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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第六章 ラフギール
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賢者対知将

 全員がアリストの言葉に納得したところで、さらなる疑問を投げかけたのはその場にいる唯一の女性だった。


「ところで、アリスト。あなたは渓谷を這うマンジュークまでの狭い道は大軍を動かすのは不向きであると言いました。もちろん私もそれには同意します。ですが、ボナールが目指しているのは間違いなくマンジューク。つまり、ボナールは三十万人を有効に使ってマンジューク攻略を成功させる算段をしていると考えられます。そこで、あなたに尋ねます。あなたが三十万の兵を率いるフランベーニュの将軍ボナールならどのような戦い方をしますか?」


 大軍を動かすことが困難なかの地を三十万人の兵で攻めるボナール将軍はいったいどのような策を用意しているのか?


 フィーネの問いは間接的にそう言っていた。

 そして、これにすぐさま追随者が現れる。

 もちろんあの三人である。


「これはおもしろい。俺も聞きたいな。それを」

「俺も」

「同じく。フランベーニュの英雄なんとかボナールと、ブリターニャが生んだ最高の詐欺師アリスト・ブリターニャ。そのどちらがより悪党なのか後で確かめることができる。ということで、それを賭けるというのは……」

「却下だ」


 最後に微妙なものも混ざったが、とりあえずやってきた三人分の賛意も受け取ったアリストはフィーネのそのリクエストに快くこう応じる。


「いいでしょう」


 実をいえば、アリストもこのような話が嫌いではなかった。

 目を閉じてひと呼吸をした後、いつもより少しだけ真面目な顔をしたアリストはボナールになり切った自分が思い描く策を披露する。


「まずはその前提。ボナール将軍が山岳地帯に到着したときに長い間ここを攻めていたロバウ将軍が指揮する軍はどうなっているのかということですが……」


 現在戦闘している部隊がどうなっているのか?

 つまり、膠着状態か、敗退し山岳地帯から撤退しているかということである。


 もちろん本来ならばそこには魔族を打ち破りマンジュークに到着しているという選択肢も加わるはずなのだが、アリストは言外にそれを外していた。

 人一倍誇り高いとされるフランベーニュ人が目の前にいるにもかかわらず。


 だが、この話を持ち掛けたフランベーニュ人の女性は自国の勝利という選択肢を外しているアリストの言葉を気にする様子はまったくない。

 フィーネの顔に、美しいが、暖かさはまったく感じさせない薄い笑みが浮かぶ。


「それで、アリストはどちらの選択がより多くの可能性があると思いますか?」


 どちらか。


 つまり、フィーネ自身もロバウによるマンジューク攻略成功はありえないと確信していたのである。

 まあ、常識的に言って当然であるのだが。


 小さく頷いたアリストの口が再び開く。


「私自身の考えでは、私の待ち人がマンジュークでの仕事をいつ始めるかで結果は大きく変わるので可能性は五分五分だと思うのですが、フランベーニュの英雄が想定しているのはやはり現状維持だと思います」

「では、それで」

「承知しました」


 アリストはフィーネのそれに負けないくらい美しい笑顔で愛想よくそう応えると、すぐさま頭をフル回転させる。


 状況はフランベーニュ軍が優勢ではあるものの、戦線は膠着状態。

 そして、ボナール将軍は魔族軍の増援としてやってくる者がきわめて有能で、しかも恐ろしい魔法を使える魔術師を抱えていることを知らない。

 それから、自らが率いるのは配下の三十万人。

 そこに加えて現在戦闘中である司令官ロバウ将軍旗下の十五万人がいるわけだが、今回は除外する。


 心の中で再度前提条件をまとめ終わると、彼の思考は次のステップへと移る。


 まず、魔族が「シーク」と呼ぶというマンジュークまで続く渓谷の長い細道に、ただ漫然と兵を戦場に送り込むのであれば壮絶な肉弾戦がおこなわれているこれまでの戦いとなんら変わらない。

 それでは単なる増援で事足り、有能な軍人であるボナール将軍がここに来た意味がない。

 おそらくボナール将軍もそれは承知しているだろう。

 そうなれば、おこなわれるのはそれ以外のもの。

 間者からの報告や、これまでフィーネから聞いた話を参考とすればボナール将軍は奇策、特に囮を使った大掛かりな策を好む。

 おそらく用意されて策とはその類。

 だが、実際のところ、そのような策をおこなえる余地は渓谷内にはない。

 しかも、そこは用意された三十万の兵の大部分が遊兵化する。

 

 ……であれば……。


「ボナール将軍が本当におこないたいと考えているのはクペル城近くの草原での戦い。そこでマンジュークからシークまでを守備する魔族を一気に叩き、逃げる敵を追って乱戦状態のままマンジュークまで一気に攻め入るというもの」


 つまり、ボナール将軍が目指すのは野戦と、それに続く追撃戦。


 いうまでもなくそれは三十万人の兵を無駄なく活かすことができる策ではある。

 だが、そうなるにはある条件をクリアする必要があった。

 もちろん全員がそのことに気づいたのだが、真っ先にそれを口にしたのはファーブだった。


「だが、アリスト。そのためには巣穴に籠る魔族をそこまで引っ張り出さなければならないだろう。それをどうやっておこなうのだ?」


 ファーブのこの指摘は正しい。

 ただ草原で陣を敷いていても相手がそこまで来るとは限らない。

 いや。

 狭いシーク内で戦ってこそ少数で多数の敵と五分以上の戦いができていることを十分に理解している相手がそんなあからさまな誘いに乗るはずがない。

 そもそもマンジュークをはじめとした鉱山群を守ることが彼らの使命である。

 その彼らが野戦をするためだけに大軍が待ち受ける草原までのこのこと出かけてくることなどありえない。


 つまり、この策の肝は魔族軍を渓谷の外に引きずり出すかということになる。


 少しだけ時間をかけた思考の後、アリストが言葉を続ける。


「まずフランベーニュ軍はシーク内で大規模な攻勢をかけますが、ぶざまにもそれに失敗した挙句、敗走を始めます。それだけではなく敗走兵の勢いに巻き込まれた城内の兵も慌てふためきクペル城を捨てミュランジ城まで逃げていきます。もちろんそれはすべて擬態です」


「空になった城を占拠するため山岳地帯から多くの魔族が姿を現した頃合いでフランベーニュの大軍が反転してくる。ですが、今回のフランベーニュの目的は城に入った魔族の皆殺しではないので、意図的に退路を開けておく。そして、その後に起こることはボナール将軍の狙い通り。もちろん今話したことは策の骨格になる部分で実際にはより細かな策を肉付けしなければなりませんが」


 そこまで話し終わると、アリストは言葉を切り、大きく息を吐きだす。


「いうまでもないことですが、これはあくまで与えられた条件に沿った私の思いつきです。十分に考える時間があったフランベーニュの英雄ならさらによい策を用意しフランベーニュを完勝へと導くことでしょう。いずれにしても、そう遠くない時期に答えは出ると思います。奇策の宝庫だという彼がどのような策を披露してくれるのか私も楽しみにしています」


 謙虚を形にして口にしたアリストのこの言葉。

 実をいえば、それは半分だけが正しい。


 まず、この日からそれほど日を過ぎることなく、マンジュークへと向かう山道で魔族とフランベーニュ、さらにマンジュークへの別ルートを進んでいたアリターナの三者が入り乱れたような形で激しく戦う。

 わずか一日で終結したその戦いの結果フランベーニュ、アリターナ両軍は共にこの地域から駆逐されることになったのだが、そこにわずかの差でその戦いに間に合わなかった英雄ボナールが四十万人を超える兵とともに姿を現す。

 そして、当然のように起こるあらたな戦い。

 それはボナールが指揮するフランベーニュの大軍と、完璧な形で鉱山地域からフランベーニュ、アリターナ両軍を追い出すことに成功した魔族の将グワラニーの直属部隊がクペル城近くの草原で激突するものだった。


 つまり、ここまでは大きな戦いが起こることを予言した「まもなく結果がわかる」というアリストの言葉どおり。

 そうなれば当たらなかった残りの半分とは、必然的にボナール率いるフランベーニュの完勝の部分ということになるわけなのだが、その事態をアリストが予想していなかったかといえばそういうわけではない。

 アリストはこう言っていた。


「ボナール将軍は魔族軍の増援としてやってくる者が有能で、しかも恐ろしい魔法を使える魔術師を抱えていることを知らない」


 そう。

 アリストは知っていた。

 自らの待ち人がどれほどの大軍が相手でも一瞬でケリをつけられる手段を持っているということを。

 そして、傍目にはボナール陣営が圧倒的に有利にみえる大軍が展開できる草原こそ実はアリストの待ち人である魔族の将が待ち望んでいる戦場であるということも。


 では、あの時はあくまでフランベーニュ軍を率いるボナール将軍として予想を語ったアリストが本当はその戦いの結末をどのようなものになると思っていたのか。

 それを垣間見ることができる言葉が残っている。


「数字はともかく結果自体は妥当なものと言えるでしょうね。フランベーニュの英雄には申しわけないことではありますが」


 もちろんこれはその戦いの結果を聞いたアリストの感想である。

 だが、今語ることができるのはここまで。

 残念ながらその戦いの詳細を語るのはもう少し先。

 その時が来たらふたつの戦いの全貌をあきらかにすることにしよう。

 一方にとっては理不尽きわまる結末とともに。

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