」
呟きという形で王からやってきたその言葉にガスリンがそう応じる。
もちろん表情から感情を読まれぬように床を眺めながら。
一瞬だけ、ガスリンを眺め直した王が臣下からやってきた問いに答える。
「状況が状況だ。前線に張り付いていない軍のひとつをマンジュークに向けるのなら、グワラニーの部隊を選ぶのはわかる。だが、おまえがマンジューク守備隊の指揮権まであの男に渡す提案をするとは思わなかった」
数瞬の間ののち、王の言葉に答えるためにガスリンの口が開く。
「……たしかに私個人の心情は陛下のお察しのとおりです。ですが、陛下の要望を叶えるにはあの男を派遣するしか手がない。そして、そうする以上成功してもらわなければ困る。そのためには、あの男が自由に動けるようにする必要があります」
「……なるほど。だが、現在のマンジューク守備隊の指揮官ポリティラはそれに納得しないのではないのか?」
「その点は考えております。あの男とその直属部隊はグワラニーと入れ替えという形で王都に呼び戻しますので無用な諍いは起きないかと……」
「なるほど」
「それならばよい」
「それで……」
「グワラニーは渓谷内に蠢く人間どもを駆除することに成功すると思うか?」
「これだけの権限を与えるのです。成功してもらわなければ困ると言っておきましょうか」
「……なるほど。そういうことか」
王は察した。
マンジューク防衛を命じられたグワラニーが要求しそうなものをあらかじめ与え、その代わりに成功しなかった場合にはそれなりの処分をする。
それがガスリンの思惑であると。
だが、王は知らない。
これはガスリン本人の狙いの半分でしかないことを。
……グラワニーよ。必ず成功させろ。
……そのためにすばらしい褒美を用意しているのだから。
王の承認を受けながら、ガスリンは心の中でニヤリと笑いながらそう呟いた。
一方の王にも思惑はある。
……まあ、この男なりの考えがあるのはわかる。
……だが、それとともに事態打開のための我々が打てる最善の一手であることには違いない。
……よしとしようではないか。
王が口を開く。
「ガスリン。では、グワラニーを王都に呼び出せ」




