大英断
魔族の国の王都イペトスート。
王宮に姿を現わしたグワラニーはさっそく王へ拝謁する。
時間がないグワラニーは単刀直入にノルディアへの穀物供給を許可するように求める。
と言いたいところなのだが、さすがに相手が王だけにそうはいかない。
その必要性と効果の程を親切丁寧の見本のような説明する。
大昔、霞が関でやっていたように。
「わかった」
「……ガスリン」
すべてを聞き終えた王が指名したのはこの拝謁に同席している魔族軍の総司令官であり、グワラニーにとっては「目障りな異物」のような存在である男だった。
「おまえはグワラニーの申し出をどう思う?」
「よろしいのではないでしょうか?」
……ほう。
その良し悪しは関係なくグワラニーから出たものはすべて猛反対し、収拾がつかなくなった挙句、最終的に王に窘められるという醜態を繰り返している目の前の男が、利敵行為ともいえなくもないノルディアへの小麦譲渡をこれだけあっさりと肯定したことにグワラニーは少しだけ驚く。
……さすがのガスリンも心を入れ替えたのか。
グワラニーは皮肉交じりにそう呟くものの、当然そのようなことはない。
実をいえば、ガスリンにはこんなことなどどうでもいいくらいの懸案があったのだ。
そのため一刻でも早く執務室に戻りたいため、ここでの仕事を早く切り上げたい事情があったのだが、そんなことなど知るはずがないグワラニーは盛大に訝しがる。
……だが、こいつのことだ。どうせ最後にろくでもないことをつけ加えるに違いない。
……もったいぶらずにさっさと言え。いつも通り、簡単に論破してやる。
返り討ちをしてやろうと手薬煉を引いてグワラニーは待ち構えていたものの、結局、ガスリンからは何も出ず形ばかりの質問はあっただけだった。
そして、その問いに対するグワラニーの言葉を聞き終えると、ガスリンは確認するように言葉を重ねる。
最高司令官兼この席の同席者の最低限の義務と責任を果たすかのように。
「ノルディアからやってきた使者は本当のことを言っていると思って間違いないのだな」
さすがにこれだけまともな問いに皮肉で返すのは大人気ないと考えたグワラニーは極めて常識的な言葉を返すことにする。
ひと呼吸だけおいてグワラニーが口を開く。
「はい。そして、そのホルムという男が言葉によれば、例の件によってノルディアの財政は完全に傾いており、今の価格では必要とする小麦の手に入れるのは困難。万が一それをやってしまうと、国家そのものが瓦解する。そこでノルディア王より小麦価格を値上がり前の価格、さらにそこから値を下げるように交渉しろと命令されたそうです。ですが、それはあまりにも現実的ではないので我々と交渉させてくれと願いでたとのこと」
「なるほど。我々も随分と信用されたものだと言いたいところだが、やはり、よくできた嘘の可能性はあるだろう」
「もちろん。その真偽を確かめるために彼を試してみました。まず我々が要求した武器をノルディアに供出させ、それから半年後我々がどの代金代わりに小麦を送るという案を出して」
「それを相手が飲んだと?」
ガスリンの言葉にグワラニーが頷く。
「対象がノルディア人ではないものの、同じ人間を狩る道具を我々に手渡すという人間社会に対する裏切りともいえる行為。さらにその代金となる小麦を後払いにするという二重の枷を与えたのですが、あっさりと承諾しました。どうやら小麦を手に入れる、それさえ叶えば、あとはどのような条件でも受け入れる覚悟のようでした」
「では、ついでに領地を返還させればいいだろう」
「まあ、それも考えなくはなかったのですが……」
「いや」
「事実上ノルディアは我が軍門に下ったのと同じ。非公式だがすでに確定した国境を今さら変えるようなみっともないことはやる必要はない」
グワラニーの言葉を遮るように断言した王は、ふたりを同じように見やり、それからもう一度グワラニーを眺める。
「かき集めている小麦の代金の支払い主が一商人ではなく、アリターナ王国であっても、そのようなやり方をしていてはそう長くはもたないような気もする」
「小麦の生産国であるアリターナがそれだけのことをやる必要があることとは近い将来世界的な小麦不足に陥るということだけだ。だが、本当にそんなことが起こるのか?」
「それはなんとも。ですが、フランベーニュやブリターニャは同様の動きを見せていないようですから、その情報を掴んだのはアリターナだけだと思われます」
「……なるほど。幸い我々は小麦の過剰在庫に頭を悩ませていたのだ。ノルディアの奴らを従わせるためにも、ケチらず奴らが必要としているだけの量を用意してやれ。ただし、わざわざ新しい小麦をくれてやる必要はない。古いものから順に渡してやれ。それが嫌ならやらんとでも言って」
「はい」
「それと……」
「対価は必ず取るように」
こうして、魔族と人間の戦いが始まってから初めてとなる、一方への食料援助は驚くほどあっさりと決まった。
もちろんこのとき与える側となる魔族側にとっても、この援助に多くの利点があったことは否定できない。
だが、それでも、それによって多くのノルディア国民が救われたことは動かしがたい事実である。
その観点から見れば、これは人道支援という概念がないこの世界の歴史に残る大事件であり、魔族の王の決定は偉業と言ってもいいすばらしい出来事だったといえるだろう。
そして、これからノルディアに大量に流れることになる魔族の国産の小麦であるが、それはこの後も多くの場所で武器として扱われ、グワラニーに多大なる戦果をもたらすことになる。




